第220話 『 〝四騎士〟 』
――地下通路が激しく揺れ、欠けた天井が地面に落ちた。
「きゃっ」
ミーア様が壁に掴まり、小さな悲鳴を溢す。
「ミーア様、大丈夫ですか?」
キャンディがミーア様に寄り添い、身を案じる。
「すみません、私は大丈夫ですので先を急ぎましょう」
ミーア様の仰るように我々がすべきことは、一刻も早く安全な場所へ避難することであった。
「急ぐぞ、地上で戦っている者達の想いを無駄にしないようにな」
サーベル様が厳格な面持ちでミーア様の手を引く。
「それにしても、この揺れは一体何事でしょうか?」
恐らく〝Σ〟が原因であるが、愛紀様が知る由もなかった。
「……」
そして、この中にいるただ一人以外は知る由も無いであろう。
――ピシッ……。地下通路の天井に亀裂が走った。
……既に神聖ルシファー帝国、最高戦力の一角が退路に回り込んでいたことに。
『――ッ!』
一同の視線が一点に集まった――その瞬間。
――瓦解。天井を破壊して、白い調理服を身に纏った男が地下通路に着地した。
「〝四騎士〟が一人――クルシェ=フランソワーズだ」
クルシェ=フランソワーズ――通称、〝シェフ〟が名乗り出て、一同が身を固まらせる。
「どうか私に料理されてくれないか?」
「――皆様ッッッ! 退いてくださいッッッ……!」
――間髪容れずにクリスが飛び出し、〝シェフ〟に斬りかかった。
「許されざることだぞ、食材が〝シェフ〟に歯向かうなど」
「……っ!」
しかし、〝シェフ〟は包丁でクリスの刃を受けていた。
「ここから先は死んでも通さぬぞッッッ……!」
「いいだろう、ならば料理して通るだけだ」
……月光差し込む第8ルート、〝四騎士〟と〝王下十二臣〟の戦いの幕が上がる。
――ペルセウス王宮1F、東廊下。
「……酷い惨状ですねぇ、クロウディア隊長」
……ボクは全身を穴だらけにされた使用人を見下ろしながら、血塗れの廊下を闊歩する。
「国王陛下は無事ですかねぇ」
「騎士団長が一人、隊長が二人、副隊長が二人、それだけいれば……と言いたい所だが、敵が未知数であるならば安心は出来ないかもな」
クロウディア隊長は眉根を寄せ、低く唸る。
「ボク達はどうしますか? 敵を排除しますかぁ? それとも国王陛下を捜しますかぁ?」
「……バロウ、優先すべきは陛下の命だ」
「りょーかーい、人命救助優先ッスねー」
ボクとしては大暴れしたかったが、隊長が言うのであれば従うしかなかった。
「だが、敵と遭遇した場合は全員排除しろ」
「アイアイサー♪」
流石は我等が隊長様、部下の扱い方も手慣れたものであった。
「……って、言ってる側から」
複数の足音がこちらへ近付いていた。
「曲がり角より敵確認、二番・三番は五秒後に同時射撃」
「「了解」」
「……3……2……1、撃て」
――二名のフルフェイスの男が曲がり角から飛び出し、こちらに向かって銃弾を撃ち出した。
銃弾の雨が廊下や壁に穴を空ける。
窓は砕け散り、火花も散る。
「四番・五番撃て、二番・三番はリロード」
『了解』
空薬莢が廊下を跳ね、その残響が消える間も無く更なる銃弾の嵐が降り注いだ。
「――いいですねぇ♪ 連携は取れてるし、実戦にも慣れてます♪」
……しかし、その銃弾の嵐の中にボク等の姿はなかった。
「 貴方の達、合格デス♪ 」
――トンッ……。ボクとクロウディア隊長は彼等の真後ろに立っていた。
「無駄口を叩くな、バロウ」
「へーい」
――フルフェイスの男達は切り刻まれ、廊下に鮮血が飛び散った。
ボクの手には小さなナイフ、クロウディア隊長の手には巨大な鋏が握られていたがどちらも既に血塗れであった。
「次行くぞ、次」
「あーい」
ボクは先を行くクロウディア隊長の背中を追い掛ける。
「次は何処へ行くんですかぁ?」
「地下通路を順に当たっていくつもりだが何せ数が多い、出来るだけ候補を絞りたいが……」
クロウディア隊長は思案に耽る。考えるのはボクの仕事ではないので、ボクは死体の血で床にお絵描きをして時間を潰していた。
「ペルシャ様の誕生日パーティー会場から一番近い地下通路は――第8ルート……やはりそこから当たってみるか」
「あっ、もう行きますか?」
ボクはお絵描きを中断して、クロウディア隊長の下へと駆け寄る。
「ああ、すぐに行こうか」
「らじゃー♪」
クロウディア隊長は廊下を走り、ボクもその背中を追従した。
「 おやおや、こんな所に生き残りがいるなんてぇ♪ 」
――ボクらの背中に喜色に満ちた声が突き刺さった。
「……」
「……」
ボクらは足を止め、声のする方へと視線を傾けた。
「オイラ、ちょ~ラッキーでやんす~♪」
……そいつは道化師のような見た目をした大男であった。
「……」
既にボクはナイフを、クロウディア隊長も大鋏を構えていた。
「……あんたは何者だい?」
クロウディア隊長が道化師に問い質す。
「ああん? ぼくちんが誰かってぇ?」
道化師は薄気味悪い笑みを浮かべたかと思えば、自分の顔を手で覆う。
「ここでは〝ワキガのピエール〟とか言われたんやけどなぁ」
……再び見せた顔は冴えない壮年の男の顔であった。
「知らない顔だな」
「ボクも末端の奴等の顔なんて覚えていませんねぇ」
ボクも隊長も心当たりがないので驚きようがなかった。
「……あっそっ、知らないなら別にいいッスけど」
道化師はつまらなそうな顔をして、再び道化師の顔に戻した。
「だったら、改めて名乗り直すヨ」
道化師が軽やかなステップを挟み、仰々しく一礼する。
「 〝四騎士〟が一人、ピエール=ロックバーグ――またの名は〝ピエロ〟だよーん♪ 」
頭を上げた〝ピエロ〟が妖しげな笑みを浮かべた。
「たいちょー、ボクが切っちゃってもいいですか?」
「お前は下がってろ……コイツは俺がやる」
隊長は大鋏を手にボクの前へ出る。
「……へーい」
不満げな返事をしてしまう。折角の獲物を取られるのだ……不満の一つや二つはあった。
「どっちが相手でも問題無しですわ~♪ どうせ、ワタクシが勝ちますわ~♪」
「そのふざけたことばかりを吐き出す口、真っ二つにさせてもらうよ」
〝ピエロ〟とクロウディア隊長が対峙する。
「……ふわぁ~、暇ですねぇ」
……そんな二人の戦いをボクは大きなあくびをしながら見守った。