第245話 『 嗚呼――……。 』
――姫が死んだ。
姫が死んだ。
姫が死んだ。
姫が――……。
死 ん だ 。
「……」
俺が護れなかったから死んだ。
いや、俺が殺した。
「……ぅっ……ぐっ」
姫は俺の腕の中でピクリとも動かない。当然だ死んでいるのだから。
俺はただ情けなく涙を流し続けた。今はそれ以外に何をすればいいのかわからなかったからだ。
――誰か俺を殺してくれ……。
……今はただ、生きていることが辛すぎた。誰でもいいから誰かに殺してほしかった。
誰か俺を殺せ。
殺せ、殺せ、殺せ。
殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺
「 最期の語らいは終わったのかい? 」
……アルベルトが俺を見下ろしていた。
「満足したのであればその亡骸を此方へ譲ってくれないか」
「……………………なん、だと?」
……何なんだ、コイツは?
何故、そんな無意味なことをするのか俺にはわからなかった。
「ペルシャ=ペルセウスには影武者がいた。だから、その少女が本物なのかを確認させてほしいんだ」
「……」
……そういうことか。
まったく、この男はどれだけ合理的なのだ。
本当に憎たらしくて腹が立った。
「さあ、死体を此方へ」
「……」
「渡せ」
「――嫌だ」
――俺はアルベルトの命令を拒絶した。
(……何で俺はアルベルトの〝命令〟を拒絶できているんだ?)
アルベルトには他者を思いのままに従わせる〝王道〟という〝血継術〟を持っていた。
だが、俺はその〝命令〟を拒絶できた。
(……つまり、考えられる可能性は一つ)
――免疫。
……一度〝王道〟を食らった俺には効かない。
(もっと早くに気づいていれば戦いを有利に進められたのに)
クリスも、姫も失った後では何もかもが遅すぎた。
「もう一度問おう。その亡骸を此方へ譲るつもりは無いのかい」
「ああ、無いな」
この死体がペルシャではなく姫であることがバレたら、姫の思いも無駄になる。それだけはなんとしてでも抗いたかった。
「……そうか」
アルベルトが刃を抜く。
「ならば、力ずくで奪うまでだ」
「……」
嗚呼、畜生……。
(……結局、こうなるのか)
そうなる気がしていたんだ。
だが、今はもう確信に至っている。
(……そうだよな……それしかないよなぁ)
やっぱり、コイツら殺さないと駄目だ……。
「……」
「……」
――静止。
「……君は一体、何者なんだい?」
アルベルトが刃を抜いたまま、その手を止め、俺に問うた。
「……俺?」
俺はアルベルトが何故そんなことを訊いてきたのか訳がわからなかった。
「俺は伊墨甲平だ……あれ?」
……俺って伊墨甲平って言うんだっけ?
何で今更、そんなことを疑問に思うのであろう。
「冗談を♪」
アルベルトが双剣を構え、臨戦態勢に入る。
「〝化け物〟の間違いだろ?」
「……はっ?」
アルベルトに言われ、俺は自分の手を見つめる。
――黒くて、鋭い爪がそこにはあった。
「……何だ、これ?」
理解が追いつかない。俺は不意に顔を手で撫で、更に理解が遠退く。
(……何だ、この硬くてガタガタな皮膚は?)
そして、頭の中に声が響いた。
――おい、我を身体に取り込んだのだ。
(……誰の声だ?)
知らない声だ。
しかし、俺はその声の主を知っていた。
――まさか、童ごときがただで力を借りられるとは思っていないよな。
(ああ、そうか――……)
そこで俺はやっと〝コイツ〟の正体がわかった。
――死にたいのなら最後に暴れさせてもらおうか。
「……お前……九
ド ク
ッ
ッ ン
――異変が加速する。
「――ッッッッッッ……!?」
肉が唸り、
骨が軋む、
躯が音を立てて〝変化〟する。
腰と肩甲骨が熱い。火傷してしまいそうだ。
「……アッ……ァッ」
俺の中の〝獣〟が枷を外して、雄叫びを上げる。
腰から九本の尾が生える。
肩甲骨から四本の翼が生える。
「……ス……ロスッ」
全身が黒く染まり、四肢や顔はヒトのものではなくなる。
思考は闇に呑まれ、何も考えられなくなる。
――否。たった一つの思考に支配される。
「……………………コロス」
もう、どうデモいい!
姫の居ないセカイなんて壊れてシまえ!
死んじゃえ!
ミンナ、グチャ 二ッ!
グチャ
殺す!
殺す! 殺す! 殺す!
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺
『――ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ……!』
――咆哮。
……怪物の咆哮が王宮中に響き渡る。
嗚呼――……。
鏖殺そう。
出来る限り残酷に、
出来る限り沢山の、
何もかもを――……。
……薄れ行く意識の中、俺はそんなことばかりを考えていた。