第232話 『 臨界突破、その先へ 』
「くはははっ、誰かと思ったら〝王下十二臣〟最弱のラビくんやないかぁ♪」
……ロキの笑い声が地下通路に響き渡る。
「……」
正反対にラビは無言で睨み返す。
「君が来た所でなぁーにも変わらへん! 弱い自分にはなぁーんにもできへん!」
「……」
「君じゃあ僕らには勝たれへん♪」
「 もう言いたいことは終わったか? 」
……言われっぱなしであったラビが静かに言い返した。
「一緒に働いたよしみで助言してやるよ」
ラビは煙草を胸ポケットから取り出し、くわえる。
「強い男ならペチャクチャ喋らねェ方がいいぞ、弱そうに見えちまうから」
そう言って煙草に火を点け、白い煙を吐き出した。
「助言ありがとさん♪」
ロキは不敵に笑い、掌をラビにかざす。
「もう死んでええで♪」
閃 滅
――閃ッッッッッッッッ……! 強烈な光を放つ光線がラビへ放たれた。
「ラビッ、逃げてっ……!」
「それともう一つ言い忘れてたな」
――蹴ッッッッッッッッ……! ラビは光線を蹴り飛ばした。
「 幼女暴行罪でてめェは死刑だ 」
ラビは何事も無かったかのように白い煙を吐き出した。
「……っ!」
……何かが違う。
今のラビは過去のラビと何かが違っていた。
「へえ、やるやん♪ なら――〝シェフ〟さん!」
「私に指図をするな」
粗 微 塵 切
――無数の斬撃がラビに襲い掛かった。
「――ん? 何かしたか?」
……しかし、ラビは全くの無傷であった。
(あれは〝魔装脈〟! しかも、超密度のッ!?)
これ程、高密度な〝魔装脈〟は見たことがなかった。
(ラビの身体から溢れ出てる膨大な魔力と力場……一体何が起こっているの?)
目の前の超常現象にわたしは困惑するばかりである。
「俺の〝臨界突破〟の限界値は100パーセント……だと思っていた」
ラビが静かに呟く。
「だが、俺は気づいたんだ……100パーセントのその先にな」
「なんや自分、まさか120パーセントとか200パーセント言い出すんか?」
「違うな」
ロキの軽口をラビは静かに否定する。
「 1000パーセントだ 」
「……盛り過ぎやろ」
まさかの数値にロキが冷や汗を垂らす。
「……さてと」
ラビは地面に煙草を投げ捨て、踏みにじって鎮火する。
「そろそろ反撃いいか?」
『――ッ!?』
――ラビが消えた。
違う!? これは目にも止まらない超高速移動!!?
「 〝超神速〟 」
――トンッ……。ラビは既にロキの真横で脚を振り抜いていた。
「――なァッ
「 〝渾身一擲〟 」
――ロキが壁を突き破る程の勢いで蹴り飛ばされた。
その衝撃は凄まじく、衝撃波が暴風と共に吹き抜けた。
「ただの暴力など私には効かぬぞ……!」
〝シェフ〟が蹴り飛ばされたロキを気にすることなく、二本の包丁でラビに斬りかかる。
「ラビッ! 〝シェフ〟にはどんな攻撃も効かないのっ……!」
「知らねェよ、そんな理不尽」
――掴ッッッッッ……! ラビは一瞬で〝シェフ〟の背後を取ったかと思えば、その襟を掴んだ。
「効かねェんだったらどっかにぶん投げちまえばいいよなァッ!」
「――何ッ!?」
ラビは〝シェフ〟を勢いよくぶん投げ、あっという間に調理服の男の姿は見えなくなってしまう。
(……強いの! これがラビの全力全開!)
しかし、無敵状態のロキにあらゆる攻撃を吸収する〝シェフ〟はこの程度では倒せないであろう。
「どうするの、ラビ?」
「ずらかるぞ、全力でな」
「……………………えっ?」
わたしが何かを言う前にラビはわたしを抱えて、天井を突き破り、全速力で駆け抜けた。
「どうして逃げるのッ!」
「あいつ等に攻撃効かねェんだろ?」
……その通りだ。わたしとラビには彼等を倒す術はない。
――でも!
「少しでも時間を稼がなきゃ皆が死んじゃうのっ、時間稼ぎがキャンディの仕事だったのっ……!」
「……」
立ちはだかる障害がいなくなった今、彼等はペルシャ様の方へ向かうであろう。
そうわたしは任務を放棄したのだ。自分の命惜しさに皆を見捨てたのと一緒であった。
「お願い戻ってっ、まだキャンディは戦えるのっ……!」
「 知るかよ 」
――わたしの願いは容易く踏みにじられた。
「――っ! どうしてなのっ!」
「どうしてこうしてもねェよ、俺がそうしたくねェ……ただそれだけだよ」
ラビは振り向かない、ただ一心に凄まじい速さで王宮から王都へ下っていくだけであった。
「お前はよくやった。十分に時間を稼いだ」
「……」
「誇れ、お前は最高の仕事をした」
「……」
よくやった……なんて言ってもらえる資格、わたしには無かった。
わたしが稼いだ時間はほんの十分ちょっと、これっぽっちの仕事で誇れる筈がなかった。
「…………納得してくれねェか」
「……」
ラビはわたしの表情から心中を察して、溜め息を吐く。
「……わかった。一回だけしか言わねェからな」
ラビの表情はサングラスのせいでよく見えなかった。それでも、何となくしかめっ面をしているのはわかった。
「――お前に生きてほしかったんだ」
「――」
「……ただそれだけの話だ」
……それは、
不器用で、
ぶっきらぼうな、
――心揺さぶる鋼鉄の一撃であった。
(……ちょっとだけ甘えてもいいのかな?)
心が甘く満たされていくのがわかった。
その言葉は今のわたしが欲しかった言葉であった。
当たり前だ、死ぬのが恐くない筈がなかった。
死地から逃げ出したい気持ちがない程、わたしは大人になり切れなかった。
(……キャンディはまだ死にたくないの)
……そんな我儘が許されるのなら、許してくれる誰かがいる。それはとても幸せなことな気がした。
「……これじゃあ満足できねェか?」
「…………ううん」
兎は少女を抱えて、月夜を駆ける。
前へ前へと駆け抜け、涙を置き去りにする。
「……充分なの」
……ありがとう。わたしはそんな気持ちを胸に、ほんの少しだけラビに身を寄せた。