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 第246話 『 暴走 』



 ……怪物の咆哮がペルセウス王宮に響き渡る。


 「……」


 その咆哮は空気を震えさせ、大地を揺らした。

 私達の前には一匹の〝怪物〟がいる。嘗ては伊墨甲平〝だった〟ものである。


 (……これはとんでもない化け物を目覚めさせてしまったね)


 見れば解る。目の前の化け物の異質さ、そして――危険度が……。


 「どーしますか、アルベルト様。殺りますか?」


 「死体の確認だけして離脱だ。それ以外は不要だ」


 「「 御意 」」


 私の命にロキと〝シェフ〟が二つ返事で頷く。


 (……今の所、動きは見られないが戦闘は出来る限り避けたい)


 我々に必要なのは死体の確認のみ、戦闘は絶対ではない。


 「ロキ、君の〝座標転移ホープディスタンス〟で彼女を確保しろ」


 「りょーかいッス♪」


 ロキは頷き、瞬間移動でペルシャの死体(推定)の前へと移動する。


 (よしっ、伊墨甲平が反応するよりも早くそのまま彼女を確保し



 ――ロキが私の真横を凄まじい速さで通過した。



 「……近づくなという訳か」


 ……ロキは吹っ飛ばされたのだ。私は辛うじて強靭な尾がロキを凪ぎ払う瞬間を目視していた。


 「ならば、〝シェフ〟……君に任せた」

 「御意」


 ロキがダメージを0にする能力なら〝シェフ〟はエネルギーを0にする能力である。物理攻撃では〝シェフ〟を止めることは出来ない。


 甲平の尾が無数の鞭となり〝シェフ〟に叩きつけられる。


 「――効かぬ」


 しかし、全ての尾は〝シェフ〟に触れると同時に運動エネルギーを失い、静止してしまい、彼に傷をつけることはなかった。


 「知性の無い獣に私は倒せぬぞ」


 そう、今の甲平は猛獣のようなものだ。力だけでは〝シェフ〟は倒せない。

 〝シェフ〟は悠然と歩を進め、甲平との距離を縮める。


 (今の彼に冷静に戦略的行動は取れない――……)


 そして、その距離は一メートルまでに切迫する。


 (――本当に彼は〝ただの獣〟なのか?)


 嫌な予感がする。

 同時、甲平は尾による攻撃を止めた。


 「――ッ!? 下がれ! 〝シェフ〟ッ!」


 「――っ」


  次  の  瞬  間  。



 ――噴ッッッッッッ……! 甲平の全身から紫色のガスが噴き出した。



  見  誤  っ  た  !


 ……甲平は〝ただの獣〟なんかではない! 正真正銘の〝化け物〟だ!


 (待っていたのか! 〝シェフ〟が毒ガスの射程範囲内に入る瞬間を!)


 狂暴な力を解放しつつも、その内は変わらず理知的クレバーであった。


 「……くっ!」


 〝シェフ〟は咄嗟に後方へ退避するも、僅かに毒ガスを吸ったのかその表情は苦しげである。


 「動けるかい?」

 「……はあっ……はあっ、何とか」


 そう答える〝シェフ〟の顔色は見るからに不調を訴えていた。


 「……すみません、ちと油断しました」


 先程吹っ飛ばされたロキも戻ってきていた。


 「〝断絶クローズされた世界ワールド〟はどれだけ持ちそうかい?」

 「三十秒ちょいってところです」

 「……そうか」


 毒を吸って疲弊した〝シェフ〟。

 燃料切れ寸前のロキ。


 (……此方の戦力は半壊している、か)


