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 第207話 『 旅の終わり、ささやかな御褒美 』



 「……やったのか?」


 ……湧きあがる歓声の中、俺は呆けたように呟く。


 「アスモデウス家の奴等全員倒して、最後まで生き残って、優勝しちまったのかよ」


 自分達で成し遂げたと言うのに不思議と実感が湧かなかった。


 「…………はあ~~~~~っ」


 途端に疲れがきたのか俺はその場に座り込んだ。


 「……」


 座り込んだまま俺はセシルさんの方を見つめる。

 歓声と拍手にセシルさんは控えめに手を振って応える。


 「……勝ったんだな、俺達」


 湧きあがる歓声と拍手がその真実を知らしめる。

 素直に祝福する者、悔しそうに拳を握り締める者、ガーウィンを応援していたと思われる落胆する者、この結果に対する感情も十人十色であった。


 「甲くんっ……!」


 セシルさんが満面の笑顔でこちらに駆け寄ってくる。


 「やりましたわっ♪」

 「うおっ!?」


 駆け寄ってきたかと思えばセシルさんが飛び付き、俺は思わず驚嘆の声を漏らす。


 「勝ったっ、勝ったんですよ、私達っ!」

 「……当たり前ですよ、俺とセシルさんと手を組んでいたんですから」

 

 俺も飛び上がるぐらいに嬉しかったが、格好つけてクールに振る舞った。


 「ありがとうございますっ、甲くんがいなかったら優勝は有り得ませんでしたっ」


 「……そんなことないですよ。セシルさんはこの場にいる誰よりも強かった、俺はそう思います」


 ……だから、俺達は今ここにいた。


 ……だから、俺達は歓声と拍手に包まれていた。


 「俺からも言わせてもらいます――優勝、おめでとうございます……!」


 「……っ、こちらこそありがとうございましたっ」


 二人の力で勝ち取った優勝、どちらかが足を引っ張っていたら成し得なかった未来だったと思う。

 本当に長い道程だった、その分この瞬間の達成感は格別であった。


 「……」


 嬉しい!


 嬉しいっ!!


 だか、それでいい! 今は喜ぶ時であった!


 「歌います」


 「……………………えっ?」


 この気持ちを表すには歌とギターしか無いと思った。

 俺は立ち上がり、何処から途もなくギターを取り出した。


 「セシルさんの優勝を祝して歌います――『勝利の女神‐victory of THE venus』」


 「……えっ? ……えっ、えっ?」


 戸惑うセシルさんをおいてけぼりにして、俺はソロギターを弾き始める。


 ダァーッ、ダダッダダッ……!


 ダァーッ、ダダッダダッ……!


 ダァーダダダダダダッ、ダァーダダダダーッ……!


 『……薄暗い街に降り注ぐ雨』


 『弾ける滴に街灯の光が反射する』


 『行き場を無くした敗北者は、羽虫のように引き寄せられてく』


 『朽ちてはもがいては溺れていく』


 『まるで夕陽のように沈んでいく』


 昨日敵は今日の友、俺の後ろでターニャ(第1ゲームで戦ったメスガキ)がドラムを叩き、リズムを安定させる。


 『こんな居場所なんて嫌だと嘆いて、泣いて、立ち上がる』


 『走るんだ地平線、交わるよ交差点』


 『七転び八起き、転べば強く、起きれば前に進め全力疾走』


 俺の隣でファルスがベースで重低音を響かせる。


 『大地を踏みしめ』


 『闘志を瞳に灯せ』


 『さあ、戦いのゴングを――鳴らせ!』


 ドラムが弾け、ベースが奏で、ギターが爆ぜる。

 俺達の共鳴も、観客の興奮も最高潮を迎える。

 広場を音と熱が支配する。


 『笑え! 笑え! 笑えよ、女神様!』


 『微笑みなんて生温い、馬鹿みたいに腹抱えて笑わせてやるさ!』


 『気付けばそれが俺の夢か生きる意味!』


 『笑う顔が好きなのさ、一目惚れなのさ!』


 『だから、俺は勝ち残るんだよ!』


 『君が勝者に微笑むから~♪』


 『何度も君の笑顔が見たいから~♪』


 『何度でも何度でも、戦い続けるんだ、勝ち続けるんだよ~♪』


 ――ジャーーーンッ……。最後はギターで閉め、俺は弦から手を離した。


 「……」


 「……」


 「……」


 ……一瞬の静寂。


 「……おい、アイツは確か隣国No.1アーティスト――CO☆HEYじゃないか?」


 「嘘っ、わたし大ファンですのよ」


 ……伝播するざわめき。






 ――ワッッッ……! 歓声が爆発した。


 「CO☆HEY! CO☆HEY! CO☆HEY!」


 「アンコール! アンコール! アンコール!」


 「キャーッ! 生声ヤバすぎーッ! サインくださーいッ!」


 「俺は握手してくださいっ!」


 歓声と拍手が響き渡る。


 (……この音だ)


