第248話 『 天涙 』
……雨が降っていた。
周りを見渡すと多量の瓦礫と死体が転がっていた。
足元には血塗れの姫が横たわっていた。
「……」
少し考えた。
ほんの少し記憶を遡った。
「……………………そうか」
俺は思い出す。
最低で最悪な誕生日。
長い長い戦いの夜。
血の臭い。
耳障りな断末魔。
――伊墨甲平の罪。
「……」
俺は血塗れな右手を見つめる。雨に打たれても簡単には流れてくれなかった。
「……生きてんじゃねェよ……クソったれ」
ペルシャの家族を殺した。
姫を殺した。
沢山の人を殺した。
しかし、伊墨甲平は生きていた。
反吐が出る。
胸糞悪い……二日酔いの朝みたいだ。
(……どうしよ、なぁーんにも思いつかねェな)
ペルシャに謝る……今更、何を言えと?
(腹も減ってねェし、寝るか……いや、眠くねェな)
〝九尾〟の力のせいで傷も無いから手当ても必要なかった。
そもそも生き残ってこれからしたいことなんて無いのだから、治療の必要もない筈であろう。
「……」
姫が死んだ。
姫を護ることが俺の全てであった。
「……」
やりたいことも夢や希望も無い。
今の俺には何も無い――……。
「……………………死ぬか」
……生きる 意味 も 理由 も。
もう面倒になってしまった。
明日も罪も煩わしくて仕方がなかった。
「……姫、いくぞ」
俺は雨と血に濡れた姫を背負う。こんなことを言っては姫に怒られるかもしれないが、意識の無い姫は心なしか重く感じた。
俺は歩く。瓦礫と屍で舗装された悪路を……。
依然として雨は降り続ける。しかし、不思議と不快感はなかった。
もうどうでも良かったのだ。
服が濡れようが、風邪を引こうが……どうせ死ぬのだ、些細なことだった。
「……」
俺は無言で東へ向かう。意味など無い、最初に向いていた方向が東だったからだ。
気づけば僅かに空が明るくなっていた。朝焼けの雨はこんな状況でも綺麗に見えた。
「……」
もう少しで王宮を抜ける。王都まで下ればもう亡骸を見ずに済む。
「……」
俺は歩き続ける。
雨は降り続ける。
――足音が聞こえた。
「……」
雨は止まない。
俺は止まる。
「――甲平くんッ!」
俺は姫を背負ったまま声のする方へと振り向く。
「……よう、お前も生き残っていたか」
ペルセウス王国第一王女。
姫と瓜二つな容姿。
「――ペルシャ」
……ペルシャ=ペルセウスがそこにいた。