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 第219話 『 〝Σ〟 』



 「……流石は〝ドクター〟が開発した細菌兵器――〝red‐flower〟、死に様も美しい」


 ……月のよく見える夜、私達は王宮の薔薇園を歩く。


 「皇帝陛下、どうぞ傘の中へ。抗体ワクチンを打っているとはいえ体を濡らしてはお体に障りますよ」

 「必要無いさ、〝red‐flower〟は王宮の中に閉じ込める為の餌に過ぎない」


 私が命じるまで、ヘリコプターに取り付けられたスプリンクラーが作動することはなかった。


 「それに、傘なんて差しては綺麗な夜空が見えないじゃないか」


 「……はっ、出過ぎた真似をしてしまい申し訳ございませんでした」


 傘を差そうとした〝シェフ〟が頭を垂れ、一歩後ろへ下がった。


 「〝シェフ〟ちゃん、真面目過ぎッスね~。少しボクちんみたいに肩の力抜いた方がいいぜ~♪」


 「〝ピエロ〟、貴様は不真面目が過ぎるぞ」


 私の後ろを歩く〝ピエロ〟が軽口を叩き、〝シェフ〟の機嫌を損ねる。

 ちなみに、〝シェフ〟は白の調理服を身に付けた赤髪の美丈夫であり、〝ピエロ〟は白を基調とした赤と黒のメイクで顔を装飾した、筋肉質な大男である。

 二人共、私の信頼する部下であり、ルシファー帝国における最大戦力の一角であった。


 「アルベルト様~♪ 俺っち達の出番はまだですか~♪ オイラもー、〝シェフ〟ちゃんもー、いつでも準備オーケーッスよ~♪」


 ……〝ピエロ〟の本質は自由奔放、一人称も話し方も彼には統一性が無かった。


 「心配しなくても、君達には飛びっきりの獲物をプレゼントするよ」


 私達は薔薇園を抜け、王宮の玄関まで辿り着く。

 目の前で血塗れの死体が転がっているが、構わず私は扉を開いた。


 「……ほら、来た♪」


 私は扉を開いた先の景色を見て、思わず笑みを溢した。


 「どうやら、極上の獲物が来たみてェだな」


 「やはり、君の鼻はよく利くね♪」



 ……玄関で私達を出迎えたのはファルス=レイヴンハートとラビ=グラスホッパーであった。



 「……何だ、君達か」


 私はファルスとラビを前にして溜め息を溢す。


 「悪いが君達は私の障害としては役不足だね」


 「何だと、随分と嘗めたこと言ってくれるじゃねェかっ……!」


 私の発言に気分を害したのか、ラビが額に青筋を浮かべる。


 「ファルス=レイヴンハート……君の不死の能力は強力だが、今日は蘇生場所や時間を選択出来ない筈だよ」


 「僕と僕の能力のことをよく知っているようだね」


 ファルスの能力は厄介であったからこそ、三日前に一度殺して、能力制御の有無を確認したのだ。


 「ラビ=グラスホッパー……君も気づいているんだろう? 君が〝王下十二臣〟最弱だってことぐらい」


 「てめェ、ブッ殺されてェのか……!」


 ファルスとは正反対に殺意を剥き出しにするラビ……本当に乗せやすい男である。


 「先程も言った筈だ……君達の相手は私ではない、と」


 私は微笑み、指を鳴らした。次の瞬間――……。




 ――轟ッッッッッッ……! 巨大な体躯の鉄の兵士が王宮の玄関を吹き飛ばして乗り込んだ。




 「……何だ、そりゃあっ」


 ラビが目の前の巨大な兵士に驚嘆の声を漏らす。

 無理もない、それ程までに〝それ〟は圧倒的な存在感を放っていた。

 その体躯は黒く、裕に二十メートルを超え、その質量は一歩を踏み出す度に岩の床を陥没させた。


 「 同調性(〝S〟ynchrorism)

   人型(〝H〟umanoid)

   鋼鉄(〝I〟ron)

   陸戦(〝G〟round battle)

