第192話 『 あーん? 』
……カランカランッと、軽快な鐘の音が店内に響く。
アスモデウス邸を出た俺とセシルさんは昼食を摂るべく、お洒落な喫茶店へと足を運んだのだ。
「ここはよくお爺様と一緒に足を運んだ喫茶店でして、特に卵二倍使用のふわふわパンケーキが絶品なんですよ♪」
「へえー」
俺はセシルさんに付いていくように席に着き、内装を見渡す。
「……良い雰囲気ですね」
それがこの喫茶店の第一印象であった。
店内は清潔感があり、置かれているアンティーク等も落ち着いていて店長のセンスを感じられた。
ぱっと見であるが出されている料理も旨そうだし、店員の愛想も良く、客入りもそこそこ繁盛していた。
「甲くんは何にしますか?」
「そうですね、ではコーヒーとセシルさんのオススメでお願いします」
「承りました♪」
セシルさんはすぐに店員を呼び、料理を注文した。
ちなみに注文したのはコーヒーとパンケーキ、セシルさんは紅茶と俺のとは違うパンケーキであった。
「あっ、コナーおじ様。まだ、続けてらしたのですね♪」
「コナーおじ様?」
セシルさんがエプロンを着けた初老の男性に手を振った。
コナーおじ様と呼ばれた男もセシルさんに気づき手を振り返す。
「ここの店長で、私が小さい頃からずっといたんですよ」
「へえー」
そんな話をしていると、コナーさんがこちらまで歩いてきた。
「お久し振りです、コナーおじ様」
「おおっ、やっぱりセシルちゃんか、随分と大きくなったねぇ」
セシルさんが可憐に会釈をし、コナーさんは嬉しそうに笑った。
「急に来なくなったものだから心配したんだが元気そうで何よりだ」
「すみません、急な用でエーデルハイト共和国を出ていたので」
……流石に家族から命を狙われ、隣国に逃亡したとは言えないようである。
「そうか、色々大変だったんだね……所で相席されている御人は?」
コナーさんの視線はセシルさんから俺へと移る。
「この方は伊墨甲平と言いまして、今は私の従者」
俺が名乗りを挙げるよりも先にセシルさんが紹介する。
「 いえ――私の婚約者です♪ 」
「……」
……それ、またやるんだ。
二回目ということもあり俺は動揺しなかったが、コナーさんはどんな反応をするのだろうか?
「おぉー、それはめでたいねぇ」
……ふぅ、どうやら鳩尾に数発の鉄拳を打ち込まれたり、金玉を三回蹴られたり、ナイフを腹にぶっ刺されたりはなさそうであった。
グリムとは180度違うリアクションに俺は安堵の息を溢した。
「ただ今、セシルさんから説明を与りました、婚約者の伊墨甲平です」
俺はノリノリでセシルさんの話に合わせる。
「ほう、中々爽やかな青年ではないかね」
「ありがとうございます。話はセシルさんから聞いています」
渾身の爽やかスマイル、姫やペルシャが見たら爆笑必至の爽やかさであった。
「そうかそうか、ならこちらも歓迎しないとな」
そう言ってコナーさんは一度厨房に入っていった。
そして、次に顔を合わせたときには注文したパンケーキと飲み物を持ってきていた。
「さあ、わたしからの細やかな祝いの気持ちだよ」
「おおっ」
「まあっ」
テーブルに出されたパンケーキに俺とセシルさんが感嘆の声を漏らした。
……端的に言えば、すっごいダイナミックなパンケーキであった。
ベースは注文したパンケーキと同じであったが、その見た目は写真のパンケーキとは別物である。
ハート状に型どられた生地に、イチゴソースを練り込んだ生クリームとバニラアイスをトッピングし、更に新雪のような純白なパウダーを振り掛け、皿の縁には繊細な装飾で彩り、最後はイチゴソースででかでかと祝いの言葉が綴られていた。
「スーパーウルトラダイナミックウェディング風ハーピーライフバケーションパンケーキinアトラシティーじゃ、お代は要らんよ」
……いや、料理名長過ぎ。
「出来立ての内に食べましょうか♪」
セシルさん全く動じることなくフォークを手にしていた。
「そうですね、コナーさん、いただきます」
俺はセシルさんに引っ張られるようにフォークを進めた。
「…………旨い!」
……それがスーパーウルトラダイナミックウェディング風ハーピーライフバケーションパンケーキinアトラシティーを食べた感想であった。
特にセシルさんが言っていた卵二倍使用の生地は絶品で、一度口に入れるとふわふわの食感と甘さが押し寄せてきた。
まさしくスーパーウルトラダイナミックウェディング風ハーピーライフバケーションパンケーキinアトラシティーの名前に負けない味であった。
「セシルさん、メチャクチャ美味しいですよ、これ!」
俺はスーパーウルトラダイナミックウェディング風ハーピーライフバケーションパンケーキinアトラシティーを食べながら、隣でスーパーウルトラダイナミックウェディング風ハーピーライフバケーションパンケーキinアトラシティーを食べるセシルさんに素直な感想を述べた。
「 あーん♡ 」
……笑顔のセシルさんが、自分のパンケーキを刺したフォークをこちらへ向けていた。
「……あーん?」
不意な状況に俺は戸惑いの声を漏らした。
(……これって巷に聞くあーんってやつなのか?)
あーんはあーんであり、正式名称はわからなかったが、一般的にあーんと呼ばれていることだけはわかっていた。
(……これ食えってことなのか? 俺が!?)
……他に誰がいるのだろう? いや、いない!
セシルさんもコナーさんも他の客も、期待の眼差しを俺に向ける。
最早、逃げ道無し。前進あるのみであった。
「……あっ、あーん」
俺は羞恥心を抱きながらもセシルさんが差し出したパンケーキを食べた。レモン風味で爽やかだった。
「……えっと、美味しかったです」
よし、乗り切ったぞ、ナイスだ俺。
「 あ~~~ 」
……と思ったら、今度はセシルさんがこちらを向いて、口を開いて待機していた。
「あ~~~~~」
「……」
「あ~~~~~」
「……」
……発声練習、じゃないよな。
明らかにあーん待ちをするセシルさん、またも期待の視線が俺に集まる。
(……一回も二回も変わらないか)
俺は観念して、セシルさんの口に自分のパンケーキを差し出した。
セシルさんはそのパンケーキをパクりと頬張り、満足そうに微笑んだ。
「一度やってみたかったんです、これ♪」
「喜んでくれたのなら何よりです」
少し恥ずかしかったがセシルさんが満足なら何よりであった。
(……セシルさんにも子供っぽい所があるんだなぁ)
嬉しそうにはにかむセシルさんに俺は少しだけ親近感を抱いた。
それから俺とセシルさんはパンケーキを平らげ、喫茶店を後にした。
店から出て、俺はセシルさんに次の目的地を訊ねると……。
「 とっても楽しい場所ですわ♪ 」
……セシルさんは優美可憐な笑みでそう答えたのであった。