 熱を帯びた歓声と軽快な拍手……この音が俺を何度でも奮い起たせるのであった。


 「すみませーん、前に出すぎないでくださいねー!」


 終いには押し寄せてくる観客を抑える為のガードマンまで現れる。


 「ターニャもドラムやってくれてありがとな」


 「ふんっ、わざわざ駆けつけてあげたんたがら感謝しなさい!」


 そう偉そうにふんぞり返るターニャの下には、クロードが四つん這いになって椅子になっていた。


 「ターニャはいいが……お前は何でいる、ファルス!?」


 俺は隣でベースを首に掛けているファルスに問い質す。


 「……さあ、どうしてだろうね」


 「いや、俺が聞きたいよっ!?」


 「……(ボーン♪」


 「ベースで答えるなよっ!?」


 何故来たのかはよくわからなかったがいつも通りのファルスであった。


 「まあ、いいや……セシルさんのとこ行こ」


 俺はファルスを放置して、セシルさんの方へと移動する。


 「演奏とっても素敵でしたわ♪」


 「ありがとうございます!」


 「でも、どうして急に演奏されたのですか?」


 「……(ジャーン♪」


 「何故にギターで返事を?」


 ……アーティストなので。


 「そんなことよりも甲くん……何かして欲しいことはありませんか?」

 「……何かして欲しいこと、ですか?」


 いきなりそんな質問をされ、俺は思わずおうむ返ししてしまう。


 「はい、今回の継承戦で甲くんとっても頑張っていましたので何かお返ししたいなぁーと思いまして」

 「あー、そういうことでしたか」


 セシルさんが言ってくれるのなら素直にその厚意に甘えたいと思った。


 「……うーん」


 俺は迷っていた。今のセシルさんは俺の願いを一つだけ聞いてくれるのだとするならば、これはかなりヤバいことであった。

 可憐で抜群のプロポーションを持つセシルさんが願いを一つ叶えてくれるのだ。

 ならば、嫌でもある選択肢が脳裏を過る。



 ――そう! エッチなこととかね!?



 (だって相手はあの超絶可愛いセシルさんだぞ! 寧ろエッチなお願いじゃなければ何をお願いしろと言うんだ!)


 よし、言うぞ!

 おっ○い揉んでもいいですかって言うぞ!


 「じゃあ、おっ


 「――あっ、エッチなお願いとかは駄目ですよ♡」


 「……」


 あっぶねぇ~~~~~っ! 危うく、フライングするところだった~~~~~っ!


 (しかし、エッチなお願い以外かぁー……)


 俺は切り替えて他のお願いごとを考えた。


 「……」


 ……考えた。


 「……」


 ……熟考した。



 「――駄目だぁ~~~~~っ! エッチなやつしか思いつかねぇ~~~~~っ!」



 「言ったっ!!? とんでもなく恥ずかしいことを大声で言いましたわ!?」


 俺の心の叫びにセシルさんがガビーンと衝撃を受けた。


 「しまった!? 思わず心の声が漏れだしてしまった!?」

 「……漏れだしたというレベルではなかったですよー」


 しかし、バレてしまった以上はもう誤魔化しようがなかった。

 なので、俺はもう吹っ切れた。それはもう清々しい程に……。


 「お願いしますッ! おっ○い揉ませてくださいッッッ……!」


 「駄目ですよ♪」


 断られた! 普通に断られた!


 「そこを何とかッッッ……!」


 「駄目ですよ♪」


 ぐぬぬっ……! これは何を言っても聞いてくれなさそうであった。


 「……別に私も嫌ではありませんよ、その、甲くんに揉まれるのは」


 セシルさんは恥ずかしそうに頬を染めながらも俺を宥める。


 「ですが、そっそういったことはちゃんとお付き合いをしてからでないと駄目だと思います、のでっ」


 「じゃあ、付き合ったら奴なら揉んでもいいんですかっ!?」


 俺はセシルさんの発言に食いぎみに言及する。


 「……………………えぇー、まあ、はぃ(///」


 「まじかぁー」


 羨ましすぎるぜ! セシルさんと付き合える奴がな!

