第223話 『 ロキ 』
――地下通路《R‐8》。
「……クリス、ここはキャンディに任せて上へ行くの」
……キャンディがクリスと〝シェフ〟の間に割り込んできた。
「駄目だ、この男は私抜きで勝てる相手じゃないぞ」
クリスもキャンディの申し出に納得できないのか、間髪容れずに一刀両断した。
「物事には優先順位があるの」
「――優先順位」
キャンディも簡単に納得してもらえないことを予想していたのか、淡々と説得を続ける。
「上で暴れている敵を止めないとこの地下通路はすぐに潰れちゃう、だからクリスには上の敵を任せたいの」
「……シロップ隊長」
確かに、これだけ激しく揺れればいつ地下通路が瓦解したっておかしくはないであろう。
「……………………わかった」
クリスはそう言って大人しく剣を納める。
「ここは任せたぞ――シロップ隊長、キルシュタイン副隊長」
「当たり前なの」
「当たり前や」
クリスは戦場を託し、僕とキャンディはそれを力強く引き受けた。
「……ということなの、コックさん」
姿を消すクリスを見送り、キャンディは〝シェフ〟と対峙する。
「貴方はキャンディがぶちのめすの」
「誰が相手でも私は一向に構わない……どうせ、結果は変わらないのだからな」
……両者、臨戦態勢に入る。
「――いや、訂正するの」
キャンディがこちらへ面を向け、睨み付けてくる。
「 ぶちのめすのは貴方もセットなの――ロキ=キルシュタイン……! 」
……その目は仲間に向けるような目ではなかった。
――敵
「……なんちゅう目で見るんや、キャンディちゃん」
「気色悪いから名前を呼ぶななの、裏切り者」
「……」
あーあ、
こりゃあかんわ。
「……いつから気づいてたん?」
「ついさっきなの……コックさんがキャンディ達を見つけるのが早すぎた、だから内通者がキャンディ達の場所を敵に教えてると思ったの」
「そんで〝心眼〟で皆の心を覗いた、と?」
キャンディが無言で頷いて肯定する。
「まさか、貴方が裏切り者で、アルベルト=リ=ルシファーの部下だったなんて思わなかったの」
「コラコラ、覗きすぎやでキャンディちゃん」
そこまで読心されているのであれば、最早どんな言い訳も聞き入れてはくれないであろう。
バレてしまったことを誤魔化すのも格好悪いので、僕は開き直って全部ぶち撒けてしまうことにした。
(……まあ、キャンディちゃんが驚くのも無理あらへんな)
何せ、僕がこの王宮の使用人に志願したときは自分が神聖・ルシファー帝国からのスパイであったことを〝忘れていた〟のだから……。
――〝王道〟。
アルベルト様から忘却の王命を下された僕は自身がスパイだった事実を忘れ、代わりにペルセウス王国への服従の命じられたのだ。
そして、その王命は僕が王宮の者の信頼を勝ち取り、〝王下十二臣〟に加わった頃に解除されたのだ。
そう、僕が今の僕を思い出したのは比較的に最近のこと、時期で言うなれば伊墨甲平と火賀愛紀姫が王宮に訪れた少し前くらいの頃であった。
だから、キャンディの〝心眼〟を通してでも、僕がスパイである事実を見抜けなかったのだ。
「どや、完璧に騙されとったやろ」
「……」
僕の挑発に、キャンディは不機嫌そうに睨み付ける。
「 もう、与太話は十分だろう? 」
――まるでナイフのような鋭い殺意に、僕とキャンディは思わず息を呑んだ。
「速やかにペルシャ=ペルセウスを料理しなければならないんだ、こんな小娘にいつまでも足止めをされている訳にはいかないぞ」
「……〝シェフ〟さん、相変わらずの真面目っぷりやな」
根が真面目な〝シェフ〟は、我が王からの命を遂行する為に既に臨戦態勢に入っていた。
「オーケー、瞬殺しましょーか……二人で♪」
僕も〝下位互換〟でクロエ=マリオネットに姿を変え、キャンディと対峙する。
「キャンディちゃんがクロエさんに懐いとったのは知っとるで♪」
「……」
僕がキャンディを煽るも、予想外に彼女は怒りも戸惑いもしなかった。
「……キャンディも嘗められたものなの」
キャンディは静かに溜め息を吐き、スカートの中から二丁の拳銃を抜いた。
「 〝神の子〟が神の子と呼ばれる所以をあんた等に教えてあげるの……! 」
「……へえ♪」
……これはこれは、存外一筋縄にいかない戦いになりそうであった。