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 第239話 『 鎧の足音 』



 ……わたしはミーアの手を引いて地下通路を駆け抜けた。


 「……あと少し! あと少しで城下町へ出られるから!」

 「はいっ、お姉様ッ!」


 私はペースの遅くなっていたミーアを叱咤激励して、必死な思いで出口を目指す。


 (……追っ手が来ないってことは、愛紀ちゃんが甲平くんを説得してくれたってことかな?)


 そうでなければ今頃には甲平くんに追い付かれている筈であったであろう。


 「……やっぱり、愛紀ちゃんは凄いなぁ」


 私はミーアに聞こえない声量で呟く。

 誰よりも周りのことを見ていて、心の強い彼女に私は心の底から敬意を表した。


 ――火賀愛紀姫。


 ……私の親友で、私の好きな男の子にとって一番大切な人。


 (……大好きだけど好敵手ライバル、か)


 でも、それ以上に尊敬している。


 (だから、愛紀ちゃんの想いに私はちゃんと応えるよ!)



 ――貴女は一国の王女でしょうがッッッ……!



 「……うん、任せて」


 だから、死ぬ気で生き残るんだ……!


 振り向きたい! 立ち止まりたい! 皆の下へ駆け寄りたい!



 ( だけど、それは今じゃないっ……! )



 この戦場で今のわたしに出来ることは無いし、生き残ってやるべきことだってあった。


 ――全力で逃げる。意地汚く生にしがみつく……それが今のわたしのたった一つの冴えた生き方。


 (……お父様、お母様、お兄様、王宮で働いている皆)


 わたしを生かす為に散っていった命。その命は絶対に無駄にしてはいけなかった。

 だから、もっと速く走るんだ。




 ――ペルシャちゃん……。




 「――」


 ――わたしは右足を強く踏み込んで急停止した。


 「……ペルシャお姉様?」


 ミーアが怪訝そうにこちらを見上げる。


 「……」


 わたしは無言で今まで走ってきた虚空に目をやる。

 わたしとミーアの乱れた息遣いだけが静寂に響き渡る。

 それはわたしの知っている声であった。


 「……………………クリス、ちゃん?」


 わたしの一番の親友で、一番信頼している騎士――クリス=ロイスの声に間違いなかった。


 『……………………』


 ……しかし、暗闇は何も答えてはくれなかった。


 「……」


 幻だったのか、視線の先には誰も見当たらない。


 「……お姉様、泣いてる?」


 「……えっ?」


 ミーアに言われてわたしは、初めて自分の瞳から滴が溢れでていることに気がついた。


 「――っ、何で?」


 何も悲しくないのに、

 何処も痛くないのに、



  ど  う  し  て  、


     涙  が


  出  る  の  ?



 (……何だろう、この喪失感)


 何だか大切なものが無くなってしまったような喪失感が胸を締め付ける。

 先を急がなければならないのに、私はその場から動き出せずにいた。


 (……まさか……そんなことないよね?)


 クリスちゃんがいなくなるなんて、

 わたしの騎士が死んでしまうなんて、


 ……そんなこと有り得ない。


 ――もし、甲平くん手助けのお陰でクリスちゃんが騎士団長に戻って、そのせいでクリスちゃんが死んじゃったら


 ……どうして、今そんな昔のことを思い出すの?


 ――わたしは甲平くんを恨むかもしれない


 ……嫌だよ。これじゃあ、まるでクリスちゃんが死




 ――ガシャンッ……。鎧の足音が遠くから聴こえた。




 「……クリスちゃん?」


 鎧の足音は暗くて遠い場所から徐々にこちらへ近づいてきていた。


 (そうだよ! クリスちゃんはすっごく強いんだ!)


 暗くてよく見えないがその輪郭は少しずつではあるが鮮明になる。


 (だから、死ぬ筈がない! わたしを置いて死んじゃうなんて有り得ないんだ!)


 だって、クリスちゃんは言ったんだ。


 ずっと側にいるって、わたしを守ってくれるって……。


 だから、絶対に死んでなんかっ……死んでなんかっ――……。


 「……クリスちゃ



 ――大槍。巨大な槍が照明に照らされ、白銀に煌めいた。



 「お怪我はありませんか――ペルシャ様、ミーア様」


 「――」


 ……そこにいたのはクリス=ロイスではなく――近衛騎士団副団長、レイド=ブレイドであった。


 「……はい、わたしもミーアも大丈夫です」


 わたしは俯き、か細い声で答える。


 「最短ルートで行けば合流できると思っていたのですが……何はともあれ合流できて良かったです」


 ……流石は〝聡明〟な騎士、その名に恥じぬ優秀さであった。


 「さっ、ここは危険です。すぐにでも外へ出ましょう」


 レイドさんはミーアを背負い、わたしに手を差し伸べる。疲弊具合を見てミーアを優先したのだ……相変わらずの分析能力である。


 「……はい」


 そして、わたし達は再び地下通路を駆け出した。


 「……クリスちゃんっ」


 わたしは誰にも聞こえないようにその名を呟く。


 どうしてだろう?


 わたしは勘も良くないし、察しも良くないのに。


 今日だけは〝わかって〟しまったのだ。


 「一番大好きだったっ」


 もういないんだ。どの部屋にも、廊下にも、中庭にも、庭園にも、修練場にも、何処にも……。


 「ずっと、一緒にいたかったっ」


 とてもじゃないが想像できなかった。想像するに耐えなかった。


 彼女のいない明日、彼女のいない春、彼女のいない夏、彼女のいない秋、彼女のいない冬。


 そこにあるのが当たり前で、いなくなるなんて剰りにも耐え難くて、救いなんて一ミリも無くて……。


 「……さよなら、クリスちゃん」


 わたしはただ前へ前へと走り続ける。残酷な現実から逃げるように、涙を置き去りにするように……。



 さよなら、


 わたしの大好きな騎士。



 『……』


 ……クリスちゃんの幻はそんなわたしの背中を優しく見守って、そして霧のように音もなく消えてしまうのであった。

 

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