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 第209話 『 迫る暗雲 』



 ……天気は晴天。


 乾いた空気。

 静寂の昼下り。


 「……」

 「……」


 ……俺とファルスは頭から血を流しながら座席に倒れ込み、無言で列車の天井を見上げていた。


 ――ガタンッ、ガタンッ……。


 列車は何事も無かったかのように線路の上を走り続ける。


 「意外に呆気なかったなァ!」


 誰かが呟いた。男の声であった。


 「これで数千万とは景気のいい話ッスね」


 別の男の声も聴こえた。


 「えーと、死体はどうしますか?」


 「頭だけ残して、残りはその辺に棄てとけよ」


 更に二人、別の男の声が聴こえた。


 「よっこらせっ」


 目の前に倒れていたファルスが斧で断頭され、残っていた首から下は車窓から平原へと投げ捨てられた。

 その間、大量の鮮血が噴き出し車内は血塗れになり、生臭い臭いが充満した。


 「うへぇ、汚ったなぁ~……ちょっとジーク先輩も手伝ってくださいよ~」


 「嫌だね、死体処理は新人の仕事……そうッスよね、ラガーさん」


 「直に駅に着く、無駄話してないでさっさとやれ」


 「すみませ~ん、すぐやりますから怒らないでくださいよ~」


 一番下っ派と思われる男は溜め息を吐き、斧を振りかぶった。


 「せーのっ……!」


 そして、斧は真っ直ぐに勢いよく俺の首目掛けて振り抜かれた。



 ……そろそろ、だな。



 ――キィンッ……! 金属と金属がぶつかり合う音が車内に響き渡った。



 「……なっ!?」


 斧を振り下ろした男が戸惑いの声を漏らす。


 『……』


 一同の視線が振り下ろされた斧の刃先へと注がれる。



 ……斧は俺の首の前で止まり、その刃は欠けていた。



 「ベロベロー……ばぁ♪」


 俺は舌を出して馬鹿にするように笑った。


 「何だ、コイツ! 確かに頭を撃ち抜いて



 ――斧を持った下っ派の額にクナイが刺さり、戸惑いの声を遮った。



 「残念だな、お前らが撃ち抜いたのは硬化した骨や内臓の外側だよ」


 俺は咄嗟に骨や内臓を硬化し、体内の重要器官を守り、尚且つ死んだ振りをして襲撃者の情報を収集していたのだ。

 お陰でコイツらが雇われて俺達を襲撃したことも大して強くないこともわかった。


 「もう十分だから死んでくれ」


 「ふざけやがってっ……!」


 俺の挑発に男が拳銃を抜


 「遅いな」


 ――拳銃に手を伸ばした男の右腕は既に床に落ちていた。


 「――ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!」


 「コイツ! ラガーさんの腕を――ってあれ?」


 ……俺の姿は血塗れの座席には見当たらなかった。


 「かーごめ、かーごめ、かーごのなーかのとーりは……♪」


 『……?』



 ――俺は集団のど真ん中にいた。



 「――こっ、殺せっ……!」


 一同が俺に銃口を向ける。


 「 後ろの正面だーれだ♪ 」




 ――斬ッッッッッッッッッッ……! 斬撃一閃、襲撃者を一刀両断した。




 「……ひっ、ひぃっ!」


 俺の真後ろにいたニット帽を被った男が恐怖で顔を歪ませながら尻餅をついた。

 偶然ではないわざと生き残らせたのだ。


 「すっ、すみませんでしたぁぁぁぁぁぁっ……!」


 男は涙と鼻水を撒き散らしながら出入口へと駆け出す。


 「……」


 俺は追わない。その必要が無いからだ。


 ――男は出入口の手前で何者かとぶつかった。


 「邪魔だ! こんなとこで突っ立ってんじゃ――ああっ!?」


 男は大きな声を出したかと思ったらその場で尻餅をついた。

 無理もない。目の前の光景は信じがたいものであったからだ。


 「どうしたんだい? まるで幽霊でも見たような顔をして」


 「何で生きてやがる! さっき首を叩き切っただろっ……!」



 ……ファルスであった。ファルスが何事も無かったかのように悠然と微笑していた。



 「ファルス、そいつは殺すなよ。これから全部吐かすからな」


 「オーケー、彼の処遇は君に任せるよ」


 ファルスは退き、俺は尻餅をついた男に詰め寄る。


 「さて、洗いざらい話してもらおうか、誰に頼まれてこんなことをしたのかをな」


 「わかった! 話すから殺さないでくれ!」


 男は完全に戦意を喪失していた。どうやら拷問の必要はなさそうであった。


 「いいぜ……但し、嘘が一つでもあったら話は別だがな」

 「ああっ、全部話す! 全部話すよっ!」


