第214話 『 ダンスの相手は御所望ですか? 』
「……おおっ、これは凄いな」
……ペルセウス王宮、大広間。
テーブルに並ぶ豪華で華やかな食事。
談笑やダンスを嗜むタキシードやきらびやかなドレスで装った人々。
豪華絢爛な装飾の数々。
「……俺、場違いみたいだな」
「オロオロすんなよ、見苦しい」
俺の隣に立つラビがクールに毒づく。
「お前は堂々してんのな」
「慣れてっからな、毎年何回もやってるし」
確かに、ペルシャの兄妹や両親の誕生日度にやっているのだ。年に六回……慣れを通り越して飽きが来る回数であった。
「来てるのは各地方の貴族とかだが、下手なことさえしなけりゃ何も言われねェよ」
「その下手なことしそうで恐いんだが」
「……」
ラビが「知らねェよ」みたいな顔をして溜め息を吐いた。
「だったら大人しく飯でも食っとけよ」
「だな、そうするよ」
ラビに言われたら通りに、目立たないよう隅っこのテーブルで黙々と食事をすることにした。
「……」
俺は飯を食いながら辺りを見渡す。
何処かの貴族令嬢にダンスを申し込むロキ。
逆にダンスを申し込まれてもガンスルーなファルス。
反対のテーブルでケーキをどか食いしているキャンディ。
普通に談笑を楽しむレイドとバロウ。
不機嫌そうにキャンディの背後の壁にもたれ掛かりながら腕を組むラビ。
国王や妃の護衛に徹するオルフェウスとクロウディア。
……何だかんだ、皆パーティーを楽しんでいた。
「暇そうだな、伊墨」
「スーツ意外に似合ってますね、甲平」
ぼーとパーティーを眺めていると二人の女性に声を掛けられた。
「……クリスと姫か」
クリスは青いドレス、姫は白いドレスを……二人共とても似合っていた。
「クリスも姫も似合ってるぞ……それに」
俺は姫の綺麗な黒髪に目を向ける。
「その髪紐にして良かったよ、凄く似合ってる」
「……ありがとう、ございます」
俺の言葉に姫は恥ずかし嬉しそうに俯いた。
「へえ、その髪紐は伊墨から貰ったのですか?」
「……はい、誕生日プレゼントで」
クリスが興味津々に姫の髪紐を見つめる……今気づいたけど珍しい組合せであった。
二人共ペルシャとは仲が良かったが、互いに直接接点は無かったのだ。
「そうでしたか、すみません知っていれば私からも何か渡せたのですが」
「いえいえ、お気持ちだけ凄く嬉しいですっ……ところで、そのネックレスとっても可愛いですね」
「これですか? これはペルシャ様から誕生日に戴いたものでして……」
……何かいい感じになっていた。
確かに、姫もクリスも真面目な性格だし、少し(?)重い所も気が合いそうであった。
(……良かったな、姫)
友達の少なかった姫に新しい友達が出来そうで俺は嬉しくなった。
まるで巣立つ雛鳥を見守る親鳥のような気持ちであった。
「……」
姫とクリスの会話に割り込むのも無粋なので、俺は再び会場を眺める作業に戻った。
(……おっ、あれは)
そこで俺は見つけた――数名の美男子達にダンスを申し込まれるペルシャを……。
(何だかんだ、アイツ可愛いしモテモテなんだな)
普段の奇行で忘れがちであったが、ペルシャは抜群のプロポーションと可憐な美貌を兼ね備えた超絶美少女であった。
金持ちの美男子達に詰め寄られてサイコー……と思われたが、当の本人はあまり嬉しそうではなかった。
寧ろ、数の圧に少し引いていた。
「…………仕方ねェな」
俺はナイフとフォークを置いて、ペルシャの方へ真っ直ぐ歩み寄る。
(……少し恥ずかしいが無視する訳にもいかないしな)
ペルシャがこちらに気づいたのか「甲平くんっ」と声を漏らす。
俺は美男子達を押し退け、ペルシャの前で膝を付き、手を差し伸べる。
「 ペルシャ様、ダンスの相手を御所望でしたら、どうか私と踊ってはいただけませんか? 」
俺のダンスの申し出に、一同がざわめいた。
「おい、お前いきなり出てきて何言ってんだよっ」
「そうだぞっ、この方は高貴な方で一使用人が相手をしてもらえる訳ないだろっ」
美男子達から避難の声が飛び交う。しかし、俺は動じない。
「 はいっ、喜んでっ……♪ 」
――差し伸べた俺の手にペルシャが手を添えた。
『――ッッッッッッ!!?』
ペルシャのまさかの返答に一同は驚愕するが、俺は気にせずペルシャを大広間の中央へとエスコートする。
(……悪いね諸君、君達とは積み重ねたものが違うのだよ、積み重ねたものがね!)
