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 第233話 『 王 』



 「……ここまで来れば大丈夫か」


 ……ラビは城下町の裏路地で足を止め、わたしを地面へ降ろした。


 「ありがとうなの」


 ラビのお陰で窮地を脱しただけでなく安全な場所へと避難することが出来たので素直に感謝の言葉を呟いた。


 「――おやおや、また助けたのかね?」


 ……すると路地裏の影から声が聞こえた。


 「あまり喋らない方がいいッスよ、貴方だって重傷なんですから」


 「気遣い感謝するよ」 


 「……オルフェウス、従事長?」


 なんと声の主はペルセウス王国最強の守護神――センドリック=オルフェウスであった。


 「どうして、オルフェウス従事長がこんな所に?」


 驚いたことにあのオルフェウス従事長は胸元を真っ赤に染めており、顔色は大層悪かった。

 それにオルフェウスが口にした「また助けた」という言葉、質問したいことは沢山あった。


 「私もラビくんに助けてもらったのだよ、敵に敗れ死にかけていた所をね」


 「ラビが助けた? オルフェウス従事長が死にかけた?」


 ……ツッコミたいことが多すぎる。


 「それに私は運が良かった」


 そう呟き、オルフェウス従事長は胸ポケットからひしゃげた銀時計を取り出し、見せつけるように掲げる。


 「胸ポケットに入れていた銀時計これのお陰で、心臓への直撃を避けることが出来たのだからね」


 「それは良かった……なの?」


 状況はその場に居なかった今一イメージがつかなかったが、九死に一生を得たということは伝わった。

 とはいえ、わたしもオルフェウス従事長もまともに戦えるとは言い難い状態であった。


 「……ラビはこれからどうするの?」


 わたしは後ろに立つラビに次の動向を確認する。


 「……」


 「……ラビ?」


 返事がない? そう思った瞬間――……。



 ――ラビがその場で物も言わずに倒れた。



 「――ラビッ!?」


 わたしは直ぐ様倒れたラビに駆け寄り、面を覗き込む。


 「……すぅー……すぅー」


 「寝ている、なの?」


 ……ラビは穏やかな横顔で爆睡していた。


 「――無理も無い」


 答えたのはオルフェウス従事長であった。


 「〝臨界突破リミットブレイク〟の100パーセント以上は命前借りのようなものだ、肉体と精神への負担も計り知れないからね」


 「……そんな」


 あの強大な力にはそれ相応の対価があったようである。


 「今は彼に感謝しよう、この勇敢な戦士にね」


 「……ラビ」


 わたしは疲れきった顔で眠りにつくラビを見下ろし、その傷だらけの手を触れる。


 (……助けてくれてありがとうなの、ラビ)


 ……そして、



 ――お疲れ様……。



 ……わたしは最大級の感謝と労いの気持ちを胸に、ラビの手をそっと握り締めた。







 ――地下通路《ルート‐8》。


 「……ファルス、済まなかった」


 ……俺は血塗れで地面に座るファルスに頭を下げる。


 「お前は体を張って俺を止めてくれたんだろ?」

 「君が気にすることはないよ。それに明日にはまた会えるしね」


 血の気の失せた真っ白な顔でファルスは微笑む……死にかけてなお、ファルスの笑みは美しかった。


 「でも、俺はお前が止めてくれなかったらこの手で姫を殺めていたっ、だから、本当に感謝しているっ」


 もし、姫を殺めることがあれば自害する覚悟があった。

 しかし、そんな最悪な未来はファルスがへし折ってくれた。本当に幾ら感謝をしてもしきれなかった。


 「……まだ戦いは終わってはいないよ……だから……まだ油断は禁物」


 ファルスが瞼を閉ざし、声が途切れていく。


 「……君は最後まで生き残ってくれ……そして……また明日……会おう」


 「ああっ、また明日なっ」


 俺はファルスの手を握り、戦友の死を見届ける。


 「……明日が……待ち遠しい……ね……………………」


 ……そして、ファルスはそのまま動かなくなった。


 「……ゆっくり待ってろよ、ファルス」


 俺は青白い手を離し、静かに立ち上がる。


 「俺達の日常は俺が守り抜いてやるからな」


 もう、ファルスには俺の言葉は届いてはいなかった。

 だが、問題はない。明日また同じことを言ってやればいいのだから。


 「……」


 ……今はそれよりもやらなければならないことがある。


 「……先へ行こう、ペルシャ達と合流するんだ」


 優先すべきは生き残ることだ。死者への弔いに時間を取られている余裕はなかった。


 「はいっ」

 「ああ、言われなくともな」


 姫とクリスが力強く頷く。


 「絶対に皆で生き残りましょう……!」


 姫の言葉に俺とクリスは頷き、地下通路を走り出した。


 (……俺もクリスも体力はまだ余裕がある。考慮すべきは敵の戦力だな)