 ――凄まじい速さで甲平が飛び掛かってくる。


 『 死 ネ 』


 私達は後ろへ跳び、甲平は地面を吹き飛ばす程の勢いで拳を振り下ろした。


 地面が弾ける。

 王宮が揺れる。

 多量の礫が宙を舞う。


 『 ま    マ

     ダ     だ ァ 』


 舞い上った礫が地面が落ちるよりも早く、無数の強靭な尾が鞭のように縦横無尽に襲い掛かる。


 「ここは私がッ!」


 〝シェフ〟が二本の包丁で迫り来る尾を捌く。


 「うおォォォォォォォォォッ……!」

 『グラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ……!』


 迫り来る尾の嵐。

 迎え撃つ凶刃の嵐。

 両者の間に無数の火花が散る。


 「ロキッ! 今の内に討てッ!」

 「りょーかいッス!」


 〝シェフ〟が足留めをしている隙に〝座標転移ホープディスタンス〟で甲平の頭上を取る。


 「出力最大――……」



  ベルゼ   イン   の   パクト



 ――黒炎を纏ったロキの鉄拳が甲平の頭蓋に叩き込まれた。


 その威力は凄まじく、衝突と伴に黒い衝撃波が吹き抜けた。


 「どやっ! これがゼロの全力フルパワーや!」


 その一撃はまさに無双の一撃。

 肉や骨など形も残らないであろう。


 『 アッ タマ、クラクラだぁ 』



 ……普通であれば。



 今の甲平は普通でもなければ人間でもない。

 人の常識に当てはまらない理不尽な〝何か〟。


 故に〝怪物〟。

 それが〝伊墨甲平〟。


 『 邪ァ 魔 』


 ――掴ッッッッッ……! ロキの足首に尾が絡み付き、そのまま壁に叩きつけられる。


 「――ッ!」


 甲平はロキを離さない。執拗に壁や地面に叩きつけ続ける。

 掴まれた状態では〝座標転移ホープディスタンス〟は使えない。このままではすぐに〝断絶クローズされた世界ワールド〟の発動限界が訪れるであろう。


 (……ペルシャの遺体は彼の手中か)


 この隙に遺体を奪取しようと考えるも、甲平の尾の一本が遺体に巻き付き、接触するには目の前の化け物をどうにかする他なかった。



 「……潮時、か」



 ――斬ッッッ……。私は甲平の尾を切断し、ロキを救出する。



 「……やはり硬いな。それに再生も早いようだ」


 尾を切断した刃は僅かに欠け、切断された尾も既に再生していた。


 「ロキ、〝シェフ〟――撤退だ」


 これ以上戦闘を続ければ此方の被害は避けられない。それに被害を出した所で甲平を出し抜くことは出来そうになかった。


 「我々以外を残して帰国する。異論は無いな?」


 「「 御意 」」


 二人は頷き、ロキの方は既にゼロ=ベルゼブブからルシア=ベルゼブブへと姿を変える。

 ルシア=ベルゼブブの〝奇跡スキル〟は〝黒扉ゲート〟。彼女のワープ能力があれば離脱も容易いであろう。


 「死体の確認が出来なかったのは残念だが今は避難が最優先だ」


 私は撤退の前に甲平と対峙する。


 「去らばだ、伊墨甲平」


 『殺す殺す殺すコロス殺す殺す殺ス殺ス殺すコロスコロス殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――……』


 彼の耳には届いてはいないであろう。それでも私は彼に語り続ける。

 何てことはない、ただの気まぐれ。意味などありはしなかった。


 「君がこの戦いを生き残れればいつか会えるだろう――地獄の果てでね」


 「くォるォすゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ……!」


 甲平が凄まじい初速で此方へ飛び出した。


 「――ロキ」

 「ウスッ」



 ――ヴンッッッ……! 甲平の進む先に〝黒扉ゲート〟が展開された。



 『――』


 圧倒的な初速で飛び出した甲平は止まれず、そのまま〝黒扉ゲート〟へ飛び込む。


 「誇るがいい、我々に撤退を選ばせたことをね」


 『――コロ


 そして、無情にも〝黒扉ゲート〟は閉ざされた。


 「何処へ飛ばした?」

 「王宮最上階、中央階段踊場……で良かったですか?」

 「上出来だ」


 ……最上階付近には私の兵も避難していた使用人も集まっている。

 彼等と甲平を引き合わせれば時間稼ぎぐらいにはなるであろう。


 「では、還ろうか……ハイネが紅茶の準備をして待っている」


 ロキが〝黒扉ゲート〟を展開し、私はその漆黒の中へと身を投じる。


 (……ペルシャ=ペルセウスは討った、残るは十名か)


 〝シントリチュアル〟は十三名。

 生き残った者が次代の神となる〝聖戦ラグナロク〟もまだ序章に過ぎなかった。


 (まったく、溜め息が出る程に遠いね)


 どれだけの命を奪えばいい?

 どれだけの恨みを買えばいい?


 ――〝神座〟。


 その頂きはあまりに高くて、血にまみれていた。


 (――それでも私は止まらないよ)


 〝神託オラクル〟を聞いたときから決めていたのだ。



 ――神になる……と。



 世界を統べるのは私しかいない。

 私以上に世界中の人々を幸せに出来る者はいない。


 傲慢か? 否、事実だ。


 その為には手段を選ぶつもりはない。


 十億の人間が幸せになれるのであれば一億の犠牲だって迷わない。


 (……野望? いや、そんな悪ぶった言葉は相応しくない)


 そう、これは〝夢〟だ。


 純粋で、眩しい――希望の光だ。


 そして――……。




 「 夢はいつか叶う……! 」




 私は確信していた。


 神様になれる。

 夢はいつか叶う。



 ……疑いなどある筈もなかった。


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