第242話 『 かくて、刃は心臓を貫いた。 』
(……姫?)
……アルベルトが今までいた場所には姫が立っていた。
「何をしているんだ! 下がってろって言っただろっ!」
「すみませんっ、甲平が心配でいても立ってもいられなくてっ」
気持ちは嬉しいがここは戦場だ。同情では敵将は討ち取れない。
徹しろ、伊墨甲平。忍の俺が冷静にならなくて誰が冷静でいられる。
「……気持ちは嬉しいがここは俺に任せてくれ」
「…………はい、すみませんでした」
「……」
悲しそうに後ろへ下がる姫に俺は胸を痛める。
(……ごめん、姫。俺が情けねェばかりに心配掛けちまったな)
……ああ、情けなさ過ぎて心の底から腹立たしい。
(この憂いを晴らす為には……一つしかねェよな)
俺はロキ、〝シェフ〟、そして――……。
「お前らをブッ潰してやるッ……!」
……瓦礫の影に身を潜めるアルベルトを見つめた。
(……アルベルトは今、〝夢現〟によって幻覚を見ている筈だ)
どうやって瓦礫の影に隠れたのかはわからないが、戦える状態ではない筈であろう。
(――だが、〝夢現〟には弱点がある)
術を発動している間、身動きが取れなくなるという弱点があった。
敵がアルベルト一人であれば問題はないが、ロキと〝シェフ〟がいる以上、この弱点は無視は出来ないであろう。
「――問題ない」
確かに俺の硬化程度ではロキの攻撃には耐えられない。
だから、まずは危機回避が最優先だ。
「 〝解〟 」
――烏が弾け、黒い煙幕が俺の体を包み込む。
『――!?』
(からの、影分身……!)
俺は影分身を召喚し、俺本体を担がせ、瓦礫の影へと避難させる。
(後は気配を消して、身を潜めるだけ)
忍の全力の気配隠蔽だ、簡単には見つけられない筈であった。
後は分身を召喚して、アルベルトを一分以内に仕留めるだけだ。
「舞え――〝八叉烏〟」
無数の烏が一挙にアルベルト等へ押し寄せる。
「〝千切〟」
「〝閃滅・散〟」
幾重の見えない斬撃と幾条の光線が烏を撃墜する。
撃墜された烏は弾け飛び、黒い煙幕となる。
(真っ向正面じゃあ当たらねェか、だが)
アルベルトとロキと〝シェフ〟が煙幕によって分断されていた。
(コイツ等の弱点は〝毒〟だ)
〝シェフ〟の絶対防御は火・電撃や斬打撃には適応していても〝毒〟には適応されていない。
ロキの無敵化も時間制限があり、〝毒〟を吸ってしまえば継続的に無敵時間を消費してしまう。
(だから、〝毒〟を警戒して煙幕から距離を置いているんだろ)
先程の戦闘で煙幕に〝万蛇羅〟の毒を含ませることを奴等には知らせてある。それ故に接近を警戒せざるを得なかった。
(だが、これも俺の狙いの内なんだよ……!)
分断することによってアルベルトの護衛を剥がす。これでアルベルトはただのサンドバッグに成り下がった。
(もう〝夢現〟の効果時間は十秒を切っている)
……が、既に王手は掛かっていた。
――5
俺の分身がアルベルトの前までたどり着き、その手には〝鬼紅一文字〟が握られていた。
――4
「幕引きだ、アルベルト=リ=ルシファー」
――3
影分身がアルベルトに刃を振り下ろす。
――2
「――っ!」
しかし、アルベルトは後ろへ跳び、辛うじて斬撃を回避する。
――1
(ギリギリで幻術が解けたのか? だが、好都合だ!)
俺の足下に亀裂が走る。
その眼光はアルベルトの姿を射抜く。
「俺の手で幕を降ろさせてくれてありがとな」
――0
縮 地
……〝夢現〟の発動解除と同時に俺は駆け出した。
俺は一瞬でアルベルトとの間合いを制圧する。
併せて道中の影分身から〝鬼紅一文字〟を受け取る。
……本当に長い夜であった。
沢山の人が死んだ。
嫌なことも沢山あった。
だけど、それもこれで全部終わりにしよう。
怒りも、
憎しみも、
悲しみも、
後悔も、
全てをこの一刀に乗せて、清算するのだ。
「これがてめェの最期だ、アルベルトッ……!」
その刃は真っ直ぐに突き進み、
肉を、骨を貫き、
そして――……。
「――かっ、ぁっ……!」
……心臓を貫いた。