   兵器(〝M〟achine)   」


 強大な熱量を分散する為の排熱装置から高熱の空気が噴出される。


 「 名は――〝Σ(シグマ)〟 」


 人の目に似た二つの光る瞳孔がファルスとラビを捉える。



 「 君達の敵だ 」



 ……そして、巨大な体躯が再び動き出す。








 ――ペルセウス王宮、見晴台。


 「……はあっ、はあっ……私としたことが……迂闊でした」


 ……赤黒い血が口から零れ落ち、足元を赤く染める。


 目や鼻、耳からも出血が絶え間なく流れ出てきた。


 (……運が良かったです、身体に付着したのが少量でなければ皆様のように即死していましたね)


 それでも体は身動き取れない程の激痛に苛まれ、現在進行形で体内の血液を失っていた。

 長くは持たないであろう。しかし、既に信号弾による救援を呼んでいたのできっと誰かが助けに来てくれる筈であった。


 「――かはっ」


 痰のような粘りけの強い血液が足元に吐き出される。


 (……お願いします……誰か早く……神様……)


 追加の信号弾を撃つ体力はもう残ってはいない。

 目からの出血のせいか、視界はぼやけ、綺麗な夜空もよく見えなかった。


 (……こんなピンチ……戦場でも一回ぐらいしかありませんでしたね)


 そのときは仲間の応急処置のお陰で一命を取り留めることが出来たが、肺の欠損によって長時間の激しい運動が出来なくなってしまったのだ。

 その傷を理由に軍隊を辞めた私は修道女になることにした。

 今まで人の命を沢山奪ってきたのだ、その分誰かの命を弔いたいと思った。

 そんなことをしたって、私が殺した人間や家族は許してくれないだろうけど、何か出来ることをしたかったのだ。


 (……そして、ペルシャ様と出会ったんだ)


 ペルシャ様は戦争が始まる前と終わる度に教会に足を運んでいた。

 彼女は死者の名を呟いてはよく涙を流していた。

 そんなある日、私はペルシャ様に訪ねたのだ。


 ――貴女は神に何を祈っているのですか?


 ……と。そして、そんな質問にペルシャ様は屈託のない笑みで答えたのだ。



 「 何も祈ってないよ。ただ、次の戦いで一人でも多くの人を死なせないイメージトレーニングをしてただけ、かな 」



 ……それがペルシャ様の答えだった。


 何故、わざわざ教会でそんなことをするのかと私はストレートに問い質した。


 「何か神秘的なパワーというか、神様パワーで良いアイディアが浮かぶんだよね♪」


 ……またまたブッ飛んだ答えが返ってきて、私は大層驚かされたものだった。

 同時に私は彼女に興味を持ち、神に祈ることが馬鹿らしくなったのだ。

 私は神様なんて信じてなくて、ただ罪悪感を拭うハンカチを探していただけに過ぎなかった……それをペルシャ様に気づかされたのだ。


 ――ペルシャ様のことをもっと見ていたい。


 ……私が王宮のメイドに志願したのはそんな下らない理由であった。


 (……でも、この王宮にいた期間が人生で一番楽しかったな)


 血生臭い兵士時代よりも、辛気臭い修道女時代よりも、今が一番気楽で楽しかった。

 だから、今日も生き残ってまた楽しい毎日を享受するのだ。



 ――カツッ……カツッ……。



 ……何者かが螺旋階段を上がる音が聞こえた。


 (……良かった……間に合った)


 まだ、体はギリギリ持つ。今から治療すれば何とか間に合う筈だ。


 (……正直、助けが来たって助かる保証はない)


 大丈夫、私なら我慢できる。

 こんな所で死ぬ訳にはいかない。


 ……私は自分自身に言い聞かせる。


 (……今日はペルシャ様の誕生日だから……私が死んだらきっと彼女は悲しむから)


 ――だから、絶対に死ぬ訳にはいかないんだ。


 足音が近づいてくる。


 (……早く)


 私は誰ともわからぬ足音を急かした。


 (私の意識がある内に




 「 こちら〝フォックス01〟、敵分子発見 」




 ――そこにいたのは、フルフェイスにサブマシンガンを持った男であった。


 「直ちに殲滅する」


 冷たい銃口がこちらを見つめる。


 「……ああ」


 私は虚空に手を伸ばす。



 …………神様の…………意地悪……………………。



 ――銃声が鳴り響いた。


 痛いのは一発目だけだった。後は、鉄の塊が肉を抉る感覚だけが伝わった。


 たぶん、六発ぐらいだった。



 ……六発目以降は意識が無かったからわからなかった。


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