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 第206話 『 ハッピーバースデー 』



   ディス   トー   な   ション



 ――ぎゅるっ……! 僕は空間をねじ曲げ甲平の左腕をねじ切った。


 「――ッアアアァァァァァァァァァァッッッ……!」


 甲平が出血する切断部を押さえながら痛々しく悲鳴をあげる。


 「……セシル、聞こえているかな」


 僕は無線機越しにセシルに言い聞かせる。


 「これが現実だよ、幾ら君が強くてもいつかは更に強い者が現れる」

 「……っ!」


 無線機越しにでも彼女の動揺がこちらまで伝わった。


 「先程の取引はまだ続いている。君が敗北を認めない限り、彼の悲鳴を聞くことになるよ」



 ――ぎゅるっ……! 僕は空間をねじ曲げ、今度は甲平の右脚をねじ切った。



 「こんな風にね♪」


 「アアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ……!」


 「甲くんッッッ……!」


 セシルの悲痛な叫び声が聞こえてくるが僕は手を緩めたりはしない。

 やるからには徹底的にやる。そうでなければここまで勝ち上がってきた意味がなかった。


 (悪いけど僕も本気で第十代目アスモデウス家の当主を目指しているんだよ)


 セシルに恨みはないが、兄としてこの戦い絶対に負けられなかった。


 「さあ、認めたらどうだい――敗北を」

 「……私は……私はっ」


 ……勝った。


 ……今度こそ完全勝利だ。


 「……私は……この勝負を



 「 引き寄せろッ! ガーウィンをッッッ……! 」



 ――セシルの言葉を血塗れの甲平の怒号が遮った。


 「これが最後のチャンスだッ! ガーウィンを一対一でブッ飛ばせッッッ……!」


 「黙れ、本当に殺すよ」


 僕は甲平の首回りの空間に念を込める。


 「使うんだッッッ! 〝愛隣憎遠ラブアンドヘイト〟をッッッ……!」


 「忠告はしたよ――……死


挿絵(By みてみん)



 ――僕は暗闇の中にいた。



 「――」


 ……何が起きた?


 (……さっきまで白昼の下、甲平の首をねじ切ろうとしていたのに)


 しかし、実際には僕の目の前にいた甲平は姿を消し、深い深い闇の中にいた。


 (…………まさか、ここはセシルを閉じ込めた闇の中?)


 ――引き寄せろッ! ガーウィンをッッッ……!


 甲平は確かにそう言った。そのことから推測するに、僕はセシルの〝奇跡スキル〟で強制的にフィールドの中へ引き込まれたようであった。


 (ならば、僕の目の前にいるのは?)



 「 最後に笑うのは一人 」



 ――セシル=アスモデウス。


 僕の妹にして、この継承戦最大の障壁。


 「 私かお兄様 」


 暗闇の中、何者かが歩み寄る。


 「 ピリオドを打ちましょう、ガーウィンお兄様 」


 僕は暗闇を解除して、目の前の人物を見留める。



 「 この長い長い戦いに……! 」



 ……セシル=アスモデウスが目の前に立っていた。


 「……無線機越しに聞こえていたようだね」

 「あれだけ声が大きかったら嫌でも聞こえてしまいますわ♪」


 気づかれてしまってはこの暗闇も何の意味もなかった。

 僕は嘆息を溢し、暗闇と無音の空間を解除した。


 「久し振りの陽の光……やっぱり見えるというのは良いものですね」


 セシルはまだ明るさに慣れていないのか、昼の眩しさに目を細める。


 「色々と問い質したいことは沢山ありますが、まずは甲くんの願いを叶えてからですわ」

 「……」


 ――緊張感が空気を伝播する。


 「一対一で決着をつけましょうか、ガーウィンお兄様」

 「……」


 ……出来る筈がなかった。


 セシルの〝愛隣憎遠ラブアンドヘイト〟は正攻法で絶対に攻略できない絶対防御である。

 だからこそ僕は彼女をギブアップさせるように誘導していたのだ。

 それは僕の力では真っ向勝負をしても歯が立たないからである。

 しかし、彼女は求めた――真っ向勝負を……。


 (……完全にしてやられたね、彼の最後の悪足掻きが僕を真っ向勝負の舞台に立たせた)


 ……それは僕が一番避けたかった事態であり、そうならないようにずっと誘導していたのだ。

 タイムアップを取っている僕をリタイヤさせる手段はない。しかし、戦闘不能によって敗北させることは出来た。


 (――殺人自体は禁止されていないからね)


 死人に継承資格は無い。殺されてしまえばリタイヤも何もあったものではなかった。

 最早、ギブアップをして敗北するか、殺されて敗北するしか残されてはいないようである。


 「……そうだね」


 利口な人間であればギブアップを選ぶべきであった。

 意地だけで今日を生き抜くことが出来れば誰も苦労をしないであろう。



 「――慎んでお受けしよう、その挑戦」



 ……僕は武器も持たずに拳を構えた。


 (……僕は戦わずに敗北を認められる程に聞き分けのいい人間ではないんだよ)


 策は潰えた。

 勝機は見えなかった。

 それでも意地だけは残っていた。


 「行かせてもらうよ」


 「いつでもどうぞ」


 「……」


 「……」



   ディス   トー   な   ション



 ――僕はセシルへ向かう光をねじ曲げ視覚をずらし、真っ正面から殴りかかった。


 「最後に言わせてもらうよっ」


 勢いよく振り抜かれた拳はセシルの頬へ向かって突き進む。


 「僕は今まで一度も敗けたことはなかった。だから、最初を君に捧げよう」


 「……」



 ――静止。僕の拳は見えない壁に遮られ、セシルには届かなかった。



 「 おめでとう、君は私が出会った誰よりも強かったよ 」



 ――蹴ッッッッッッッッ……! 僕は強烈な蹴りを顎に受け、堪らず宙へ打ち上げられた。



 「 光栄ですわ、貴方は私が戦った誰よりも強い人でした 」



 僕の体は地面に落ちる。


 『……』


 一族一同の視線が僕に集まる。


 「……ナタージャ」


 僕は駆け寄ってきた審判ナタージャに宣言する。


 「僕の敗けだ……勝者を讃えてくれ」


 僕は初めて敗北した。


 「お集まりいただいた皆様、ご注目お願いいたします……!」


 人伝に聞いてはいた……あまり良いものではない、と。


 「今、この瞬間! 新たな当主が誕生いたしました……!」


 しかし、僕にとってはそうではないようであった。




 「 その名はセシル=アスモデウスッ! アスモデウス家、第十代目当主はセシル=アスモデウスですッッッ……! 」




 ――ハッピーバースデー……。



 ……湧きあがる歓声と拍手の中、僕は心中でもう一度彼女の勝利を讃えた。


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