第228話 『 舞い降りる騎士 』
……どうしてこうなってしまったのだろう?
「ジャガーお兄様ッ! レオンお兄様ッ……!」
わたしは敬愛する二人の兄の名前を叫んだ。
「……」
「……」
しかし、二人から返事はない。二人共、血溜まりに身を沈め、地面の上を横たわっていた。
「……三十秒か、意外に粘られたな」
甲平くんは何事も無かったかのように、小太刀に付いた鮮血を薙いで振り落とす。
「さてと、邪魔者も片付けたし今度こそ殺させてもらうぜ」
そう言って、甲平くんは笑みを浮かべながら歩み寄る。
――本気だ。
(……本気でわたしを殺そうとしている)
どうしよう。
どうしようっ。どうしようっ。どうしようっ!
好意を寄せていた人に殺意を向けられ、わたしは何が何だかわからなくなってしまった。
「 逃げてください、ペルシャさん 」
――わたしの前に立ち、甲平くんに立ち向かったのは愛紀ちゃんであった。
「ここは私が足止めしますから、ペルシャさんはミーアさんと一緒に先へ行ってください……!」
「でも、それじゃ愛紀ちゃんがっ!」
わたしには出来ない! 愛紀ちゃんを見捨てて一人だけ逃げるなんて!
「 貴女は一国の王女でしょうがッッッ……! 」
「――っ!」
愛紀ちゃんに怒鳴られ、わたしは思わず肩を跳ねさせる。
「ペルシャさんには生き残って成さなければならないことがある! 貴女を守る為に散っていった命に応えなければならないことがある! そうでしょっ!」
「……愛紀ちゃんっ」
愛紀ちゃんを置いてなんて行きたくない。
それでも、愛紀ちゃんはわかっていたのだ。
……わたしの背中には背負わなければならない〝もの〟があることを。
「振り向くなっ! 立ち止まるなっ! さっさと走り去ってくださいっ……!」
――そう、わたしの背中にはペルセウス王国で生きる一千と七百万人の命がのし掛かっていた。
「……愛紀ちゃん、死なないでね」
「はい、次会うときはまた一緒に遊びましょうね」
わたしにはわたしの成すべきことが、愛紀ちゃんには愛紀ちゃんの成すべきことがある。
その為にほんの少しのお別れだ。
――わたしはミーアの手を引いて駆け出した。
「……お願いっ、神様っ」
わたしは涙を置き去りにしながら《R‐8》を駆け抜ける。
「もう、誰も失いたくないよっ……!」
そう、これは一時的なお別れなんだ。
皆が笑える未来へ向かう為の試練なんだ。
……だから、今はただひた走れ――走り抜けろ。
「……行ってくれましたか」
……まったく世話の焼けるお姫様であった。
私はペルシャさんの背中を見送り、安堵の溜め息を吐いた。
「――それで、甲平」
安堵から一転、私は甲平を睨み付けた。
「説明してください。どうして、こんな馬鹿げたことをしたのですか?」
「……姫」
甲平は馬鹿だ。
デリカシーは無いし、常識も無かった。
――それでも仲間や友達に手を掛けるような外道ではなかった。
「頼まれたって言っただろ、悪いけどそれ以上は言えねェよ」
「話になりませんね……でしたら、質問を変えさせてもらいます」
どうやら、今の甲平はまともな精神状況ではないようであった。
「――貴方は私を殺してでも先を進めますか?」
「――っ」
私の質問に甲平の顔に動揺の影が横切る。
「言っておきますが、私は殺さなければ止まりませんよ」
「……姫を殺す……俺が?」
ここに来て初めて甲平が迷っていた。
「嫌だ、嫌だ。姫を殺したくない。だけど、ここを通らないと、ペルシャを殺さないといけないんだ。だけど、だけど、だけどっ」
甲平は頭を抱え、自問自答に陥る。
(……良かった、まだ甲平の中に良心が残っているようですね)
今迷っているのがその証拠であった。
「嫌だ。やらなきゃ。嫌だ。嫌だ。やらなきゃ、やらなきゃ。嫌だ。やらなきゃ、やらなきゃ……」
甲平はその場に膝を付き、苦悩に表情を歪める。
「……俺はペルシャを殺す……殺さないといけないんだっ……!」
「させませんよ、そんなこと」
私は甲平の前に立ち、両手を広げて彼の行く道を阻んだ。
「退けッッッ! 退かねェとぶっ殺すぞッッッ……!」
「やってみなさいッッッ! 私は一歩も退きませんよッッッ……!」
甲平が吼えるも、私は彼から目を逸らさず一歩も退かなかった。
「退けよっ!」
「退きませんっ!」
「退けって言ってんだろっ……!」
「退きませんっ……!」
小太刀を片手に近づく甲平。しかし、私は一歩も退かない、真っ直ぐに彼の瞳を見つめる。
「退けって――……」
甲平が小太刀を私目掛けて振り下ろす。
「言ってんだろォォォォォォォォォォォッッッ……!」
「……っ」
すみません、ペルシャさん。
どうやら、私は大して時間を稼げなかったようです。
迫りくる凶刃。
私は静かに覚悟を決める。
「……甲平の……馬鹿」
そして、凶刃が振り下ろされ――……。
「 見損なったぞ、伊墨 」
天 槌
――斬ッッッッッッッッッ……! 甲平の右腕が小太刀を握ったまま、宙を舞った。
「まさか、主君に手を出すまで落ちぶれるとはな」
一人の騎士が私と甲平の前に割り込むように舞い降りる。
「……っ、邪魔すんなよ」
金色の髪が風になびく。
銀の甲冑が地面を鳴らす。
「――クリス=ロイスッッッ……!」
……ペルセウス王国近衛騎士団団長――クリス=ロイスがそこにはいた。