第243話 『 最期の願い 』
「敵将、討ち取ったり……!」
……俺はアルベルトの心臓を貫いた刃を引き抜いた。
「――っぁ」
アルベルトは崩れ落ちるように地面に膝をつく。
「……勝ったんだよな、俺?」
俺は討ち取ったのだ、世界最強と名高いアルベルト=リ=ルシファーを……。
「……どうして? 甲平くんっ」
アルベルトが吐血しながら、か細い声を漏らす。
……何だ、この違和感は?
本当に俺はアルベルトを倒したのか?
それにしてはあまりにもあっさりし過ぎじゃないのか?
「……何で何も言わないんだよ」
ロキも〝シェフ〟も、自分の主君がやられたというのに酷く落ち着いていた。
何だ、この寒気は?
何だ、この不快な動悸は?
「……どうして、わたしに刃を?」
「――」
……嘘だ。
俺は直感的に悟る。
……そんな筈はない。
己が罪を、己が過ちを……。
「……お前、まさか
「 御早う、良い夢は見れたかい? 」
耳元でアルベルトが嘲笑う声が聞こえた。次の瞬間――……。
「……………………はっ?」
……心臓から血を流し、地面に膝をつく姫が目の前にいた。
「……何で、だよ」
「君がやったんだよ」
……答えたのはつい先程まで姫が隠れていた場所にいたアルベルトであった。
「そんな筈はっ、確かに俺はお前を刺したんだぞっ」
咄嗟に位置を入れ換えた訳ではない筈である。
「言っただろう、「良い夢は見れた」かと」
「……夢、だと?」
まさか、俺がアルベルトに幻術を掛けるよりも早く俺が奴の幻術に掛かっていたというのか?
確かに、違和感のようなものはあった。
〝夢現〟を発動したと同時に姫とアルベルトの位置が入れ替わっていたのだ。
「入れ替えたのだよ、私とペルシャ=ペルセウスの容姿や声をね」
「……入れ、替え?」
俺は幻術に掛かっていて、ペルシャとアルベルトの認識を入れ替えられていた。
会話の内容も脳内で自動で変換されていた。
そして、ペルシャと姫の容姿や声は瓜二つ――ということは?
「……………………俺がやったんだ」
姫が仰向けで倒れた。
「――っ」
俺は握っていた〝鬼紅一文字〟を投げ捨て姫に駆け寄る。
「ごめんっ、俺がっ、俺がぁっ……!」
目の前でおびただしい程の血を流す姫に、俺は頭が真っ白になる。
生温かい血が地面に広がっては赤く染める。
「……………………甲平」
姫がか細い声で呟く。
「意識がっ……早く治療をするから耐えてくれよっ!」
俺は応急処置をする為に包帯に手を伸ばす。
「このままでいいから」
「いい訳ないだろっ! 絶対に死なせねェからッ!」
俺は姫の言葉を無視して応急処置に取り掛か
――ぺちっ……。
「……いいから話を聞いて」
「――」
……それは、平手打ちと呼ぶのも憚れる程に弱々しいビンタであった。
「……私はもう助からないから」
「そんなことっ」
姫の手に付いていたと思われる真っ赤な血が俺の頬を濡らす。
呼吸も鼓動も、今にも消えてしまいそうな程に弱々しかった。
「……だから……最期に命令します」
「……………………命令?」
この期に及んで何を言い出すのだろうか?
今一番死にかけているのは姫だというのに、今更命令だなんて……。
「……応えてくれますよね」
「……」
俺は今、何をすべきなのだろうか?
俺に今、出来ることはあるのだろうか?
(……姫は直に死ぬ、もう姫の死は覆らない)
俺は無力だ。
でも、もしそんな無力な俺に出来ることがあるとするならば……。
「――応えてやる、忍の誇りに懸けて」
……それが、無力な俺に出来るたった一つの冴えた選択であった。
「……ありがとうございます」
俺の回答に姫が安堵の笑みを浮かべる。
「……我が忍、伊墨甲平に命じます」
その声は吐息のように小さくて、耳の良い俺にしか聞こえない。
「 私をペルシャさんだと思って見送ってください 」
……それが姫からの最期の願いであった。