第191話 『 雨の日のデートも悪くない 』
「……絶好のデート日和だなー」
……アスモデウス邸の玄関を出た俺は気の抜けた声を漏らした。
――ザァーーーーーーーッ!
「さーて、今日はどこに行こうかねー」
――ザァーーーーーーーッ!
「取り敢えずお洒落な喫茶店でランチにでも
――ザァーーーーーーーッ!
「現実逃避は終わりましたか? 甲くん」
玄関を出てすぐに立ち止まった俺に、セシルさんが横から顔を覗き込む。
ちなみにセシルさんは、ワンポイントにレースをあしらった純白のワンピースという爽やかな装いであった。
「……」
「こんな所で立ち止まっても時間が勿体無いのでそろそろ行きましょうか」
セシルさんの言う通り雨が降ろうが槍が降ろうが時間は経過しているのだ。それはつまり、デートの時間も終わりに向かっていることでもあった。
「でも、この雨じゃ」
「傘を差せばいいじゃないですか」
そう言ってセシルさんは白を基調とした花の刺繍を施された傘を広げる。
「少々濡れますが、こんな雨でデートを中止なんて認めませんわ」
「……セシルさん」
どうやらセシルさんもこのデートを楽しみにしてくれていたようであった。
「……それに、雨の日のデートだって案外悪くないと思います」
「…………そうですね」
俺だってセシルさん以上にこのデートを楽しみにしていたのだ。中止なんて真っ平ご免であった。
「でしたら、俺も傘を持ってきてもいいですか?」
「……? 何を仰っているのですか?」
「…………えっ?」
セシルさんが持っている傘を見せつけるように軽く振ってみせる。
「あるじゃないですか、ここに」
「……でも、それじゃ
「――二人で使えば問題ありませんよね?」
「……」
確かにセシルさんの傘は大きめなので、二人くらいなら入ることは出来た。
しかし、それには二人はかなり密着する必要があって――……。
(……それって相合い傘じゃね?)
気づく真実。
至る確信。
「傘を取りに行く時間も勿体無いですし、それに……してみたかったんです」
セシルさんが顔を赤らめて視線を逸らす。
「……男の子と相合い傘」
「――」
――突風。
風速60メートル!
気圧940ヘクトパスカル!!
今年最大の恋の風が吹き抜けた!!!
(――この風圧、まともに立ってられねェッ!?)
今年最大の恋愛高気圧に俺は堪らず膝をつく。
「……どうされましたか? 急に座り込んで」
「いや、風が強くて」
「……? 風はそんなに吹いてませんよ」
冷や汗を滴らせながら膝をつく俺にセシルさんは首を傾げる。
「わかりました! やりましょう! 相合い傘ッ!!」
「……そんな気合いを入れられると少し恥ずかしいですわ」
とは言うもののセシルさんも満更ではないらしく、傘の下にスペースを空けて待ってくれた。
……もしあの空間に価値を付けるならペルセウス王国の一等地を遥かに上回る地価が与えられるであろう。
「セシルさんと相合い傘なんて役得過ぎて逆に申し訳ないですね」
ペルセウス王国でも随一の美貌を持つセシルさんとの相合い傘なんて、募れば国中の野郎共が群がること必至であった。
「そんな申し訳ないなんて……それに役得なのは甲くんだけではありません」
セシルさんはこちらを見ずに明後日の方向を面を向けていた……耳が少しだけ赤くなっている、気がする。
「……役得なのはその、私もですから」
「――」
――ガクンッ、俺は堪らずしゃがみ込んだ。
「……どうかされましたか? 甲くん」
「いや、風が強くて」
「だから、吹いてませんよ、風」
……そんな茶番を経て、俺とセシルさんは相合い傘をしながらアスモデウス邸を後にした。
「……」
時々触れそうになる肩と肩。俺は意外に狭いな、と思った。
降り注ぐ雨や路面から跳ねてくる雨粒で肩やパンツの裾が少し濡れ、不快感が積もってくる。
(……相合い傘は悪くないが、やっぱり晴れた方が良かったな)
正直、雨のせいでテンションが上がらなかった。
――それに、雨の日のデートだって案外悪くないと思います
……セシルさんはそう言っていたけど、今一つ雨の良さを見つけられなかった。
(……さっさと雨止まないか
俺は思わず脳みそがフリーズした。
その視線は真っ直ぐにセシルさんの胸元へ注がれる。
(……………………ピンク、か)
湿気のせいか、傘が雨を取り零したせいか、セシルさんの純白のワンピースが僅かに湿っていた。
背中の方も見てみる。
……見事な┴┴ラインが肩甲骨辺りで透けて見えた。
「……」
湿気どき
透けて見えるよ
ブラの線
甲平、心の一句。
「……雨の日のデートも案外悪くない、か」
……そんな俺の呟きは、騒がしい雨音に遮られ、セシルさんの耳に届くことはなかった。