第240話 『 六番目 』
――クリスが死んだ。
……信じられなかった。すぐに納得なんて出来なかった。
(……あのクリスが死んだ? 嘘だろ?)
しかし、目の前で横たわるそれは間違いなくクリスの亡骸である。
「……そうか、死んだのか」
切り替えろ、伊墨甲平。
とにかく冷静になれ。
冷静に戦え、戦え……。
「弔う時間はあらへんで……!」
「〝微塵切〟……!」
ロキが黒炎を纏った拳を、〝シェフ〟が無数の見えない刃を繰り出す。
「……」
……しかし、俺は既にクリスの前で膝をついていた。
「――っ」
「……ッ!」
目の前で横たわるクリスはとても綺麗な顔で眠りについていて、死んでいることが今だに信じられなかった。
「……不甲斐なくてごめん」
俺はクリスの亡骸を抱え、少し離れた場所に降ろした。
「後は俺が全部なんとかしてやるから」
……不思議だ。
何で俺はこんなにも冷静なんだろう?
目の前で大切な仲間を、たった一人の愛弟子を殺されたんだぞ。
普通じゃない。
俺は冷徹な鬼なのか?
違う。
そうじゃない。
俺は泣いている。心の中では涙を流していた。
「……」
――だけど、今はそのときではない……!
俺は忍だ。
主君を護る懐刀。
(姫を守る為なら――……)
……俺は〝鬼神の面〟を被り直す。
冷徹な鬼にだって
なってやる……!
「……まずはお前だ、裏切り者野郎」
俺は〝鬼紅一文字〟の切っ先をロキへ向けた。
「お~~~っ、怖ぁ♪」
ロキはゼロらしかぬ飄々とした笑みで俺の宣戦布告を受け流す。
「……これは使いたくなかったんだがもういいか」
俺は懐から巻物を取り出し、地面に広げる。
「一人では骨が折れるからな……少しばかり援軍を呼ばせてもらうよ」
そして、印を結び、その名を呼ぶ。
〝忍の七つ道具〟、口寄せ獣――……。
「 〝八叉烏〟 」
……俺の頭上に巨大な烏が召喚された。
ただの烏ではない。頭は三つ、翼は四組あり、俺の数倍は巨大な体積であった。
「そんな図体だけの見せかけ――……」
ロキは怯むことなく〝八叉烏〟に黒い炎を纏った拳を振り抜く。
「一撃で退場や♪」
「 〝散〟 」
――巨大な烏は無数の烏となり弾けるように飛び散った。
「……なんやてッ!」
百を超える烏の群れは地下通路内を飛び交う。
そう、〝八叉烏〟は一羽の巨大な怪鳥ではなく、百羽超の烏の集合体であったのだ。
「ほんまに見せかけやないかい!」
「見せかけだけかどうか決めつけるにはまだ早いぜ」
俺はロキの背後を飛ぶ烏に念を送る。
「なあ?」
……既に俺はロキの背後にいた。
「……っ!? 瞬間移
――鉄拳がロキの頬骨に叩き込まれた。
ロキは吹っ飛ばされ、地面を転がる。
(能力その一、〝烏〟と〝俺〟の位置を入れ換える!)
「烏との位置換え、か」
千 切
――数羽の烏が切り刻まれては地に落ちる。
「ならば、全て刻んでしまえばいいだけだ」
微 塵 切
「……貴様ごと、な」
〝シェフ〟は宣言通りに俺諸とも全ての烏を見えない斬撃で切り刻んだ。
「 ハズレだ、糞コック 」
俺は肉体の硬化で斬撃を弾き、烏は墨となり弾け飛ぶ。
「この烏は全て俺の〝氣〟を練り込んだ墨でつくった分身だ。だから――……」
……〝シェフ〟の背後で再び一羽の烏が羽ばたく。
「何度だって蘇る……!」
「なん、だとっ!」
――轟ッッッッッッッッ……! 烏が爆発し、爆風が〝シェフ〟を呑み込んだ。
(能力その二、烏に込められた〝氣〟を燃焼して遠隔忍術が使える!)
俺は〝シェフ〟から目を離し、アルベルトの方へと視線を傾ける。
「……存外傷が深かったようだ。回復に時間が掛かってしまったね」
悠然と微笑むアルベルトの腹の傷は既に塞がっていた。
「回復能力も使えたのかよ」
「悪いがクリス=ロイスの特攻も無駄に終わったようだ」
「……」
クリスの死を嘲笑われられたのにも拘わらず、俺は意外にも落ち着いていた。
「無駄じゃないさ、クリスは重要なことを教えてくれたよ」
「……」
そう、クリスの刃は確かにアルベルトへ届いたのだ。それは絶対に無駄なことではなかったし、俺も絶対に無駄なことで終わらせたくなかった。
「 お前の〝下位互換〟は不完全なんだろ? 」
「……」
俺の問い掛けにアルベルトは何も答えなかった。
「お前の〝模倣〟とロキの〝模倣〟には違いがある」
――何故、クリスの刃はアルベルトに届いたのか?
