第201話 『 見えない、聞こえない 』
――8月15日。
天気は快晴。
気温は温暖。
「……決戦には悪くない天気だ」
俺とセシルさんは広場へと到着する。
そこには既にアスモデウス家の面々やその使用人らが集まっていた。
「そうですね、全てが終わったのなら庭でランチでもしましょう♪」
「いいですね、それはとても楽しみです」
緊張と興奮が空気を伝播する。意外に気分は悪くなかった。
「何にしても、まずは目の前の敵をぶっ潰してからですかね」
「ですわ♡」
……俺達の目の前にはガーウィン=アスモデウスとその侍女が対峙していた。
「……ぶっ潰す、か」
ガーウィンは悠然とした佇まいで呟く。
「どうやら身の程ってものを知らないみたいだね」
怒りは無い。あるのは驕りという名の余裕だけであった。
「それにしてもどうしたんだい、そんなものを着て」
ガーウィンはセシルさんの姿を見て、そんなことを呟いた。
「大事な大事な決勝戦、折角なので着慣れた服をと思いまして……似合いませんか?」
そう答えるセシルさんが着ていたのはメイド服であった。
「そんなことはない、とても似合っているよ……隣の騎士君もね」
「どうも、ありがとさん」
一方、ガーウィンの言うように俺も着慣れた忍者装束を身に付けていた。
「 役者が揃ったようですね 」
――俺達とガーウィンとの間にナタージャが舞い降りた。
「それではアスモデウス家第十代目当主継承戦、決勝戦――『デス・ペンタゴン』の説明をさせていただきます」
「……」
「……」
……張り詰めたような沈黙の中、ナタージャは淡々と最終ゲームのルールを説明した。
……………………。
…………。
……。
「――どうしますか、セシルさん」
……最終ゲーム開始までの待ち時間、俺とセシルさんは作戦会議をしていた。
「この最終ゲームはガーウィンが提案したゲームですし、何か罠があると思いますが」
「……そうですね」
最終ゲームの内容は第4ゲーム終了時点で最も総 点数の高い者が決めることができ、『デス・ペンタゴン』はその規則通りガーウィンが提案したゲームであった。
――『デス・ペンタゴン』。
それは直径約50メートルの正五角形の中に各 候補者が一名入り、相手 候補者を五角形の外へ出せば勝利という至ってシンプルなゲームである。
「問題は追加ルールですね」
……そう、このゲームには各チーム一つだけ追加ルールを定めることができ、それはナタージャにのみ伝えられ、相手チームは確認することが出来なかった。
ちなみに、追加ルールの内容は相手の行動を禁止させる系統の追加ルールは許されてはいないという決まりもあった。
「まあ、追加ルールを違反して一発ゲームオーバーなんてゲームになりませんしね」
「確かに……では、如何にゲームを有利に進められるルールを考えましょうか」
「ですね」
セシルさんの能力と俺の能力を最大限に活かせるルールを考えるべきであろう。
セシルさんの〝奇跡〟――〝愛隣憎遠〟はあらゆるものと自分との距離を決定する力だ。
この〝奇跡〟があれば、セシルさんにはあらゆる攻撃も人も近づくことが出来なかった。
(……ある意味『デス・ペンタゴン』において最も有利な力だな)
〝愛隣憎遠〟を使えば、一方的に相手を五角形の外へ押し出して勝利することだって可能であろう。
――しかし、このゲームはガーウィンが持ち出したゲームである。
(……不自然過ぎるぐらいにこちらが有利過ぎないか?)
考え過ぎかもしれないが、あのガーウィンがそんなミスをするとは思えなかった。
ならばあるのかもしれない……セシルさんの〝愛隣憎遠〟を攻略する手段が。
「でしたら、相手の追加ルールは〝愛隣憎遠〟を回避するもの、といった所ですかね」
「俺もそう思います」
〝愛隣憎遠〟がある限り、何人たりともセシルさんに近づくこともフィールドアウトから逃れられることも出来なかった。
セシルさんがあらゆる脅威を拒めば絶対防御となり、セシルさんがフィールド上のガーウィンを拒めば必殺の攻撃となる。
そんなセシルさんに勝つ手段なんて俺には思い浮かばなかった。
「そもそもガーウィンの〝奇跡〟って何かわかりますか?」
「それについては私もハッキリとしたことは言えませんが、第4ゲームの様子から見て他人の視覚に影響する能力だと思われます」
確かに、第4ゲームで俺はガーウィンに飛び掛かった。しかし、実際には窓の方へと向かっていたのだ。
それはつまり、セシルさんの予測の正しさを証明する裏付けになっていた。
――視覚誤認。
それがガーウィンの能力だとするなら奴の取る作戦は――……。
「……………………選手のすり替え」
……それが俺がたどり着いた答えであった。
「良い読みですね、私もそう思います」
セシルさんも俺の推測に頷いてくれた。
その反応に俺は安心感を抱く。
「視覚誤認を使って〝愛隣憎遠〟を攻略するなら、予想外の人物と入れ替わって〝愛隣憎遠〟の対象から外させること」
そして、導き出される答えは――……。
「 選手の交代――それがガーウィンが追加するルールだ……! 」
それならセシルさんがガーウィンに対して〝愛隣憎遠〟を発動しても、フィールド上の選手を場外にすることが出来なかった。
「でしたら、能力の対象をガーウィンお兄様ではなく、フィールド上の全ての人間を対照にすれば問題ありませんわ♪」
「はいっ、それなら相手がどんな小細工をしても完全封殺できますね」
いくら選手をすり替えても全ての人間をフィールドアウトしてしまえば、セシルさんの勝利は確定してしまうのだ。
「もらいましたね、この勝負」
「はい、万が一にも敗北は有り得ませんわ♪」
そもそもの話、セシルさんの〝奇跡〟が反則的に強すぎたのだ。
これだけの力を持っていて敗北なんて許されなかった。
「でしたら、私達の追加ルールはどのようなものが良いのでしょうか?」
「……そうですね」
〝愛隣憎遠〟がある時点で勝率が八割は超えているのだ。求められるのはより確実な勝利に近づける追加ルールであろう。
「俺達の予測が正しければガーウィンはフィールド外から試合に干渉します」
「はい」
万が一、ガーウィンが俺達の予想を上回る手を打ってきても対処できる自由が必要であった。
「だから、フィールド外で戦闘が出来るようにしたいです」
――フィールド外での戦闘の許可。それが俺が望む追加ルールである。
「その作戦乗りました。外から私をしっかり護ってくださいね♪」
「御意」
……こうして作戦会議は終わった。
反則的な〝奇跡〟――〝愛隣憎遠〟。
視覚誤認とすり替えの対策。
予想外の事態への備え。
……俺達は万全な状態で決勝戦に挑んだ。
敗北なんて有り得ない。
苦戦すら許されない。
――認めよう……俺達は慢心していた。
拳銃を持った大人が徒手の子供と対峙しているように、
捕食者が獲物を追い詰めているように、
……杞憂なんて一ミリも思い浮かばなかった。
そして、決勝戦開始直後。
「…………何だよ、あれ?」
……セシルさんは暗闇と沈黙の中にいた。