第171話 『 ジャッジメント 』
「……アクター、だと?」
……駒の裏側を見た俺は戸惑いの声を漏らした。
「はい、見ての通り正真正銘のアクターです」
「……っ」
本物のキングには王冠のマークがある。しかし、コレットの持つ駒の裏側には何もなかった。
「……」
「納得いただけましたか、Mr.イスミ」
コレットが諭すように俺に言い聞かせた。
「……………………納得いかない」
「……はっ?」
「納得いかないっ」
予想外の俺の言葉に一同は呆れるように首を傾げた。
「さっきの停電だっておかしいだろっ、あんなタイミング良く停電するなんてまるで駒をすり替えていたみたいじゃないかっ!」
「……」
俺の暴論にコレットは憐れみの視線を向ける。
「レヴィがトイレに行く振りをして外にあるスイッチを押して、部屋の灯りを消したんだっ!」
「……」
「あんたはその隙に駒をすり替えたんだ……!」
「……」
……悪足掻き。
今の俺の姿は誰の目から見ても見苦しいものであろう。
それでも今の俺には悪足掻きにすがる以外に選択肢は残されていなかった。
「 それでは証拠を提示してください 」
――ナタージャが真顔で俺にそう言った。
「証拠が無ければイカサマを認める訳にはいきません」
「……証拠って」
「はい、証拠の提示をお願いします」
動揺する俺にナタージャが無表情で言及する。
「私は構いませんよ、絶対にイカサマなどしておりませんので」
コレットは一切の迷いなく俺を見つめた。
「さあ、存分に証拠を提示してください」
コレットは確信していた。自身の潔白を信じて疑わなかった。
「あるんですよね? 私がイカサマをしたという証拠が」
「あるさ」
――俺はコレットのもう一つのキング、つまり右辺のキングを指差した。
「――そのキング、本物のキングか?」
「……」
俺の発言にコレットは沈黙で続きを促す。
「盤上内でのすり替えはこの盤の仕様上不可能だが、事前に準備していたアクターと盤上のキングをすり替えることは可能な筈だ」
――盤上の同色の駒が二つ以上盤から離れた場合、警報音が鳴る。しかし、事前に持ち込んでいた駒とすり替える分には警報音はならないのだ。
「もし二つのキングがどちらもアクターであった場合、俺の勝ち目は最初から無かったということになるんじゃないのか?」
「……普通にやれば私が勝つというのに、そのような小細工をする由はないものと思いますが?」
「いや、あるさ」
俺は自信満々に即答する。
「一回対局した俺にはわかる。あんたは僅かな敗北の可能性すらも許せないような人一倍慎重な人間だ」
「……」
「だから、格下の俺との対局ですら絶対に負けない策を準備したんだ――盤上のキングと事前に持ち込んでいたアクターを入れ替えるという手を使ってな」
「……」
根拠の無い推測にコレットが物言わずに嘆息した。恐らく言い合うのが馬鹿らしくなったのであろう。
「――でしたら、すぐに証明しましょう」
コレットがもう一つのキングを掴む。
「このキングが本物のキングなら貴方の推測はただの言い掛かりとなります」
「――いや、それだけじゃあんたの潔白を証明できない」
コレットのやり方では俺のすり替え理論を完全に否定することが出来なかった。
何故なら――……。
→①→アクター→→→
↑ ↓
コレット 盤上
↑ ↓
←←←キング←←②←
……が可能であれば、
→③→→→左キング→→→
↑ →①→アクター→→→ ↓
↑↑ ↓↓
コレット 左/右
↑↑ ↓↓
↑ ←←左キング←←②← ↓
←←←右アクター←←④←
……一度左辺のキングと手持ちのアクターをすり替え、続いて手持ちのキングを右辺のアクターとすり替えれば盤上に証拠は残らなかった。
「僅か数秒の内に二度のすり替え、しかもあの暗闇の中……本当にそんなことが可能でしょうか?」
「……確かに、それは厳しいかもしれないな」
キングやアクターの周りには他の駒もあるのだ、それらを倒さずに二度のすり替えをするのは困難であった。
「だから、調べるとするならば――このテーブルの下だ……!」
『――っ!』
俺の発言に一同の視線がテーブルに集まる。
「二度のすり替えは難しくても一度だけなら不可能じゃない! あんたは手持ちのアクターと盤上のキングをすり替え、そしてテーブルの下に落としたんだ……!」
純白のテーブルクロスで覆われ一見では見えない場所に本物のキングはある。それが俺の推測であった。
「悪いが俺は耳が良いんでね、聴いたのさ――あんたが駒を地面に落とした音をな」
「……ある訳が無いでしょう。私がそんな雑な仕事をするとでも?」
コレットが淡白かつ冷徹に吐き捨てる。
「 なら、ここで勝負を決めるか? 」
俺は自分のキングを掴み――その裏側をコレットに見せつけた。
「――」
……そこには王冠のマークが記されていた。
「どの道、俺には後が無い。だから賭けをしようぜ」
「……」
「俺の推測があっていればイカサマを認めろ、もし間違っているのなら俺はこの場で敗北を認めてやる……!」
俺の勝利条件……テーブルの下に本物のキングがあり、尚且つ盤上に白のアクターが二つあること。
コレットの勝利条件……俺の推測が一つでも間違えていること。
「あんたが潔白だと言えるならこの賭け、受けれる筈だ! コレット=ホーネット……!」
「……」
コレットは沈黙し、真っ直ぐにこちらを睨みつける。
(……受けろ! 俺の予想ならあんたはこの賭けに賛同する筈だ!)
俺にはコレットが賭けに賛同する確信があった。
そして、勝負に乗っても乗らなくても結果は変わらなかった。
――これはただの演出に過ぎない。
ここで俺が声を上げることに意味があった。
「……………………はぁ」
……溜め息一つ、沈黙にこぼれ落ちる。
「 わかりました。その勝負受けて立ちましょう 」
賛同。
勝負成立。
……『代行・シャッフル』は佳境を迎えていた。