第185話 『 天才VS魔女 』
……セシルさんと俺は共に個室に案内されてカードの購入をしていた。
「……これなら他の人に購入したカードを見られず済みますね」
「そうですね、折角なんでゆっくり選んじゃいましょう♪」
朗らかに笑うセシルさんの姿は、これから強敵と戦うようには見えなかった。
「……余裕そうですね、相手が〝盤上の天才〟だっていうのに」
「余裕そうに見えますか?」
「見えます、そうとしか見えませんね」
即答する俺をセシルさんは口元を隠して上品に微笑む。
「ふふっ、そんな余裕なんて全然ありませんよ。ただ慌てふためいても事態は好転しないのでいつも通りにしているだけですわ♪」
「……はっ、はあ」
……それはそれで難しいんじゃないですか、セシルさん。
「そんなことよりも、甲くんもカード選びを手伝っていただけませんか」
「俺なんかよりもセシルさんが選んだ方がいいと思いますが」
第2ゲームは邪道な手で勝利したが、元々盤上競技の類いは得意ではなかった。
「そんなことはありませんわ、頼りにしていますよ、甲くん♡」
「……っ」
そんな嬉しいことを言ってくれるセシルさんの笑みに俺は少しドキッとした。
「……まっ、やれるだけやってみます」
俺は少しでもセシルさんの期待に応えるべく、ブース毎に区分されているカードを手に取る。
俺が手にしたカードは《魔法使い》であり、魔女のようなキャラクターのイラストが描かれていた。
「へえ~、意外にデザインは凝っているんですねぇ」
横から俺の手元にあるカードを覗き込んでくるセシルさん。
「セッ、セシルさんっ」
予想外の距離感に俺はドギマギしてしまう。
「それより見てください、この《盗賊》のイラストを」
「……ん?」
セシルさんに言われるがままに《盗賊》のカードに目を向ける。
……ボサボサの黒髪に目付きの悪い男のイラストが描かれていた。
「これ、甲くんにソックリじゃないですか? 特に目元とか」
「……えぇー」
確かに似ていたが《盗賊》に似ていると言われるのは複雑な気持ちになった。
(……てゆーか、何だか買い物デートをしているようなノリになってるな)
嵐の前の静けさとも違う、絶妙に緩い空気にそんな感想を抱いた。
「何だかお買い物デートみたいで楽しいですね♪」
「……っ! そっ、そうですねぇー」
……セシルさんからデートという単語を言われ、俺は又もドキッとさせられるのであった。
……………………。
…………。
……。
……カードの厳選を終えた俺達は再び大広間に集まり、対戦相手と顔を合わせた。
「……」
「……」
無論、対戦相手の変更など聞いていない為、相手はククルとその従者であった。
ククルは先に席に着いて待っており、その後ろにはショートカットで幼い見た目のメイドが立っていた。
「また会ったな、ククル」
「えっと、きっ、昨日振りですねっ」
挨拶をした俺にククルは挙動不審な態度でペコペコと頭を下げる。
(……意外に引っ込み思案なんだな)
王宮にはいないキャラに俺は新鮮な気持ちになった。
「で、あんたは?」
俺はククルからショートカットのメイドへと意識を向ける。
「レディーに対してあんたとか中々礼儀のなってない男ね!」
ククルとは対極に気の強そうな女であった。最近会った中で言うならターニャとかリゼッタと似ていた。
「まあいいけどっ、あたしは寛大だから許したげる!」
「そりゃどーも」
最近メスガキと接する機会が多かったので煽り耐性が出来ていた。
「あたしの名前はララ、ララ=ゾーマよ! あんたは?」
……俺があんた呼びしたら怒るのにお前は普通に使うのか。というツッコミは無粋であろう。
「俺の名は伊墨甲平。火賀愛紀姫に仕える忍であり、〝王下十二臣〟の一人にして、ペルセウス王国で今一番熱い歌手であり、セシルさんの婚約者だ……!」
「色々盛り過ぎ! 情報が大渋滞してるじゃないの!」
「……しかも、最後とんでもない嘘を吐いていますわ」
セシルさんとララから総ツッコミを受ける……まあ、何というか、緊張感の欠片もないやり取りである。
(……本当にこれから真剣勝負が始まるのか?)
何かオドオドしているククル、喧しいララ、ニコニコ笑っているセシルさん、いつも通りの俺。
絶対に負けられない戦いらしかぬ空気に、俺はイマイチ気が引き締まらなかった。
「胸を借りますわ、ククルさん」
セシルさんがククルに手を差し伸べる。
「……はい、こちらこそ」
ククルもセシルさんの手を取り、握手を交わす。
「……」
「……」
……場が静まり返った、気がした。
(……すげェプレッシャーだな)
先程までの弛緩した空気は何処かへ飛んでいってしまい、場は一瞬にして戦場へと切り替わった。
そう、これは間違いなく絶対に負けられない戦いに他なら無かった。
「――それでは準備が整いましたので、各人は購入総額と《魔法使い》の枚数の提示を実施してください」
ナタージャの声が大広間に響き渡り、セシルさんはククルの対面の席に腰を据える。
「私の購入総額は――……」
「わたしの購入総額は――……」
購入総額、それはこのゲームにおける――闘志、相手を倒す意気その物である。
「「 30000ptです 」」
――互角。両者、限度額一杯の30000ptであった。
「同じですか。では、《魔法使い》の枚数を提示しましょう」
「……はい」
購入総額が同じということは、カードの振り分けも同じ可能性があるが、はたして……。
「 4枚ですわ♡ 」 「 2枚です 」
――道は分かれた。
(……この違いがゲームをどう左右するかだな)
重なる購入総額。
異なる手札。
「 それでは第3ゲーム――『Cache&Battle』を開始させていただきます……! 」
……そして、天才と魔女の戦いが幕を開けた。
(……購入総額、30000pt)
……わたしは公開された情報を整理する。
(……10枚中《魔法使い》のカードは4枚)
頭の中で無数の可能性が浮かび上がっては消え、徐々に数が絞られていく。
(セシルさんの手札は……)
第3ゲーム開始から僅か一分。
既にわたしは――……。
――彼女の手札を1/2まで特定していた。