第193話 『 雨のちハレルヤ 』
「……楽しい場所ってここですか?」
「その通りですわ♪」
……俺とセシルさんが訪れた次なる地は――巨大な赤白のテントであった。
「我が国のサーカス団……わかりやすく言えば大道芸の見世物小屋ですわ」
「なるほど」
……建国祭でも大道芸を観覧できる通りはあったが、このサーカスはそれを一つのテントにまとめたものなのだろう。
「さあ、開演の時間ですわ、急ぎましょう」
「はっ、はい」
俺はセシルさんに手を引かれ、テントの中へと飛び込んでいった。
……………………。
…………。
……。
「それでは猛獣使いMs.キャサリンとライオンのキングちゃんによるショータイムの始まりでーす!」
派手なスーツとシルクハットを身に付けた男が声高々に紹介し、スポットライトに照らされボンテージスーツ姿の女性と巨大なライオンがステージに上がった。
これまで道化師による曲芸やレオタード姿の女による空中アクロバットを見て何となくわかったが、どうやらサーカスとはセシルさんの説明通り、何か凄いことを派手にやって観客を楽しませる場所のようである。
「わあ、ライオンさん可愛いですねぇ♪」
「……可愛い、ですか?」
初めて見たが明らかに獰猛で巨大な猫にしか見えなかった。
俺はライオンよりもキャサリンさんの揺れるおっ○いに目を奪われていた。
(大きな声では言えないが、ボンテージスーツはエロい!)
キャサリンさんが鞭を振るう度に揺れる乳! 大きく開かれた胸元! 最早、巨大な猫のタップダンスなど見ている暇はなかった。
(……ボンテージスーツか、セシルさんにも是非着てほしいものだ)
俺は想像する、ボンテージスーツ姿のセシルさんに馬乗りで屈伏させられるシチュエーションを……。
――良い! 実に素晴らしい!!
俺は心中で拳を握り締め、感涙の涙を流した。
「見てください、甲くん! ライオンさんが逆立ちしてま
セシルさんがステージのライオンを指差しながらこちらを向き――そして、固まった。
「…………何を随分と熱心に見られているのですか?」
「――しまった!?」
「……しまった?」
セシルさんに指摘をされ、俺は思わず心の動揺を口から溢してしまい、更に泥沼に嵌まる。
「しっ、しまった! しまった! はっけよーい、しまったッッッ……!」
「誤魔化し方っ!?」
誤魔化す為にセシルさんと相撲をとろうとしたが袴も土俵も無いので諦めた。
「もしかして、あの方の胸元を見られていましたか?」
「見てません! いや、二割! 四割しか見てませんから!」
「何ですか、その土俵際の粘り!?」
事実を完全に否定することは難しいので少し罪を軽くしようと俺は足掻く。
「そんなに焦らなくても別に怒っていませんわ」
「……本当ですか?」
「はい……ですが、ほんの少しだけ」
セシルさんは頬を赤く染め、拗ねたように唇を尖らせる。
「……嫉妬、しちゃいました」
「――」
俺は吹っ飛んだ。
当然、テント内で飛んでは大惨事は免れないであろう。
観客席から吹っ飛ばされた俺はステージへと身を投じる。
――ぱくっ
……俺は頭からライオンの口の中へダイブした。
「おおっと! まさかのお客様がキングちゃんの口にホールインワンだぁーーーッ!」
……サーカス団長が声高々にアナウンスした。意外にノリノリであった。
……………………。
…………。
……。
「……いやぁ、キングくんが大人しい性格で助かりましたねぇ」
……サーカスのテントを後にした俺はハッハッハッと笑った。
「まあ、お陰様でテントから摘まみ出されてしまいましたが……」
隣を歩くセシルさんは深い溜め息を溢した。
「早くサーカスを出た分、色々な場所を回れてお得ですね!」
「……ポジティブ過ぎませんか」
……長所なので。
「ですが、甲くんの仰ることにも一理ありますね」
セシルさんは必要以上に俺を責めることもなく、サバサバと切り替えていく。