それが俺の推測の根拠であった。
「ゼロや〝シェフ〟の無敵化を使えば傷一つ負うことはなかった筈だ。だが、お前はクリスの最期の一撃をくらった」
つまり、その時のアルベルトは一〇〇パーセントの無敵ではなく、無敵に近い状態に過ぎなかったのだ。
傷の他にも、もう一つのヒントは既に転がっていた。
「それに、俺の記憶が間違っていなかったらオルフェウス従事長の剣はもっと強かったぜ」
確かにアルベルトの剣技はオルフェウス従事長と瓜二つであったが、本物よりは劣っていたのだ。
〝僅か〟に届いたクリスの一撃。
オルフェウス従事長よりも〝僅か〟に劣る剣技。
その二つの情報から導き出される結論は――……。
「 お前の〝模倣〟は〝本物〟よりも弱いんだろ 」
でなければ、いくら混血と言えど二つの〝血継術〟は剰りにも反則過ぎた。
「……」
俺の推理にアルベルトは何も言葉を返さない。敵の戯れ言だ、返す義理もないであろう。
だが、同時にアルベルトの沈黙から確信も持てた。
「黙るなよ、当たってるみたいだぜ」
「やはり、君に〝王道〟を掛けておいて正解だったよ」
烏が羽ばたく。
アルベルトが剣を抜く。
俺の姿が消える。
赤刃が空を切る。
――二本の刃が交差し、激しい音と火花が散った。
「君が一番厄介だった」
「そりゃどーも」
俺とアルベルトは鍔迫り合いを挟んで互いに笑い合う。
(……〝鬼紅一文字〟を受けきれているってことは既に対処済みか)
でなければ既に奴の剣はお陀仏になっていたであろう。
アルベルトは何かしらの〝模倣奇跡〟で自身の刃を強化しているようである。
紅 桜
神 鏡
――俺が高速連撃で畳み掛けるも、アルベルトはまるで鏡のように同じ太刀筋で相殺した。
(簡単には通らないかっ)
幾ら弱体化しているとはいえ流石はオルフェウス従事長の剣技だ。特に捌きの技術が尋常ではなかった。
(――って、アルベルトに気を取られていたら)
――黒い炎を纏ったロキが凄まじい速度でこちらへ飛び出してきた。
「仕返しやで、三倍でなァッ!」
ロキが黒炎を纏った拳を俺の背中目掛けて振り抜く。
「 〝転〟 」
――ロキの視界から俺の姿が消えた。
「……猪突猛進」
俺は少し離れた場所に移動していた。
「なァッ!?」
黒炎纏う拳の先にはアルベルトがいた。
「お仲間との衝突にお気をつけくださーい」
「――ッッッッッッ……!」
ロキは寸止めで、辛うじて踏み留まる。
「……アルベルト様、すんません。あと一歩で主君に手を出すところでした」
「下がるよ」
「……はっ?」
アルベルトはロキの襟首を掴んで後ろへ跳ぶ。次の瞬間――……。
刹 那
――斬ッッッッッッッッッ……! さっきまで二人がいた場所に神速の抜刀が空を切った。
「……チッ、かわされたか」
二人のゴタゴタに乗じて、瞬間移動からの即攻を仕掛けたがアルベルトには読まれていたようである。
「〝粗微塵切〟」
「〝終末〟」
――無数の斬撃と燃え盛る岩石が畳み掛けるように襲い掛かってくる。
「……っ! 邪魔臭ェッ!」
俺は肉体硬化と刃による連撃で降り注ぐ猛攻を凌ぐ。
「――足、止まっとるで」
――俺の背後にロキが回り込む。
(まずいッ! コイツの一撃は受けたら駄目だッ!)
〝暴食の王〟の一撃は俺の硬化をも貫く!
横腹を抉られたクリスの姿を思いだしては戦慄する。
ロキが拳を振り抜く。
――俺は手刀でロキの拳の線を僅かに逸らし、辛うじて右側頭部が吹っ飛ばされる程度に抑える。
「――ッ!」
大丈夫だ! まだ、脳はほとんど損傷していない!
「 〝転〟 」
――俺は少し離れた烏と位置を入れ換え、ロキから距離を取る。
「さっさと治しやがれッ! クソ狐ェッ!」
俺は内なる九尾の力を捻りだし、回復を早める。
「 頭の再生は遅いようだね 」
――斬ッッッッッッ……。無音の斬撃が俺の首を跳ねた。
(――アルベルト!? 入れ換える烏を読んで先回りしていたのか!)
ヤバい! そんなことより意識が飛ぶ!
――掴ッッッッッッ……! 俺は宙を舞う頭をキャッチして、そのまま自分の首に叩きつけた。
「 〝転〟 」
今度は三人から離れた烏と位置を入れ換えて、距離を取る。
墨 隠 れ の 術
――同時。烏が弾け、黒い煙幕が三人を呑み込んだ。
「……ハアッ……ハアッ……マジでしんどっ」
何とか首と頭を再生させるが正直かなり危なかった。
(……僅か一瞬の間に二回は死にかけたぞ)
これが世界最強の神聖・ルシファー帝国。
これが最強国家の特記戦力。
「……強ェな、うんざりするぐらいに」
攻撃もほとんど通らない上に、必殺の一撃も襲い掛かってくる……まさに鬼畜としか言えない状況であった。
しかし、絶望するにはまだ早い。何故なら俺はまだ手の内の全てを明かしていないのだから……。
「 さあ、行こうか――〝万蛇羅〟 」
紫色の煙が身体から噴き出し、大蛇のように俺の周りでとぐろを巻く。
アルベルト達も悠然と黒煙から姿を見せる。
……〝忍の七つ道具〟も六つ目――終幕は近かった。