第227話 『 我、王国の守護神なり 』
――ペルセウス暦511年。
「……っ」
……私の左腕が足下に転がっていた。
(……斬られた、のか?)
全身を巡る神経が激痛を訴えていた。
しかし、アルベルトは少し離れた場所で悠然と立っているだけである。
(……いつ斬られた?)
私の〝警鐘〟は発動していなかった。
私の身体を傷つけるような攻撃は全て〝警鐘〟が教えてくれる筈であった。
――無音。
……しかし、私の〝奇跡〟は発動していなかった。
――〝警鐘〟。
……発動から数秒以内に起きる自身へ迫る危険を察知する〝奇跡〟である。
しかし、この斬撃は察知できなかった。
(……この出血量は不味いね)
左腕からはおびただしい程の血液が流れ出てくる。
私はネクタイでキツく縛り付け応急的な止血をするも、微量の血液が地面へ溢れ落ちる。
「時間がないようだね」
私は長剣を握り直し、目の前の敵に対峙する。
「動けなくなる前に貴様を斬る……!」
「不可能だ」
やってみなければ――……。
「わからんだろっ、小童がッッッ……!」
私は一瞬でアルベルトの背後に回り込み、その首筋に刃を振り落とした。
――ボキュッ……。
……肉が引き千切れる音がした。
「――」
……長剣を握る私の右腕が宙を舞う。
「……ああ」
これが、
敗北か……。
噴水のように撒き散らされる真っ赤な雨。
最早、ここまでか……そう思った瞬間。
――警鐘。
……頭の中にけたたましいサイレンが鳴り響いた。
(……何故、今更になって?)
理解が追い付かない。
身体が反応できない。
……ああ、そうか。
そして、私は一つの違和感にたどり着く。
――眠れ、王国の守護神よ
――冷たき土の上で、永遠にな
――不可能だ
……どうして、耳栓をしているのに彼の声が聞こえたのだろう?
「 良い夢は見れたかい? 」
……左胸に、鈍器で殴られたような衝撃が走る。
「お早う――そして、さようなら」
残響する銃声と空薬莢が地面を跳ねる音がこだまする。
(……成る程、道理で〝警鐘〟が鳴らなかった筈だ)
私は自身の左胸に手を当て、ゆっくりと掌を見下ろす。
――赤……その掌は鮮血で真っ赤に染まっていた。
(――幻術……それが君のもう一つの〝奇跡〟か)
落ちる。
墜ちる。
……身体が地面に近づく。
――私は最後の力を振り絞り、懐から手榴弾を取り出す。
「……共に果てようではないか、至高の王よ」
それは綺麗な放物線を描き、アルベルトの足下を転がる。
「我、王国の守護神なり――……」
ああ、我が君よ。
どうか生き延びてくださりませ……。
――轟ッッッッッッッッッ……! 激しい光と熱と爆風が私諸ともアルベルトを呑み込んだ。
舞い上がる粉塵。
揺れる大地。
……その爆風は窓を割り、廊下や壁を崩し、そして空気を焼いた。