「折角余った時間、楽しい場所を回りましょうか」
「付いていきますよ、何処までも」
そんな訳で俺とセシルさんは夕方まで色々な場所を回った。
雑貨屋で小物を買ったり、棒で玉を突いて穴に落とす謎の遊びをしたり、カジノに乗り込んで一稼ぎしたりと、忙しい午後を過ごした。
「うーん、楽しかったですねぇ♪」
セシルさんが身体を伸ばしながら満足げに笑う。
既に日は暮れ、流石の俺も遊び疲れていた。
「名残惜しいですがそろそろ帰りますか?」
元々俺達は旅行をする為にエーデルハイト共和国まで来たのではなく、アスモデウス家の当主継承戦に参加する為に来たのだ。
今日遊び疲れたせいで明日の第4ゲームに負けてしまっては元も子もないであろう。
「そうですね……まだ回りたい場所は沢山あったのですが仕方ありませんよね」
「ですね」
残念そうに笑うセシルさん、その気持ちは俺も同じであった。
ふと空を見上げる。
茜色の空。気づけば雨は上がっていた。
「……晴れましたね、空」
「もう少し早く上がってくれても良かったんですがね」
「そうでもありませんよ、ほら」
セシルさんは夕暮れに指を差す。
「……………………虹?」
……茜色の空に大きく鮮明な虹の橋が架かっていた。
確かに、もう少し早く雨が上がっていたら見逃していた景色であった。
「雨の日のデートも案外悪くなかった、そう思いませんか」
「……そうですね、確かにこれは中々悪くない」
茜色の空と虹を見上げながら俺は呟く。
「…………今日のデート、とっても楽しかったです」
「それは良かったです」
俺とセシルさんは道端で足を止め、夕暮れの虹を見上げながら言葉を交わす。
「じゃあ、楽しかったついでに記念品なんていかがでしょうか」
「……記念品、ですか?」
俺の言葉にセシルさんが小首を傾げる。
そんなセシルさんに俺は紙袋を渡した。
「雑貨屋で見つけて、セシルさんに似合いそうだなってこっそり買ったんです」
「……」
セシルさんは紙袋を開け、中身を取り出す。
……それは蒼い宝石で装飾されたネックレスであった。
「何となくセシルさんには青が似合うような気がしたんです……おきに召しましたか?」
「……はい、好きです、青色」
セシルさんはネックレスを大事そうに胸に抱える。
「ありがとうございます。大切にします、いつまでも」
「気に入ってくれて良かったです」
美的センスに関してはクリスにダメ出しされていたので、正直自信はなかったが喜んでくれたのならプレゼントは成功と言えよう。
セシルさんはすぐにネックレスを付け、上目遣いでこちらを見つめる。
「……その、似合いますか?」
「はい、藍色か悩みましたけどそれにして良かったです」
セシルさんの質問に俺は素直に頷く。
「ふふっ、ありがとうございます♪」
嬉しそうにはにかむセシルさん。こんな綺麗な人に喜んでもらえたのならこのネックレスも本望であろう。
「…………あっ、甲くん! あれ、何ですか!」
セシルさんが明後日の方向を指差した。
俺は反射的にその方向に視線を向ける。
「……? 何かあったんで
――ちゅっ……。頬に柔らかい何かが触れた。
「――」
……理解が追い付かなかった。
俺の身体から離れたセシルさんはいつも通りの可憐な笑みを浮かべていた。
「……ネックレスのお返しです」
「……………………えっ?」
……駄目だ。まだ理解が追い付かない。
「それとデートのお礼です。今日のデート、とっても楽しかったですから♪」
セシルさんは花のように可憐で柳のような穏やかな笑みで微笑みかけ、俺に背中を向けた。
「……それでは帰りましょうか、私の騎士様♪」
「…………あっ……えっ……はい」
俺はとしたことが驚き過ぎてリアクションも取れなかった。
茜色の空。
東へ伸びる男女の影。
……後ろから見たセシルさんの耳は夕陽に照らされ赤く染まっている、気がした。