 俺は姫を背負い、薄暗い地下通路を駆け抜けながら戦況を分析する。


 「クリス、知っている敵情を教えてくれないか」


 隣を走るクリスに訊ねる。襲撃から早々に洗脳されてしまった俺よりも、クリスの方が多くの情報を持っていそうだと思ったからだ。


 「私が戦った敵は〝シェフ〟と名乗る戦士と巨大な鋼鉄の騎士だけだな」


 〝シェフ〟に巨大な鋼鉄の騎士、か。随分とバラエティーに富んだ敵である。


 「巨大な騎士は私が倒したが、〝シェフ〟はシロップ隊長とキルシュタイン副隊長の二人で戦っている……二対一だから問題はないと思うが」


 「〝シェフ〟って奴はそんなに強いのか?」


 「……わからない、ただ奴からは底知れない何かを感じた」


 ……どうやらこの戦争、一筋縄には行かないようであった。


 「とにかく今は一刻も早くペルシャ達と合流しよ




 ――足音が聴こえた。




 (――後ろから!? 俺達も走っているのに?)


 姫を背負っているとはいえ、全速力で駆け抜けている俺達に近づいて来ている〝何か〟がいた。


 「クリスッ! 後ろから誰か来てるぞッ!」

 「――何だとっ?」


 〝何か〟はもの凄い速さでこちらへ迫っており、徐々に距離を詰められる。


 「どうする、迎え撃つか?」


 「ああっ、任せた……いや、ちょっと待て」


 俺は足を止め、急停止をする。


 「どうしたのだ? 追っ手が来ているのではないのか?」


 「追っ手は後ろだけじゃねェ――……」



 ――コツッ……コツッ……。



 「前からも来やがった」


 暗闇から足音が迫ってくる。


 「……」


 近づく度にその輪郭は鮮明になる。


 「……」


 そして、俺達の前に姿を見せたのは――意外な人物であった。


 「……何だ、ピエールじゃねェか」


 まさかの知人の登場に正直拍子抜けた。


 「どうしたんだよ、こんな所で」


 「いやいや、ちょっち迷子になっていたやんすよ(笑)」


 「……?」


 ……コイツ、こんなキャラだったっけ?


 「うーん、悪いッスけどオイラってどんな話し方だったか覚えてるッスか?」


 「いや、知らねェよ」


 訳がわからなかった。ピエールのキャラ崩壊も、何でこんな所にいたのかも……俺にはわかりようがなかった。

 ただ一つ言えることは――今は時間がない、ということである。

 後ろから何者かが迫っている以上、こんな場所で足を止めている暇はなかった。


 「あーーー、もうメンドーなんでこの顔やーめた♪」


 ピエールは自分の顔を手で覆ったかと思えば、すぐにその顔を俺達に晒した。


 「改めて名乗りまぁーす、僕ちんは〝四騎士アポカリプス〟が一人、〝支配〟のピエール=ロックバーグ……またの名は〝ピエロ〟でぇーす♪」


 ……そこには一人のピエロがいた。


 「――〝四騎士アポカリプス〟だとっ!?」


 ……反応したのはクリスであった。


 「知っているのか?」


 「ああ、〝シェフ〟も同じように名乗っていた……恐らく〝シェフ〟と同格だ」


 それは気を引き締める必要がありそうであった。


 「わかった、姫は少し離れていてくれ」


 俺は姫を降ろして、〝鬼紅一文字〟を鞘から抜いた。


 「クリス、二人で瞬殺して先を急ぐぞ」


 「ああっ、同感だ」


 クリスも〝魔王サタン〟を抜き、〝ピエロ〟と対峙する。


 「うひゃあっ、お二人さんマジおこ~♪」


 何もおかしくないのに〝ピエロ〟が笑いこける。


 「でーもー、俺っちはあくまで前座なんッスよねぇ♪」


 「……前座?」


 〝ピエロ〟の言葉に首を傾げた――その時。




 ――背中から心臓を刃で貫かれた。




 (……違う)


 ……これは錯覚だ。背後からの殺気に見せられた錯覚に過ぎなかった。


 ――だとしても、これは規格外であった。


 (この威圧感……確かに〝ピエロ〟は前座だな)


 俺は恐る恐る後ろを振り向く。


 「――御機嫌よう、諸君」


 ……美しい、と場違いにも思ってしまった。


 「王の臨場だ、静粛にしたまえ」


 それは美しくも何処か死を連想させられる彼岸花に少し似ていた。


 (……ああ、コイツか)


 高い身長に、涼しげな眼差し、そして眩しい程の気品。俺は柄にもなく気圧される。


 (……この男が――世界一か)


 俺は一目で悟ってしまった。



 ――目の前に立つ男が世界で最も高い所にいることに……。



 「お待ちしておりました、国王陛下。いや――……」


 今まで不真面目であった〝ピエロ〟が恭しく膝をつき、男に頭を垂れる。



 「――アルベルト=リ=ルシファー様」



 アルベルト=リ=ルシファー?


 世界の頂点?


 俺達の――敵?


 「……」


 ……そうか、


 「……」


 この男だ。


 「……」


 この男こそが……。



 「 全ての元凶、か 」



 ……それは静かな静かな――憤怒いかりであった。


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