これでペルシャを救出することに成功した。
後はダンスを華麗にぶちかませばよかった。
「……」
「……」
俺はペルシャの腰に手を回し、もう片方の手を繋いだまま沈黙する。
「……」
「…………甲平くん?」
いつまでも動き出さない俺にペルシャが小首を傾げる。
「……」
俺は動き出さない。
や べ ぇ !
踊 り 方 、
わ か ん ね ェ !
……否ッ! 動き出せなかった!!
山育ちの忍者である俺がダンスの踊り方を知っている筈がなかった!
ペルシャが困っていたから勢いで飛び出したのだ!
勢いで飛び出した俺に深い考えがある筈もなく!
ただ一つ言えることは、もう後に退ける状況ではなかった!
本日の主役が踊るファーストダンス、注目は嫌でも集まった。
さっきペルシャに言い寄っていた野郎共からは殺意の視線。
何も知らない者達は好奇の視線。
クリスや姫はジト目で見てくるし、ロキやレイドは見世物を見るようにニヤニヤしている。
ファルスに関しては無表情……いや、恐いって!?
(……やべぇ、誰か助けてください)
俺は神に祈る。神様なんて信じちゃいないけど……。
――ぎゅっ……! 何者かが俺の手を力強く握り締めた。
「……っ!」
……当然、ペルシャ以外にいなかった。
「わたしがリードするから合わせてっ」
ペルシャが小声でそう言った……次の瞬間。
――俺の身体は勝手に動き出していた。
「――っ!?」
ペルシャに引っ張られ、俺の身体は振り回されるように引き寄せられた。
「ステップ音楽に合わせて、次ステージ側へ行くよっ」
「おっ、おう」
なんて力強い誘導だ。
まるで操り人形になったように身体をペルシャに支配されていた。
「……おおっ」
俺の超聴力が誰かが漏らした感嘆の声を聞き取る。
(……スゲェ、ちゃんと踊れてるぞ)
何度も言うが俺はダンスに関しては完全に素人だ。
しかし、そんな踊れているのだ。
(ペルシャの指先から意思が伝わる!)
次はどちらの足を出す。
その次は何処へ向かう。
(コイツ、こんなに凄い奴だったのか!)
こんなの尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
(……何だこれ、ちょっと楽しいぞ)
さっきまで大ピンチだったのに、ペルシャのリードが心地好すぎて楽しくなってきていた。
「最後にわたしが一回ターンして終わるよ」
……最後。一周回って終わることが名残惜しかった。
宣言通りにペルシャは一回ターンして、俺と対峙する形で停止した。
「お相手ありがとうございます♪」
「こっ、こちらこそ」
互いに一礼して、俺の初ダンスは終わりを告げた。
「それと助けてくれてありがとね、格好良かったよ」
「……っ」
ペルシャが小声でそんなことを言うせいで、俺はドキリとしてしまう。
「 それではこれより、ペルセウス王宮使用人による見世物をお楽しみくださーい♪ 」
――司会のソフィアさんの声が大広間に響き渡る……見ないなと思ったら司会なんてしていたのか。
「楽しい見世物を期待してるね♪」
ペルシャが悪戯っぽく笑う。
「おう、もっと格好良い所見せてやるよ……!」
俺はそれだけ言って舞台裏へと向かった。
ダンスは乗り切った。
次は余興だ。
……今、伝説的な舞台の幕が上がる。