第237話 『 致命傷 』
……何も見えない。
「 」
……何も聞こえない。
頭が痛い。
脳味噌が熱い、焼け切れそうだ。
感覚が研ぎ澄まされているせいで痛みもより鮮明に感じる。
(……まだ、何とか〝視えている〟)
皮膚が、鼻が、気配が、魔力や〝氣〟の流れが私に全てを教えてくれた。
敵や味方の位置も、動作も手に取るようにわかる。
だからこそ〝深心神威〟は絶対に解除できない。
しかし、同時に脳へ多大な負担を掛け続けることと同義であった。
(発動限界を越えた〝深心神威〟がここまで苦しいとはな)
脳味噌に熱湯を掛けられたような痛みと熱さが絶えず私を蝕んでいた。
痛い痛い痛い熱い熱い痛いイタイ痛いアツいアツイ痛いイタイ痛い熱いアツイ痛い痛い痛い熱い熱い痛い痛いイタイ痛い痛い熱い痛い熱いアツイ痛いイタイアツい痛いイタイ熱いアツい痛い痛い熱いアツイ痛い痛い痛い右から斬撃イタイ熱い刃を受けてアツイ熱いカウンターで蛇払を打ち込むイタイイタイ熱い痛い痛い痛い――……。
――私は〝シェフ〟の斬撃を〝魔王〟で捌き、カウンターの一撃を打ち込んだ。
(……やはり手応え無し、か)
カウンターの刃は〝シェフ〟へ届く直前にその勢いを無くし静止していた。
(ゼロの無敵化に似た能力、正直相性は良くないな)
〝シェフ〟からは高速多重斬撃が、ロキから光線が放たれる。しかし、私は後ろへ跳び斬撃をかわし、刃で迫る光線を斬り伏せた。
「――っ!」
――激痛が脳天を突き抜ける。
攻撃は当たってはいない。それでも、それ以上とも言える激痛が襲い掛かる。
(――気を緩めるなっ、クリス=ロイスッ!)
私は〝飛脚〟による高速機動で迫り来る無数の蔓を回避する。
(止まれば死ぬ! だから、走り続けろッ……!)
無数の蔓が、無数の燃える礫が、幾重もの光線が、数え切れない程の見えない斬撃が私へ降り注ぐ。
「 ッ!」
伊墨が私を庇うように〝鬼紅一文字〟で斬り伏せるが、ロキに殴られ吹っ飛ばされる。
斬り溢した破壊の嵐が私へ降り掛かる。
「 〝凪〟 」
しかし、私はそれら全てを受け流し、斬り伏せ、捌き切る。
――否。
斬った燃える礫が弾け、私は爆風によって吹っ飛ばされた。
「……ぐッ!」
爆風に煽られ地面を転がるも、すぐに体勢を立て直して追撃へ備える。
(……捌き切れない攻撃が増えているな)
無理もない。常に激痛に襲われた状態で戦っているのだ。集中力を保つのも決して楽なことではなかった。
このままではいつか必ず限界を迎えるであろう。
――死。
……そんな一文字が脳裏を過る。
(――折れるなッ……!)
私は揺らぐ気持ちに自分自身を叱咤する。
(ここは最終防衛線! この先には命を懸けて守らねばならない人がいるんだぞッ!)
光線が降り注ぐ。
燃える礫が降り注ぐ。
「 〝嵐斬り〟 」
光線は全て斬り伏せる。
「 〝飛脚〟 」
高速ステップで舞うように燃える礫を回避する。
「 ♪ 」
――ロキが私の背後へ瞬間移動をして、拳を振り抜く。
「――ッ!!?」
こ の 拳 は 危 険 だ ッ !?
――脳味噌が最大音量で警鐘を鳴らした。
私は後ろへ跳び、迫り来る拳をかわ
激 痛
――激痛でコンマ一秒足が止まった。
「…………あっ」
これはしくじった。そう、思った瞬間――……。
――ロキの拳が私の横腹を抉り取った。
「――かはッ!」
堪らず食道を逆流した血を吐き出す。
「 ーーーーーッ!!!」
伊墨が恐らく私の名を叫び、ロキを殴り飛ばした。
「……」
血が止まらない。
おびただしい程の血液が汚れた地面を赤く染める。
「……はあっ……はあっ」
自然と呼吸が逸る。
私は横腹に手を当てる。
「……………………ああ」
右手に生暖かい感触が拡がる。
そこで私は悟った。
私 は 死 ぬ 、
後 少 し で 。
……致命傷。文字通りそれは、死に至る傷であった。