 俺は座席に腰掛け、傾聴姿勢で男が語り始めるのを待った。


 「俺達は頼まれたんだ通りすがりの男に……!」


 「……通りすがりの男?」


 随分と抽象的な回答に俺は首を傾げる。


 「そいつの名は?」


 「わからないっ、そいつの名前も立場もわからない……ただ、大金を持って俺達にあんたらの暗殺を依頼したんだっ」


 隠している様子は見当たらない、これで嘘ならコイツはかなりの役者であった。


 「依頼の詳しい内容は覚えているか?」


 「ああ、あんたと付き添いの男を殺せ、失敗したら自害しろ……あれ?」


 ……男の手にはナイフが握られていた。


 「そんなオモチャじゃ、俺は殺れないぜ」


 「違う! 俺はこんなことをしたくなんかないっ!」


 訳がわからなかった。男の言動は矛盾していた。


 「俺は! 俺が! 俺が! ががっ! したいのはァ!」


 「オイッ! 落ち着



 ――ドスッ……。男は自分の首にナイフを突き刺した。



 「痛い! 嫌だ! 痛い! イタイ! イタイッ!!」


 男は叫びながらも突き刺す手を止めなかった。

 頸動脈を切ったのか、男の首からはおびただしい程の血が飛び散る。


 「やめろっ! 死ぬぞっ!」


 俺は男の手を掴んで制止した。


 「……」


 ……しかし、時既に遅し。男は既に息絶えていた。


 「……何なんだよ、これ」


 目の前で起こった惨劇に俺は悪態を吐いた。


 「似ているね、あのときと」


 俺の後ろに立つファルスが呟く。


 「……あのとき?」


 「ああ、フェリス=ロイスが自爆したときとね」


 ――フェリス=ロイスの自爆。


 クリスと騎士団長の座を争い、敗北したフェリスはペルシャを斬り、その後に自爆した。


 (……確かに、あのときの自爆も違和感があった)


 クリスとフェリスは完全に和解していた。あの場でフェリスがペルシャを襲う必要性は無かった。

 しかし、フェリスはペルシャを斬り、自爆した。



 ――本人の意思を無視した行動。



 ……それがあの時と今日の共通点であった。


 (……いや、もっと前から似たようなことはあった)


 俺が王宮に来てからすぐの襲撃。

 捕縛したアリシア=レッドアイの自殺。

 ここ最近だけでも襲撃者の不可解な死が三度も……これを偶然と言っていいのか?


 「……第三者を操って、俺達を殺そうとしている者がいる?」


 他者を思うがままに操れる人間が俺達の命を狙っている可能性があった。


 「そうだね、僕もそう思うよ」


 ファルスも俺の推測に賛同する。



 ――狡猾で強大な何かが俺達を狙っている。



 車窓から空を見上げる。

 快晴だった空に変化が訪れる。



 ……暗雲が迫り来る。








 ――ペルセウス領、シリアス駅。


 「済まないが、花を摘んでくるよ」


 ……列車が来るのを待っていた俺とファルスであったが、ファルスはそう言って厠へと赴いた。


 「……」


 列車が来るのは後数分、そこから燃料補給と点検で数十分……まだ出発には時間が掛かった。

 急ぎの旅ではないが早く帰って、姫やペルシャ達と会いたかった。



 「 すみません、道を尋ねてもよろしいでしょうか 」



 ……列車を待っていると声を掛けられた。


 「悪いが俺もあまりこの辺の土地には詳しくないんだが」


 声を掛けてきたのは栗色の髪の美男子であった。

 背は高く、顔立ちは気品のようなものを感じられ、着ているスーツも高級感のある生地が使われていた。


 「そうですか、それは残念です」


 男は残念そうに肩を竦め、溜め息を吐く。


 「では、代わりに〝お願い事〟を一ついいですか?」


 「……〝お願い事〟?」


 話の流れが意味不明であったが、男は半ば強引に〝お願い事〟を口にした。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 「誰かと話してみたいだけど、何かあったのかい?」


 事を済ませてきたファルスが遠目で見ていたのか訊ねてくる。


 「別に……道を尋ねられただけだよ」


 そう、道を尋ねられたのだ。


 ただそれだけだった。



 ……たぶん。



 ――ガタンッ……ガタンッ……。


 遠くから列車が近づいてくる音が聴こえた。


 「列車、来たね」

 「ああ、来たな」



 ……それから俺とファルスは列車に乗って王都へと帰った。その間は事件も何もない平和な帰路であった。


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