第177話 『 〝王下十二臣〟VS〝静寂なる刃〟 』
――パンッッッ……。渇いた銃声が夜の闇にこだました。
「――っ」
僕は走る足を止めて、近くの樹木に身を潜めた。
「……はあ……はあ」
つぅ――……。頬から鮮血が溢れ落ちた。
(……狙撃? 走ってる獲物を確実に捉えていたぞ)
僕でなければ脳天を撃ち抜かれていたであろう。
「ははっ、上等だっ」
僕は肩から狙撃銃を下ろして、銃弾が飛んできた方角に目をやった。
「まさか、この〝スコープ〟に狙撃で勝負を挑むなんてねっ……!」
装填完了。
安全装置、解除。
〝奇跡〟――……発動!
――跳ッッッッッッッッ……! 僕は一瞬にして地上十メートルの高さを跳躍した。
「 見ぃーーーつけた♪ 」
目標捕捉! 北方の見晴台!
距離300メートル先!
「――発射ッ……!」
僕は引き金を引く。
見晴台から人影が飛び降りる。
――僕は僅かに銃口を下げ、人影を追尾するように照準し、人影の脳天目掛けて弾丸を放った。
「やはっ……♪」
――しかし、人影は狙撃銃を立てて弾丸を弾いた。
「へえ、やるじゃん♪ でも、逃がさないよん♪」
僕は空中で跳躍し、狙撃手を追い掛けた。
――〝空中闊歩〟。
……地面・空中問わず歩行・跳躍する〝奇跡〟である。
(俺の超狙撃能力と高機動力の前からは誰も逃げられないんだ)
僕は空中から狙撃手を見つける。
「今度は五発だ! 避けきれるかな!」
そして、敢えて散らすように五発の弾丸を大地を駆ける狙撃手へ放った。
(半端に避けてもどれか一発に当たるし、動かなくても当たる――さて、どう凌ぐ?)
心臓の位置、半歩手前、半歩後ろ、左右真横、計五発の弾丸は確実に獲物を追い詰める。
「――」
狙撃手は足を止め、心臓を狙う弾丸を狙撃銃の銃身で受け止め――その場で身を屈ませた。
ほぼ同時、前後左右に銃弾が降り注ぐ。しかし、狙撃手はその場に臥せたまま微動だにしなかった。
(――当たる弾丸と当たらない弾丸を見極めて、当たる弾丸のみを処理した!)
下手に避けようものならどれか一発を被弾していたであろう。
(一瞬で射線を見極める眼、銃身で弾丸を受け止める運動神経。そして、弾丸の雨の前で一歩も動かない胆力……コイツは本物だ!)
胸が躍る。
自然と笑みが溢れ落ちる。
(――コイツは僕の獲物だ……!)
僕は巨木の影に隠れる狙撃手の姿を捉える。
「折角の大物! 逃がさないよ♪」
一度弾倉を抜き、別の弾倉を装填する。
(一発目の弾は空気抵抗の大きい遅い弾、二発目は空気抵抗の小さい軽い弾)
僕は間髪容れずにダブルタップで弾丸を撃ち込んだ。
(先行する一発目の弾丸の斜め後ろに二発目の弾丸を当てれば――……)
――跳弾。無理矢理軌道をねじ曲げられた一発目の弾丸が弾かれ、巨木の影に飛来した。
(セルフ跳弾。これは予想できない筈だ!)
だが、ただの跳弾で仕留められるとは思わない。良くて致命傷、恐らく軽い銃創ぐらいであろう。
「留目はちゃんと刺さないとね♪」
僕は〝空中闊歩〟で、巨木の影へと回り込む。
「…………あれ?」
――居ない。巨木の影に隠れていた筈の狙撃手が見当たらなかった。
(……巨木の影から出た様子はなかった筈、じゃあ一体どこへ?)
弾倉を交換するときも、照準するときも、巨木の裏へ回り込むときも、一度たりとも目を離さなかった。
(……考えられる離脱手段は二つ)
一つは地面に潜っての離脱。
一つは〝ナナフシ〟さんのような隠蔽能力。
一つ目は地面にそれらしい痕跡が見当たらないから違うと思う。
ならば、二つ目の隠蔽能力のよる離脱が濃厚かな。
(……だとするならば、今も僕を狙っているのかもしれな
――パンッッッ……! 銃声が鳴り響く。
「――っ」
……銃弾が肩を貫いた。本来は心臓へ向かっていた弾であるが、殺気に反応して紙一重で急所を外したのだ。
「やっぱり姿を消す〝奇跡〟だったかっ」
僕は緊急離脱の為に上空へ跳躍する。
「 違いますよ 」
――しかし、木々の間に張ってあった網に阻まれ、捕獲されてしまう。
「――なっ!?」
「これはただの迷彩シートです。夜間でこの植生、意外に気づきにくいんですよね」
迷彩シートに捕獲網のトラップ、まるで軍人のようであった。
「……狡いな、狙撃勝負じゃなかったのかよ」
「そうですね、申し訳御座いませんが地の利を生かさせてもらいました」
確かに、ここはペルセウス王宮内の林内、対侵入者用のトラップの一つや二つ準備されているであろう。
「ですが、一つ訂正させていただきますが、私は最初から最後まで狙撃手として勝負をしていたつもりですよ」
「……狙撃手として?」
女狙撃手は静かに歩み寄る……足下をよく見ると彼女が履いていたのは軍靴であった。
「狙撃手たる者、ただ射撃が巧いだけでは半人前。地形や道具を生かして敵から姿を隠し、逆に隠れた敵は絶対に見逃さない……軍の狙撃手養成訓練を受けているのならば常識ですよ」
「……知らないよ、俺自己流だし」
彼女は元軍人のようであった。
「……おっと、他の鼠も救済しなければなりませんのでお喋りをしている時間はありませんね」
女狙撃手は狙撃銃を構える。その銃口は僕の額を照準していた。
「生まれ変わったのなら神の祝福が在らんことを祈ります」
「……早く殺れよ」
僕は生まれてから一度も神様なんて信じちゃいなかった。だから、彼女の言葉なんて何一つ響かなかった。
「私から祈りを、神から祝福を、そして貴方には――……」
ロザリオが月光に照らされ、妖しげに煌めいた。
神様なんて信じちゃいないのにその光に心を奪われた。
「 死を 」
……銃声が鳴り響く。
頭蓋骨に響いたそれは、鈍く、やけに長く感じた。
そして、その残響が消えるよりも先に――何も聞こえなくなった。