第234話 『 早い者勝ち 』
「……そうか、お前なんだな」
……心の中に小さな火が灯る。
「お前のせいでこんなになっちまったのか」
その火は徐々に激しさを増し、やがて業火へと形を変える。
(……ペルシャの家族が死んだのも、王宮にいる奴等を沢山殺したのも、楽しかったペルシャの誕生日を台無しにしたのも、全部)
――憤怒。
……それは全てを焼き尽くす憤怒の業火であった。
「そうだね、全ては私が仕組んだことだよ」
「――」
アルベルトは悪びれもせずに微笑した。
「王宮を襲撃したのも、多くの命を奪ったのも、君を洗脳してペルシャ嬢を殺させようとしたのも――全ては私の意向だ」
「……っ」
ああ、そうか。
コイツは殺さなきゃいけない奴なんだ……。
俺は〝鬼紅一文字〟を握り直す。
「……もう、十分だ」
鋭い眼光と殺意がアルベルトを貫く。
「ぶち殺し、確定だァ……!」
「……♪」
そして、俺は強く地面を踏み締めた。
「――待て」
――突然の制止。声の主はクリスであった。
「……何だよ、クリス」
すぐにでもアルベルトを殺したかった俺は、制止の理由を問い質す。
「一つだけ訊きたいことがある」
「構わないよ」
――俺に言ったのではない。クリスはアルベルトに話し掛けていた。
「ならば問おう――……」
クリスは真剣な眼差しで神妙に問う。
「 フェリス=ロイスという名に覚えはないか? 」
――フェリス=ロイス。
……クリスの実妹にして、一月前の御前試合にて自害した少女だ。
(……何で今、フェリスのことを?)
俺にはクリスの意図がわからなかった。しかし、それは俺だけのようで――……。
「――ああ、知っているよ」
――アルベルトは二つ返事で頷いた。
「君の推測は当たっている。私は一月半前にフェリス=ロイスと接触して、三つの〝頼み事〟をした」
「……」
「一つはペルシャ=ペルセウスへ接触すること、一つは彼女の暗殺、一つは暗殺が失敗した場合に
「――もういい」
クリスがアルベルトの回答を遮った。その声は森の湖面のように穏やかで、しかしその裏側には――……。
「 貴様は私の手で殺す……! 」
……灼熱の殺意が秘められていた。
「貴様がフェリスを、私のたった一人の妹をっ……!」
「……クリス」
俺は全てを察した。
(コイツなんだな、クリス)
アルベルト=リ=ルシファーが
全ての元凶なんだな……。
「……わかった」
クリスもアルベルトを殺したい。
俺もアルベルトを殺したい。
――なら、どうする?
「早い者勝ちだ。どっちがアルベルトを殺しても恨みっこ無しだぜ」
「……そうだな、シンプルで実にいい」
俺の提案にクリスも静かに笑った。
「問答はこれでお仕舞いかい? 我々も先を急いでいるのでね」
アルベルトも冷たい声で呟き、刃を抜いた。
「かっかっかっ、オラも楽しくなってきたなぁ♪」
〝ピエロ〟も楽しそうに笑う。
『……』
……戦場に静寂が訪れる。
「……」
俺は無言で〝鬼神の面〟を被る。
「……♪」
アルベルトの長剣が照明を反射して煌めく。
「集中――……」
クリスが深呼吸をして、〝氣〟と魔力を練り上げる。
「しっしっしっ……♪」
〝ピエロ〟は変わらず軽薄な笑みを浮かべている。
――俺とクリスの姿が消えた。
「――」
「――」
黒と赤の軌跡が空を切る。
懐から短剣が抜かれる。
次 の 瞬 間 。
――アルベルトが長剣で〝魔王〟を、短剣で〝鬼紅一文字〟の側面を叩き、軌道を逸らした。
「……やれやれ、二人して余程私の首が欲しいようだね」
「アルベルト様、モテモテッスねぇ~♪」
――巧い。俺達の剣を真っ正面から受ければ剣は使い物にならなくなるが、受け流せば問題はない。
「……チッ」
俺とクリスは直ぐ様後ろへ跳び、再び距離を取る。
「クリス、アイツの剣捌き」
「ああ、私も見覚えがある」
そう、俺達はアルベルトの剣捌きに見覚えがあった。
柳のような〝流〟の凌ぎ。
俺達の剛剣を弾く〝剛〟の腕力。
目に留まらぬ〝颯〟の剣技。
(……俺の勘が鈍っていなければ)
――王国最強の守護神。
……そう、センドリック=オルフェウスの剣捌きとそっくりであった。