第172話 『 悪魔の両翼 』
……勝負は既に決していた。
(……私はイカサマをしていない、それは間違いないのです)
無いもの無いのだ。
いくら声を上げて指摘しようともその事実は覆らなかった。
(Mr.イスミ……貴方は本当に見苦しい人間でした)
実力不足だけならまだしも往生際も悪く、あまつさえ潔白な私とレヴィ様をインチキ呼ばわりしたのだ。
(その罪、無様な敗北を添えて清算いたしましょう)
私とレヴィ様は勝ち次のステージへと進み、あなた方はプライドをへし折られ敗北する。それは決定事項であった。
「それではテーブルの下を確認させていただきます」
ナタージャ先輩がテーブルの下に頭を入れる。
「……」
……何だ、この胸騒ぎは?
何もある筈がない。それなのに胸中に不安と不快感が渦巻いていた。
(あるというのですか、ある筈のないイカサマの痕跡が
……そのとき、私は見たのだ。
「――」
――Mr.イスミの悪魔のような凶暴な笑みを……。
「 あっ……ありました 」
『――っ!?』
ナタージャ先輩の声に一同が目を見開いた。
「キング……白のキングです」
有 り 得 な い !?
……この対戦で初めて私は動揺した。
私はイカサマなどしていない! 無論、レヴィ様も!
しかし、現実はどうだ? テーブルの下に白のキングがあったのだ。
「有り得ないっ、こんなこと有り得ませんっ……!」
私は盤上にある右辺のキングを掴み、その裏側を見る。
――無地。
……紛れもなくそれは〝アクター〟であった。
「――俺の勝ちだな、コレット=ホーネット」
Mr.イスミは立ち上がり私を見下ろした。
「そうだろ、ナタージャ」
彼は私から視線を逸らし、ナタージャ先輩に確認する。
「……はい、イカサマを確認しましたのでこの勝負、伊墨様の勝利とさせていただきます」
……嘘だ。
「そして、イカサマが発覚したので-5000ptとなり、0ptとなったレヴィ様は継承戦を失格とさせていただきます」
……嘘だっ。
「……まっ、待ってください、ナタージャ先輩っ」
私は必死に弁解しようとした。
「 見苦しいぜ、コレット 」
――そんな私の弁解をMr.イスミが遮った。
「認めな、あんたは負けたんだ……イカサマをして、無様にバレて完全敗北したんだよ」
「……っ」
なんて、なんて冷たい目をしているのだろう。
「それとも何だ? まさかこれ以上無様な姿を晒して主に恥をかかせようってんじゃねェよな?」
「……」
……何も言い返せなかった。
この場に私達の潔白を証明する手段が残されてはいなかった。
「ナタージャ、もう帰ってもいいんだよな」
「はい、構いませんよ、既に第2ゲームは終了しておりますゆえ」
ナタージャ先輩の許しを受け、Mr.イスミとセシル様は大広間を後にした。
「……」
「……」
……敗北した私とレヴィ様はその後ろ姿を無言で見送ることしか出来なかった。
「甲くん、甲くんっ」
……大広間を出てすぐ、セシルさんが俺に手のひらを突きだした。
「お疲れ様です♪ 格好良かったですよ♪」
「ありがとうございます!」
――パチンッ、俺はセシルさんとハイタッチして喜びを分かち合った。
「それにしてもよくイカサマなんて見抜けましたね」
セシルさんが感心したように呟く。
「ああ、あれですか」
俺はそれに応えるように種明かしをする。
「 あれ、全部自作自演ですよ 」
「……自作自演?」
俺の回答にセシルさんが小首を傾げた。
「あのイカサマは俺が準備したので推理が当たるのは当然のことなんですよ」
テーブルの下に白のキングを落としたのも、盤上から白のキングを完全に排除したのも全部俺がやったことなのだ。
「順を追って説明しますね」
……今回の勝利の影には幾重の準備が存在していた。
まず最初に俺は対戦相手を吟味した。それはペナルティでリタイアさせられる相手を探していたのだ。
昨日の第1ゲームの勝者は15000pt、敗者は5000pt所持していた。
そして、イカサマ発覚のペナルティは-5000pt。第1ゲームの敗者であれば融資額に拘わらず一発退場にすることが出来た。
だからこそ、昨日の第1ゲームで敗北していたレヴィを対戦相手に選んだのである。
そう、俺は最初から正攻法ではなく、ペナルティによって0ptにして継承戦を退場させることしか考えていなかったのだ。
