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 第189話 『 運否天賦 』



 「……どうして?」


 ……わたしは困惑した。


 戸惑いの根元はテーブルの上にあった。


 「……どうして、《狩人》?」


 ――セシルさんの出したカードは《狩人》であった。


 「……どうして、わたしのカードを当てられたの?」


 そして、わたしが出したカードは――《狩人》であった。


 普通《狩人》は10セット目に残しておくべきカードであった。

 セシルさんには《狩人》のカードが残っている可能性がある以上、この9セット目を勝っても10セット目で負けて同点終了になってしまうからだ。

 だから、《狩人》を出す可能性は極めて少なかったのだ。


 (わたしは23000ptを確実に取る為に、勝利報酬である30000ptを切り捨てた……それを見破られた)


 「わたしの出したカードを見抜く材料はララしかなかった、だからこそそこに細工をしたのにどうして?」


 「……それは」


 わたしの問いにセシルさんは自分の耳を指差した。



 「――心音です。私は最初からククルさんの表情でも、ララさんの表情でも無く、貴女の心音を聴いていたのですよ」



 ……心音?


 「正確には聴いていたのは甲くんでしたが」

 「伊墨さんが?」


 わたしは律儀に今も目を瞑ったままの伊墨さんに視線を傾ける。


 「甲くんの常人離れした聴覚でククルさんの心音を聴いていたんですよ。そして、貴女の心音のパターンから焦燥や愉悦・余裕といった感情を読み取り、テーブルの下で足を使って伝えてもらっていたのです」


 「……まさか、その為に目を?」


 「はい♪ 甲くんの目を瞑らせたのは甲くんから情報を漏洩させない為だけではなく、心音の聴き分けに集中させる為でした」


 ――やられた! 消極的な守りだと思っていたセシルさんの指示は、実は積極的な攻めであったのだ。


 「最初、私が《雑兵》と言ったときに貴女の心音から愉悦と油断のパターンを聴き取り、すぐに私は《狩人》に言い直しました」

 「……」


 幾らポーカーフェイスを取り繕うとも心音までは誤魔化しきれなかった。


 「……わたしのカードを当てた理屈はわかりました。だけど、まだ半分です」


 半分は解決したが腑に落ちないことはまだ残っていた。


 「 どうして《狩人》を出したんですか? 」


 「……」


 セシルさんは11枚のカードを購入していた。そうでなければ全賭けなんて出来る筈がなかった。


 「……ククルさんの推測通り、私は11枚のカードを購入しました」


 セシルさんは残った手札と胸ポケットから2枚の《雑兵》のカードを見せつける。


 「第9セット目、絶対に出ないであろう《雑兵》を出す。確かにそれが最も綺麗な勝ち方です」

 「……」


 「――だからこそ、敢えてその逆を選びました♪」


 「――」


 セシルさんは気づいていたのだ。



 ――わたしが11枚目のカードの存在に気づいていたことに……。



 「普通なら残り《狩人》が2枚しかない状況で大勝負なんてしない。それには何か裏がある――抜け目のないククルさんならそう考えると思っていました」


 そして、自ずと11枚目のカードの存在へと導かれたのだ。


 「私の手札に存在しない筈の《雑兵》を出す。それが第9セット目の必勝法だ……貴女はそう思いませんでしたか?」


 ……思った。だから、わたしは《雑兵》を指定したのだ。それが最も綺麗な勝ち方だったからだ。


 「だから、わたしはその反対の綺麗ではない選択肢を敢えて選びました♪」


 裏の裏を突いた、ということであろう。

 しかし、それだけではわたしに100パーセント勝てる保証はなかった。


 「……もし、わたしが11枚目存在に気づいていなければ《狩人》を選らんでしたし、セシルさんの心理を読んでいたらやっぱり《狩人》を選んでいました。それなのにどうして全賭けなんて出来たんですか?」


 そう、ある筈であった。


 「わたしが《雑兵》を指定する絶対的な確信があるんじゃないですか?」



 「――ありませんよ、そんなもの」



 わたしの期待はあっさり裏切られた。


 「最後の最後は〝運〟でしたよ。相手の思考を読む力も相手を意のままに操る力も私にはありませんから」


 「……そんな、〝運〟って」


 わたしがそんな不確定なものが決め手で負けるなんて……。


 「知らなかったんですか? 私、こう見えて結構ギャンブラーなんですよ♪」


 「……」


 わかっていた。わかっていたのに見誤ってしまったのだ、セシルさんの胆力を……。


 「それに私は信じていました」


 セシルさんは優雅に微笑む。同性から見てもドキッとしてしまう色気であった。


 「ククルさんが11枚目のカードにたどり着くこと、一番綺麗な勝ち方を選ぶことを……♪」


 「……っ」


 ……最後の最後で腑に落ちた。


 わたしは盤上ばかり見ていて、その対戦相手をちゃんと見ていなかった。

 しかし、セシルさんはわたしを見て、わたしの洞察力と性格を読み取り、たった一つの答えまでたどり着いたのだ。


 (……テーブルゲームばかりで人とちゃんと触れてこなかった)


 ……それがわたしの敗因であった。


 「…………わたしの完敗です。貴女は凄い人です」


 わたしは敗北を認め、勝者を讃える。

 負けたのに不思議と気持ちは晴れやかであった。


 「わたしの分まで勝ち残ってくださいね」


 「ありがとうございます、ククルさん♡」


 わたしとセシルさんは握手を交わし、第3ゲーム――『CacheキャッシュBattleバトル』は決着を迎えた。


 第3ゲームは4勝3敗3分でセシルさんの勝利で戦いの幕は閉じる。

 そして――……。



 ――76000pt



 ……大量得点を手に、彼女は第4ゲームへと駒を進めたのであった。


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