 俺は誰かもわからないセシルさんの恋人に殺意の念を抱いた。


 「仕方ないのでエッチなやつは諦めます」

 「……そうしていただければ幸いです」


 とはいえ、これでまたお願いごとを考え直さなければならなかった。


 「……うーん」


 俺は腕を組んで真剣に考える。


 「……」


 セシルさんも軽い気持ちで言った申し出に、ここまで真剣悩むとは思っていなかったのか困った顔でこちらの様子を窺う。


 (……俺がセシルさんにして欲しいこと、か)


 特にこれと言ったものは思い付かなかった。

 強いて言えば少しだけ訊きたいこともあったが、あまりにもお願い事としてはささやか過ぎたのだ。

 しかし、これ意外に思い付く訳でもなく……。



 「 セシルさんの誕生日っていつですか? 」



 ……我ながら思う、勿体無いことに使ったと。


 「……えっと、私の誕生日ですか?」


 「はい、他にも好きなものとか趣味とか今欲しいものとか……とにかく、セシルさんのことをもう少し知りたいんですっ」


 今回の継承戦を経て俺はセシルさんの色々な一面を知ることが出来た。しかし、それ以上を求めたくなるのが俺であった。

 俺は屋敷の人達もセシルさんも好きだったけど、今は前よりも好きになれたし、もっと仲良くなりたくなったのだ。

 セシルさんは訊けば大概のことを教えてくれるけど、セシルさんから自分のことを語ってくれることはほとんど無かった。

 だから、俺から訊いた。

 だから、俺が一歩前に踏み込んだ。


 「……誕生日は2月14日です」


 セシルさんは最初にした質問に答えてくれた。


 「好きなものはアクセサリーといった綺麗な小物類です。趣味は観葉植物を育てることとボードゲームです。今欲しいものは……秘密です(///」


 セシルさんが気恥ずかしいのか少しだけ頬を染める。


 「他にも好きなだけ訊ねてくださっても構いませんよ。今だけなら特別にスリーサイズだって教えてあげますわ♪」


 セシルさんは悪戯っぽく笑い、まるで先程の気恥ずかしさを誤魔化すようであった。


 「いや、それはもう知っているので大丈夫です」


 「え"っ、どうして知っているのですか?」


 「……」


 「……」


 「……(ジャーン♪」


 「ギターで誤魔化さないでください!」


 少し前に、メジャーに教えてもらったので知っているとは言える筈がなかった。


 「……もうっ、他に聞きたいことはないのですか?」

 「うーん、今は特に思い付きませんね」

 「あら、意外に遠慮深いのですね」


 ……つい先程までおっ○いを揉もうとしたけどね!


 「仕方ないですわね――……」


 セシルさんは溜め息を吐いたかと思うと軽く背伸びをした。


 「この前と代わり映えなくてあれですが……」


 「――」



 ――ちゅっ……。セシルさんの唇が俺の頬に触れた。



 「……………………なっ」


 今度は不意打ちではなかった。しかし、避けるという選択肢も思い付かなかった。


 「ささやかなご褒美です、受け取ってください♪」


 唇を離したセシルさんは恥ずかしさを誤魔化すように笑んだ……が、その頬と耳は誤魔化しようがない程に赤く染まっていた。


 「……」

 「……」


 俺とセシルさんの間に沈黙が流れる。片方は気恥ずかしさ、もう片方は困惑で一杯であったから仕方がなかった。

 しかし、沈黙にも耐えられなくなったので何か気の利いたジョークでも言おうとした――その時だった。




 ――ラッパの音が高らかに響き渡った。




 「「――ッ!!?」」


 俺とセシルさんは思わず音の鳴る方へと振り向く。


 「セシル=アスモデウスと伊墨甲平の輝かしい未来に祝福の拍手をーーーッ!」


 けたたましいラッパの音と大量の拍手の音が押し寄せてきた。


 「何なんだよ、一体?」

 「さあ?」


 俺とセシルさんは困惑するばかりであった。


 「おえっ……セシルちゃんが選んだとなれば……おえっ……この爺も認めざるを得ないな……おええぇぇぇッ!」


 セシルさんの祖父であるグリムが嘔吐しながら拍手をする……いや、汚ねェな、オイ。


 「成る程、どうやら僕はセシルに敗けたのではなく愛の力に敗けたみたいだね」


 そう優雅に祝福するガーウィン……何言ってんだ、お前。


 「……」


 無言・無表情で立ち尽くすファルス……いや、恐ェよ! 何か言えよ!


 「ケーコン!」

 「ケーコン!」

 「ケーコン!」


 「セーシール!」


 「ケーコン!」

 「ケーコン!」

 「ケーコン!」


 「CO☆YEY!」


 「ケーコン!」

 「ケーコン!」

 「ケーコン!」


 ……アスモデウス邸が一瞬にして「ケーコン!」コールに包まれた。


 「うおっ」

 「きゃっ」


 そして、俺達の周りに人が集まったかと思えば、強引に胴上げされた。


 鳴り響く祝福のラッパと拍手。

 響き渡る「ケーコン!」コール。



 ……そして、俺とセシルさんは婚約した。




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― 新着の感想 ―
[一言] えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーもう最終章になっちゃうんですか!?もっと読みたい。。。 連載再開するまで仕事しながら待ってます、、、
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