……対戦相手の次は盤とテーブルへの細工である。
俺は対戦相手を探しながら離れたテーブルの白のアクターを盗み、俺達のテーブルにある白のキングとすり替えたのだ。これは対戦が始まる前であり、監視の目も少なかった為難しくはなかった。
恐らく離れたテーブルでは白のキングが一つ無くなっているトラブルがあったであろうが、かなり離れていた為こちらまで話が届かなかったであろう。
こうして俺は白のキングを一つ手に入れ、テーブルから白のキングを排除したのだ。
最後に細工をしたテーブルへの誘導だが、椅子に上着を掛けることによりテーブルを擬似的に予約していたのであった。
……ここまで対戦開始前の準備、ここからが開始後の作戦である。
最初、俺はコレットの猿真似をし、無難に対戦を進行させた。
開始前にセシルさんからルールを教わっていたこともあり、コレットには俺が自分で考えて駒を進められない人間に見えた筈であろう。
――しかし、それは演技である。
俺は盤上競技は元から得意であり、ルールさえ理解できればある程度戦うことが出来たのだ。無論、それでも上級者には敵わない実力ではあるが……。
結果、コレットから俺は完全に格下に見えていた。
そんな中、俺は白のキングを左辺にあると宣言し、実際に左辺へ駒を進めた。
無論、それは白のアクターである為、コレットには当てずっぽうで言っているようにしか見えなかった筈であろう。
俺とコレットには相当の実力差があったが、俺は左辺のアクターを追い詰めることが出来た。
何故、実力差がありながらも追い詰めることが出来たかというと、それには〝シャッフル〟というゲームの特性が関係していた。
――〝シャッフル〟で最も優位に立てる立ち回りは、相手の戦力をアクターへ誘導することである。
だからこそ、俺はコレットのアクターを獲ることが出来たのだ。
……そして、この対戦のターニングポイント――停電である。
あの停電の犯人はレヴィではなく――俺である。
俺は左辺のアクターをある程度追い詰めた後、長考をし、レヴィが部屋を出る機会を作ったのだ。
あれだけ長考すれば、トイレや気分転換で外へ出る可能性があった。
案の定、痺れを切らしたレヴィは大広間から出ていき、俺はそれに合わせて――大広間の外に影分身をつくり、部屋の明かりを消したのだ……まるでレヴィが消したかのように。
俺はあの数秒の停電の内に、ポケットの中に入れてあったテーブルの下に白のキングを落とすことに成功した。盤上の駒とすり替えることと比べて簡単な作業であった。
こうして、盤上の白のキングの排除、テーブル下の白のキング、左辺のアクターの包囲、コレットのイカサマの説得力……全ての準備が整ったのだ。
ここから先は単純に白のアクターを獲り、コレットのすり替えを指摘するだけである。
最後の賭けも乗ろうが乗らなかろうがどちらでもよく、コレットが賭けに乗らなくても対戦終了時に右辺のキングの裏側とテーブル下に落ちている白のキングを証拠にナタージャを説得し、コレットのイカサマを証明するだけであった。
「……随分と大掛かりな準備を」
やり過ぎるくらいの俺の作戦にセシルさんが冷や汗を垂らす。
「無いもの有るものにしたんです、半端な準備ではナタージャを説得できなかったと思います」
――説得力。
……今回の作戦の肝はそれであった。
ただ相手のキングを排除したり、テーブル下にキングを配置したりするだけではナタージャを納得させることが出来なかったであろう。
一つ、左辺のアクターへの包囲。
一つ、停電という逆アリバイ工作。
一つ、俺の話術と演技力。
様々な過程を経て、最後の賭けまでこじつけたのだ。
「……悪魔的ですね」
「……? ありがとうございます」
褒められているのか貶されているのかわからないが、取り敢えず謝辞を述べた。
「何にしても次へ繋げましたね」
「はい、甲くんのお陰ですわ♪」
順風満帆。
調子は良好。
敵を欺くことに長けた俺と本質を見抜くことに長けたセシルさん。二人が揃えば何も恐くはなかった。
【 T.セシル 】
第1ゲーム:+5000pt
第2ゲーム:+10000pt
現在の点数:25000pt
現在の順位――……。
――第1位(※同列に他7名有り)