第222話 『 裏切りの鴉 』
……どうして俺は小太刀を握っているんだろう?
俺は確か王宮に侵入した敵を斬り殺したんだ。
だけど、わからない。
そこからずっとふわふわしたような感覚が続いていた。
まるで夢の中にいるような、海面を漂っているような、そんな感じであった。
……何故?
俺は刃を握っている?
どうして刃が赤く染まっている?
目の前で倒れているのは誰だ?
壮年の男と妙齢の麗人。
金色の髪と銀色の髪。
長い髭と染み一つ見当たらない白面。
……その男は血溜まりにその身を沈めていた。
「何でっ! 何でそんなことをっ……!」
ペルシャが怒りにも似た表情で問い質す。
(……どうしたんだ、ペルシャ? そんなに興奮して)
俺にはペルシャが何故怒っているのかわからなかった。
「 何で、お父様とお母様を殺したのっ……! 」
……はっ?
殺した?
国王と妃を?
……俺が?
――地下通路《R‐8》。
「……どうしてなの?」
……目の前の光景に堪らず膝を付いた。
「答えてよ、甲平くん! どうしてお父様とお母様を殺したのっ……!」
わたしは涙を堪えて、血塗れた刃を手にこちらへ面を向ける甲平くんに問い詰める。
「違うんだ、ペルシャ……俺が国王陛下を殺す筈がないだろ?」
甲平くんはいつもと変わらない飄々とした笑みで、自身が犯した行為を否認した。
「そんなことを理由がないだろ? なあ?」
そう言って甲平くんはわたしに歩み寄る。
「――来ないでッッッ……!」
恐怖の剰りにわたしは甲平くんを全力で拒絶した。
「だって、わたしは見たもんっ! 甲平くんがお父様とお母様をその手の刃で斬ったのを、確かに見たんだもんっ……!」
「ははっ、何の冗談だよ。俺がそんなことする筈ないじゃないか」
「じゃあ、その手の刀は何なのッ! それは誰の血なのッ!」
わたしの言葉に甲平くんは首を傾げながら、自分の右手へと視線を落とす。
「これはさっき倒した敵の血だ、信じてくれよ」
「信じられる訳ないじゃん! だって、目の前で二人を殺した所を見たんだもん……!」
「……………………そっか、信じてくれないか」
警戒を解かないわたしに甲平くんは深い溜め息を吐き、頭を掻いた。
「 じゃあ、面倒臭ェからもう俺に殺されてくれ 」
「――」
……………………はっ?
……今、何て言ったの?
――殺す。
……わたしを?
「…………何を言っているの?」
「お前のこと結構好きだけど、頼むから俺に殺されてくれないか?」
甲平くんの言っていることは支離滅裂であった。
「……なっ、何でそんなことを?」
「あぁー……忘れちまったよ、そんなこと」
意味がわからなかった。
何故、お父様を殺した?
何故、お母様を殺した?
何故、わたしを殺そうとしている?
彼の言動には理由も理性すらも見当たらない。
ただ一つ一貫していることはわたしへの殺意だけであった。
「 下がっていろ、ペルシャ 」
……わたしと甲平くんの前に二人の人物が割り込んだ。
「可愛い妹に手を出さないでもらってもいいかな?」
「ジャガーお兄様! レオンお兄様!」
……敬愛すべき二人の兄であった。
「手癖の悪い使用人だ、次期国王たる私が躾てやろう」
ジャガーお兄様がサーベルを抜く。
「オルフェウスに鍛えられたボクらの剣をあまり甘く見ない方がいいよ♪」
レオンお兄様もジャガーお兄様に倣うようにサーベルを抜いた。
「……別にあんたらは目標じゃないんだが」
甲平くんが気だるそうに溜め息を吐き、小太刀を構え直す。
「 邪魔すんなら、片手間で殺してやるよ 」
《R‐8》の道中。
甲平くんとお兄様達の戦い。
……それは驚く程に呆気なく結末を迎えるのであった。