第173話 『 盤上の天才 』
……レヴィ&コレットチームに勝利した俺とセシルさんはアスモデウス邸を探索していた。
「……ペルセウス王宮ほどではないですがかなり広いですね」
「まあ、エーデルハイト共和国最高戦力ですのでそれ相応の富と権力が与えられておりますゆえ」
一日一ゲームしかない為、暇をもて余していた俺はセシルさんから施設案内をしてもらっていた。
「このアスモデウス本邸には九代目当主――グリム=アスモデウスとその兄弟四名の子が11名、更にその子の子孫が32名、別邸には50名を超える分家の者が生活しておりますので規模としてはエーデルハイト共和国内随一の名家となります」
「はえー」
俺はセシルさんの話を聞きながら屋敷中を見渡す。
「……あっ、ならセシルさんのお母さんとも会えるんじゃないですか?」
俺は考えなしにそんなことを呟いた。
「――私に母親と呼べる女性はおりません」
そう語るセシルさんの声はとても寂しげであった。
「……………………あっ、はい」
やっちまったー、また失言しちゃったよー。
これ絶対重い話じゃないですか、やだー。
仕方ない、何か気の利いたことでも言おう、そうしよう。
「……」
「……」
「……」
「……」
ごめーん、やっぱり何も出てこないー。
「…………シルちゃん?」
――そんな中、良く通る女性の声が沈黙を破った。
「……誰?」
声の主はセシルさんによく似た妙齢の貴婦人であった。
「――ママッ!」
セシルさんが満面の笑顔を浮かべてそう言った……ママ?
「シルちゃん! 本当にシルちゃんなの!」
「うん! ママも全然変わってないね!」
ママと呼ばれた女性とセシルさんがキャッキャッと会話に花を咲かせる。
「……」
……何だ、これ?
(……母親はいないのにママはいる)
はい、もう一回!
(母親はいないのにママはいる!)
はい、声を張り上げてもう一回!
(母親はいないのにママはいるっ……!)
……母親はいないけどママはいた。
「ママ、ちょっと痩せたんじゃない?」
「そうなのよー、ママね、シルちゃんが心配で心配で仕方なかったのよー!」
そう言ってセシルちゃんに抱きつく貴婦人。
「もうママったら恥ずかしいよー(///」
そういうセシルさんも満更そうではなかった。
「……」
……俺は一体何を見せられているんだ?
親馬鹿とマザコンがイチャイチャと戯れている様子を虚無の眼差しで俺は眺めていた。
「何も言わずに家出しちゃって、ママ本当に心配しちゃったんだからっ」
「……家出?」
セシルさんの母親の言葉に俺は思わず戸惑いの声を漏らした。
「――甲くん! ちょっとこちらへっ!」
いきなり俺はセシルさんに手を引かれ、窓際まで連れていかれた。
「どうしたんですか? そんな慌てて」
いつも優美可憐なセシルさんらしくない慌ただしい様子に俺は首を傾げる。
「あのですね、一般的に私の兄姉が企てていた暗殺計画のことは広まっていないので、表向きは家出ということになっているんです」
「そうだったんですね」
確かに、暗殺の話が広がっていればもっと騒ぎになっていてもおかしくなかった。
「ですので、ママにはあまりその話をしないようお願いします。きっとショックで寝込んでしまいますので」
……まあ、あの溺愛っぷりを見れば何となく納得はいった。
「わかりました……それにしてもセシルさん」
「どうかされましたか?」
「セシルさんって意外にマザコンだったんですね♪」
「――っ(///」
俺のノーデリカシーな発言にセシルさんは顔を真っ赤にした。
「あまりからかわないでください! 私はママと少し話していますので中庭でも回って時間を潰されてくださいっ!」
セシルさんはぷんぷんしながら母親の方へと歩いていった。
「……中庭、か」
確かに今日は天気が良かった。折角だし中庭にでも行こうと思った。
「……ん、何だあれ?」
中庭を窓越しに見下ろすと、一人の少女が木陰の下のベンチで横になっていた。
「寝ているだけ、だよな?」
何か大事になっても大変なので俺は中庭へ足早に降りていった。
……………………。
…………。
……。
「……すぅー……すぅー」
……俺は中庭に到着するも少女は依然として寝息をたてていた。
(……妖精みたいだな)
華奢な体躯、長い前髪、緊張感の欠片もない無垢な表情……アスモデウスの家系特有の整った容姿から見て、この屋敷の住人であることは想像するに難くなかった。
(……本当に無防備だな)
あまりに無防備過ぎて、俺がスカートを捲ってパンツを覗いても全然気づいていなかった。
「……」
……いや、見ている!
「……」
寝惚けた眼差しでこちらを見ている! 凝視している!
「……えっと、おはようございます?」
「おはよう、随分と気持ち良さそうに寝てたな」
少女に挨拶されたので俺は何事もなく立ち上がり挨拶を返した。
「ふぁい、木陰が心地好くてつい」
「ああっ、その気持ち凄くわかるぜ」
少女の言うように影の掛かったベンチの上は木陰ぼっこ (?)日和であった。
「でっ、では一緒にしますか? 木陰ぼっこ」
「そうだな、特にやることもないしな」
そんな訳で俺と少女はベンチに並んで座りながら木陰ぼっこをした。
「……」
優しげな木漏れ日。
「……」
穏やかな草木のざわめき。
(……ヤバい……急に眠くなってきたな)
睡魔が襲い掛かる。抗う必要もない為、俺は抵抗することなく睡魔に身を委ねた。
……………………。
…………。
……。
「 そろそろお目覚めになられてはいかがですか、甲くん 」
……セシルさんの声で起こされ、俺は覚醒する。
「……えっと、おはようございます」
「おはようございます……ではなくて、もう夕方ですよ」
セシルさんの言うように中庭に橙色の夕日が射し込んでいた。
「すみません、俺そんなに寝ていたんですね」
「そうですよ、それにまさか対戦相手と一緒にいるなんて」
「……対戦相手?」
俺は隣で寝息をたてる少女に目をやった。
「……実は先程、大広間に集められまして対戦カードの抽選をしていたんです」
俺が木陰ぼっこをしていた内にそんなことが行われていたのか。
「隣のククルさんは席を外されていたので代わりに従者の方が抽選を受けたのですが……まさか、こんな所で甲くんと一緒にいるとは思ってもいませんでしたよ」
「何かすみません」
これは俺が謝ることではないがククルが眠っているので代わりに謝っておいた。
「……それで対戦相手というのがまさか」
「甲くんの想像する通りです」
俺は再び俺の肩にもたれ掛かり可愛らしく寝息をたてるククルに視線を傾けた。
「そうこの子はアスモデウス家随一のテーブルゲームの天才にして無敗を冠する少女――〝盤上の天才〟、ククル=アスモデウス」
――〝盤上の天才〟。
「 私は一度も彼女にゲームと名の付く勝負で勝ったことがありません……! 」
(……一度も勝ったことがない)
……あのセシルさんが?