第178話 『 綺麗な薔薇には棘がある。甘い蜜には罠がある。 』
「 あたしはここまででいいわ 」
――ペルセウス王宮、玄関。
「一人で大丈夫か?」
「心配ご無用、あんたはあんたの仕事をしなさい」
あたしは〝ナナフシ〟に別行動を提案した。
「あたしの能力なら知ってるでしょ、万が一にもヘマはしないわ」
「……わかった。だが、相手は二人を欠いているとはいえ〝王下十二臣〟だ、油断はするなよ」
それだけ言って〝ナナフシ〟はターゲットを探しに駆け出す。もう、あたしにも何処に行ったのかわからなかった。
「オーケー♪ 油断は無し、ね♪」
千 変 万 化
――あたしは一瞬にして、黒スーツを着た屈強な男に姿を変えた。
「……宮内の警備員ってとこかしら」
あたしの〝奇跡〟――〝千変万化〟は自分が望んだ者に姿を変える能力である。
この能力の肝は変身前に実物を見る必要がないことだ。
あたしが要望を出せば〝奇跡〟が自動で精査して、要望に沿った姿に変えてくれるのだ。
そして、今回あたしが出した要望は―
―……。
――この時間、この王宮内で出歩いていて最も違和感の無い者。
……であり、その結果がこの男であった。
(……優先順位は国王、妃、第一王子、第一王女、第二王子、第二王女……ってとこかしら)
〝スコープ〟がどこかの誰かと銃撃戦をしているせいで、既に国王の避難や騎士団や警羅の者も動き出しているであろう。
「……仕事は迅速に無駄なくしないとね」
あたしは夜の廊下を歩く。
「……」
しかし、すぐに違和感に気がつく。
(……静か過ぎる? 外で銃撃戦が繰り広げられているのに?)
それなのに王宮内では人の動きがほとんど感じられなかった。
(一体、何が起きているの? いや、どうして何も起こらないの?)
異様な静けさに胸騒ぎがした。
(……落ち着け、あたしはただ目標を殺せばいいのよ)
あたしは殺しのプロだ。殺ることは変わらない。
「……………………ん?」
……夜の廊下、初めての通行人と出会う。
――少女。齢十歳前後のメイド服の少女が、寝ぼけ眼で反対方向から歩いてきた。
(あの子、たしか……〝王下十二臣〟の一人)
事前の調べでは少女の名はキャンディ=シロップ……二番隊の隊長を務める才女である。
「……」
「……」
あたしは至って平静であり続けた。
――平静。
(あたしの偽装は〝奇跡〟だけじゃない! 演技力も超一流なのよ!)
敵前であるにも拘わらず、あたしは冷や汗の一つするかいていなかった。
「……」
あたしは歩く。
「……」
キャンディも歩く。
「「……」」
……そして、二人は擦れ違った。
(――やり過ごせた! やっぱり〝王下十二臣〟と言えど子供、チョロいわね!)
あたしは横目でキャンディを覗き見る。
「 残念、チョロくないの 」
――キャンディが目の前まで迫っていた……そして、既に右足を振り抜いていた。
「――っ」
あたしは咄嗟にガードするも堪らず吹っ飛ばされる。
(……っ! どうしてバ
「――レた」
……なっ!?
(このガキッ、まさか
「 あたしの思考がわかるのか 」
キャンディはあたしの思考を先読みするように呟く。
「……初対面の人にいきなりガキなんて失礼な人なの」
「……」
……相性最悪だ。姿を偽装する能力に読心術は不利であった。
「だから、大人しく投降してくれたら助かるの」
「……」
思考を読まれて会話されるのは良い気分はしなかった。
「ムカつくクソガキね、わからせてやりたくなるわ」
――変えろ。
あたしは自身の〝奇跡〟に命じる。
――キャンディ=シロップが最も戦いたくない相手に姿を変えろ……!
千 変 万 化
「…………嘘っ」
キャンディがあたしの姿を見て、大きな眼を見開いた。
「……もういない筈なのに……何処にもいない筈なのにっ」
それは長身で、
冷たさを帯びた青い瞳をしている。
「――クロエッ……!」
……エプロンドレスに身を包んだ麗人がそこにはいた。