第170話 『 キングorアクター? 』
「……それなんだろ、あんたのキングは」
「――」
……俺の言葉に緊張の糸が張り詰める。
「……どうでしょうか? どちらにせよ、私からお答え出来ることは何もありませんが」
「……」
俺の宣言にもコレットは動じる様子は見せなかった。
「……」
「……」
視線の動き・心臓の動悸・仕草や表情……あらゆる要素からコレットの心情を読み取ろうとするも、何一つ情報を得ることが出来なかった。
(……心を閉ざすという一点においては化物だな)
このレベルのポーカーフェイスは今までに出会ったことがなかった。
「 それでは二回目の融資の時間となります 」
――ナタージャが俺達の間に入り込むように、ゲームを中断した。
「伊墨様の10手目が終了しましたので、レヴィ様とセシル様は各々の従者に融資してください」
――二回目の融資。
(融資限度額は3000pt。だが、恐らくレヴィは――……)
「 今回の融資は0ptだ 」
……レヴィは融資をしなかった。
(……当然だ、昨日の対戦で負けたレヴィの持ち点数は残り1pt。これ以上の融資は不可能だ)
あとはセシルさんがどれだけ俺を信じて融資してくれるかだが……その点に置いては心配はしていなかった。
「私は勿論、限度額一杯――3000ptですわ♡」
……ありがたい。
セシルさんが信じてくれる。ただ、それだけで迷わずに戦えた。
「さあ、勝負を続けようぜ……!」
「端からそのつもりですよ」
――対戦再開後間髪容れずにコレットは駒を進めた。
相手も退く気は微塵も無いようであった。
「叩きのめしてやるよ」
「そっくりそのまま御返しさせていただきますよ」
無論、俺も退く気はない。左辺の獲物を狙うように駒を進める。
……そして、対戦は淡々と進行していった。
防御を捨てて左辺のキングを狙う俺と左辺のキングを守りつつも俺の右辺の陣形を破壊するコレット。
俺は駒を失いながらもコレットの左辺を制圧し、あと少しという所まで迫っていた。
しかし、その代償は少なくはなかった。
……俺は半数以上の駒を失っていた。
(……ギリギリで左辺のキングは獲れる――だが、そこまでだ)
これ程の損耗、二度目の攻撃は不可能であった。
一方で、コレットは駒を節約しつつ俺の右辺の陣形を慎重かつ確実に制圧していた。
どちらが有利かどうかは火を見るよりも明らかであろう。
三回目の融資も終わり、戦いは終盤戦へと移行していた。
一部は勝負を終えたのか退室しており、大広間の席も幾つか空席となっていた。
「随分と手が遅くなりましたね」
コレットが俺が駒を動かす速度が遅くなったことを指摘する。
「恐くなったのですか? 敗けるのが」
「時間制限はない筈だぜ」
「いえ、責めているのでなく純粋な感想です」
……嫌味な感想だ。
しかし、コレットの指摘は間違ってはいなかった。現に俺の駒を進める時間は序盤と比べて十倍……いや、二十倍は掛かっていた。
それも当然の話であった。序盤はただの猿真似、中盤以降は自分で考えて駒を進めていたのだ。
(……俺の見積もりだと後5手)
――後5手でコレットの左辺のキングを獲れる!
しかし、それで勝てるのは左辺のキングが本物のキングであった場合だ。
もし左辺のキングがアクターであった場合、俺は悪戯に駒を失い、逆に数手後にはキングを獲られてしまうであろう。
それでも俺は立ち止まれない。このキングを獲る以外に選択肢は残されていなかった。
だ が 。
「……」
「……」
「……」
「……」
――静止。
「……駒を進めないのですか?」
沈黙の中、コレットが俺に問い掛ける。
「……少し、考える時間をくれ」
俺は肩を震わせながら腕を下ろした。
「すまない、時間が欲しい……この勝負を分ける大事な一手なんだ」
「意外に臆病なのですね」
「好きに言え、恐いものは恐いんだ」
コレットの煽り文句にも俺は俯いて受け入れた。
「……」
……回る。
「……」
……回る。
「……」
……時計の針は回る。
時は刻々と刻まれていく。
大広間の人々は対戦を終え、次々と退室し既に俺達のグループと進行役のナタージャしか残っていなかった。
「……いい加減しろよ、伊墨甲平」
レヴィが苛立たしげに俺を見下ろす。
「たったの一手にどれだけ時間を掛けるつもりだ……!」
「……何か問題でも?」
しかし、俺は眠たげに聞き流す。
「何だとっ!」
「問題はない筈だ……この第2ゲームに時間制限は無いんだからな」
「それでも限度があるだろ! もう、最後の一手から一時間が掛かっているぞっ!」
レヴィが言うように俺が最後の一手を打ってから一時間が経過していた。
「ただのゲームだ。紅茶でも飲んでゆっくり観戦しておけばいい」
「……くっ」
レヴィが堪えるように俺に背を向ける。
「どこに行くんだ?」
「ただのトイレだ。誰かさんが無駄な悪足掻きをするからな」
レヴィはそれだけ言い残し大広間から退室した。
「……」
――その十数秒後。
……大広間が暗闇に呑み込まれた。
『……っ!!?』
突然の暗転に一同に動揺が走る。
「一体、何が起きた!?」
「……停……電?」
「早く誰か灯りをっ!」
暗闇の中、俺達の声が響き渡る。
……そして、数秒後。
――点灯。視界が開けた。
「……明かりが点いた?」
「何だったんだ?」
「……」
戸惑う一同の中、コレットだけが冷静に盤上を見下ろした。
……そこには数秒前と変わらない盤面が広がっていた。
(……用心深い奴だ)
コレットはこの停電を俺の仕業と読み、盤面を弄られてはいないかと警戒していたのだ。
「……何かあったのか?」
トイレから帰ってきたレヴィがただ事ではない空気にいぶかしむ。
「先程停電がありまして」
「……停電、だと?」
コレットが答え、レヴィが戸惑いの声を漏らした。
「すぐに復旧したので問題はありませんでした」
「……そうか」
コレットの返答にレヴィは納得し席についた。
「 待てよ 」
――しかし、俺は二人の会話に割り込んだ。
「おかしくないか? あまりにもタイミングが良すぎる」
「……何が言いたいんだ?」
横槍を入れた俺をレヴィが突っ掛かる。
「いや、何でもない……対戦を再開しよう」
「……たく、何なんだよ」
俺は言い掛けた言葉を切り、再び対戦を再開した。
――コンッ……。俺は再び長考した後に駒を進めた。
「……やっと、進んだか」
一時間以上の間を空けての再開。レヴィが呆れ気味に溜め息を吐いた。
(……後4手)
コレットが駒を進め、俺は時間を掛けて駒を進める。
(……後3手)
緊張の糸が張り詰める。
(……後2手)
沈黙の中、駒が盤上を駆ける音だけが響き渡る。
(後――……)
「さて、いい加減決着をつけようか」
「……」
俺は一時間振りに駒を握った。
「王手……さあ、いよいよ決着だ」
――後1手。
「……」
コレットが左辺のキングを退げる。しかし、もう逃げ場はない。
「 チェックメイト 」
――俺は左辺のキングを遂に追い詰めた。
「キングorアクター」
「……」
俺の問い掛けにコレットは無言で左辺のキングを掴み――……。
「……」
「……」
「……」
「……」
……ひっくり返した。
「……Mr.イスミ」
「……」
静寂。
緊張。
「 私の勝利で御座います 」
……そして、決着。