第181話 『 前門の虎、後門の狼 』
「……」
……目標まで残り100メートル。
「……」
……目標まで残り50メートル。
「……」
……目標まで残り10メートル。
「……」
……そこで俺は足を止めた。
真夜中の廊下。
サーベル=ペルセウスの寝室の前。
(……一筋縄に行かなそうだな)
〝無声大衆〟で存在を消して歩いていた俺を出迎えたのは一人の執事であった。
「――♪」
……ファルス=レイヴンハートである。
(……センドリック=オルフェウスとセシル=アスモデウスに並ぶ要注意人物)
やはりここにいたか、ファルス=レイヴンハート。
サーベル=ペルセウスは最優先護衛対象である。センドリックが庭園にいて、セシルが不在の今、国王を護るのはファルスの他にいなかった。
(……俺は姿や気配を消せても壁抜けは出来ない。さてどうやってサーベルの寝室へ入るかだ)
ファルスがこちらに気づいている様子はないが、ボスがセンドリックを抑えている内に仕留めなければならないので悠長に考えている時間はなかった。
(ファルスを殺してから部屋に侵入したい所だが、それは現実的ではない)
ファルスは裏の社会では有名人である。その理由は奴の二つ名にあった。
――〝不死身の執事〟。
……その名の通り、ファルスは不死身であり、あらゆる殺害手段を用いても奴を殺すことは出来なかった。
(……が、それを知って何も対策をしない俺ではない)
俺は暗殺のプロだ。事前に得ている不安事項には何かしらの準備をしていた。
懐から一本注射筒を取り出し、注射針を取り付ける。
――即効性の睡眠薬。
……これが不死身対策である。
(いくら不死身と言えど眠らせてしまえば無力だ)
俺は無音でファルスへと歩み寄る。
「……」
ファルスは俺に気づいていない。
「……」
俺は注射器をファルスの首元に突き刺した。
「――っ」
ファルスが抵抗するよりも早く睡眠薬を送り込む。
(――仕留めた、これで最難関は突破したも同然だ)
「――」
ファルスはその場でしゃがみ込む。既に意識はなかった。
(……後は寝室で寝ているサーベル=ペルセウスを殺すだけだな)
俺はファルスを扉の脇へとどかして、扉のドアノブに手を伸ばす。
……風が吹く。
廊下の窓が開いていたのだ。
(――先程まで閉まっていなかったか?)
――何者かが窓から飛び込んできた。
「……悪いが国王の護衛は最重要任務でな」
「――っ」
スーツ姿の男が上段蹴りを振り抜く。
俺は咄嗟に脇へ跳んで男から距離を取る。
「国王に対しては二名体制で付いているんだぜ……!」
乱入したのはサングラスを掛けた強面の男であった。
「……成る程な」
千載一遇の好機は逃したが、俺の〝無声大衆〟は攻略されていなかった。
「邪魔をするならば排除するだけだ……!」
俺は姿を消したまま男に歩み寄る。
(やはり見えていないようだな)
男は俺と全く関係ない方向を向いていた。
(〝王下十二臣〟と言えど見えなければ敵じゃないな)
俺は音も無く歩み寄り、そしてナイフを振り抜いた。
(――まずは一人目)
刃が男の首に触れた。そして、切れ――ない?
「 そこか 」
――蹴ッッッッッッッッッッッッ……! ナイフが首を裂くよりも速く前蹴りが土手っ腹に炸裂した。
「――ッッッッッッ……!」
俺は堪らず吹っ飛ばされ、廊下を転がった。
(――何故切れない? 確かに頸動脈を狙って)
「 〝魔装脈〟だ 」
俺の疑問にサングラスの男が答える。
「魔力操作の基礎の基礎だ。常時使えば魔力がもたないが短時間なら魔力切れの心配は無い筈だぜ」
「〝魔装脈〟だとっ」
「後は受けた攻撃に合わせてカウンターをすれば簡単に攻撃は当たる、ただそれだけの話だ」
「……っ」
見落としていた。俺の戦法は不意打ちからの即決着だ。一度相手に警戒されてしまえば簡単に対策されてしまうのだ。
「さあ、続きをしようぜ。俺は逃げも隠れもしねェからよ」
「……」
俺に奴の〝魔装脈〟を突破する火力は無い。これ以上の戦いは意味がなかった。
「……そうだな」
――俺はサングラスの男に背を向けて、廊下を駆け抜けた。
「……あの野郎、逃げやがった」
……一時離脱。それが俺の判断であった。
(……一度姿を見失ってしまえば俺を捉えられる者はいない)
だから離脱した。目標を変えれば何度だって機会は訪れる筈である。
(サーベル国王は後回しだ。目標を妃かその子息に切り替えるか)
そう考えている内に誰かの寝室の近くまで差し迫る。
一人の女騎士が扉の前に立っており、部屋の周りを警備しているようであった。
(決まりだ! コイツを殺して、中にいる者を殺す!)
俺は音もたてずに廊下を駆け抜け、女騎士に詰め寄る。
俺ぐらいになれば無音で走ることなど造作もなかった。
右手にはナイフ、女騎士は目の前にいる。
(今度こそ勝った……!)
「 〝深心神威〟 」
――トンッ……。女騎士は既に俺の背後に立っていた。
「――」
「貴様らの情報なら無線機で既に伝えられてある」
チンッ……。刃が鞘に納められる。
「そして、悪いが〝見えている〟ぞ……その程度の隠蔽ではな」
――斬ッッッッッッッッッッッッ……! 目にも止まらない刃によって俺は斜め一閃、一刀両断された。
「……がっ……馬鹿なっ」
「貴様は運が悪かった」
俺は崩れ落ち、最期の力で女騎士を見上げる。
「私の誇りに刃を向けた。それが貴様の最大の不幸だ」
「……」
そう言われ、俺は扉の上にある部屋の主の名前を見上げた。
――ペルシャ=ペルセウス
「……」
……そこで俺は力尽きた。二度と這い上がれない闇の底へと沈んでいった。