第169話 『 猿真似の限界、10手目の分岐点 』
「――」
……ゲーム開始から三手目――コレットが手を止め、こちらを睨んできた。
「……浅はかですね」
それは失望の眼差しであった。
「私と同じ手を打てば互角に立ち回れるとでも思ったのですか?」
「……」
……コレットが言うように、俺は彼女が動かした駒を同じように動かすだけであった。
「その程度の猿真似、私には通用しませんよ」
コレットが力強く駒を進める。まるで、彼女の強気な姿勢が乗り移っているようである。
「そんなのやってみないとわからないだろ」
「わかりますよ……すぐにわからせてみせますから」
「やってみな」
しかし、俺は変わらずコレットの打ち手を真似るだけであった。
先手のコレット、後手の俺、ゲームは止まることなく進行していく。
当然だ。俺はコレットの打ち筋を真似るだけであり、ロスタイムがほとんど無かったからだ。
「意気込んでいた割りにはつまらない手を打ちますね」
――しかし、8手目。俺は初めてコレットの打ち筋を真似ることが出来なかった。
「さて、これはどのようにして模倣するのでしょうか?」
「……」
俺はすぐに駒を取ることが出来なかった。
「……確かにこれは真似できねェな」
理由は一つ。コレットがウィッチで俺のウィッチを獲ったからだ。
……ウィッチを獲られた以上、ウィッチでウィッチを獲ることを真似ることは出来ない。つまり、このウィッチを取る為には他の駒を動かす必要があった。
――しかし、それは自分の頭で考えて打たなければならなかった。
(……このウィッチ、無視は出来ねェよな)
俺は近くにあるピエロを動かし、コレットのウィッチを獲った。
「 そう打つと思っていました 」
――コレットが間髪容れずに、ピエロを動かすことで空いたスペースにナイトの駒を侵入させた。
「――」
俺の陣地に侵入したナイトは容赦なくファイターを蹴散らした。
「ウィッチでウィッチを獲られたら、貴方はピエロを動かすしかありません。ピエロを動かせば右辺の陣地を突破される……そうなるように私は誘導していたのですよ」
俺はナイトを追い返すようにファイターを寄せて対応する。
コレットはナイトを退いて陣形を元に戻す。
……既に俺とコレットの陣形は別物になっていた。
「私は忠告しましたよ」
「……」
コレットは抑揚の無い声で俺に語り掛ける。
「そのような猿真似は私には通用しない、と」
コレットの言うように、陣形が変わってしまった後ではこれ以上猿真似を続けても意味がなかった。
「お分かりいただけましたか、Mr.イスミ」
「……そうだな」
俺は観念して、コレットの言葉を受け入れた。
「確かに、これ以上の猿真似は無駄なようだ」
無論、俺だってこんな猿真似で勝てるなどとは思ってはいない。
「――作戦変更だ」
――それは10手目の分岐点。
……俺は左辺のファイターを前進させた。
「ここからは俺の手で攻める……!」
そして、俺は左辺の奥にあるコレットのキングに視線を向ける。
「目標は左辺のキング――……」
「……」
自信満々。
大胆不敵。
「 そいつが本物のキングだ……! 」
……俺は不敵に笑み、そう高らかに宣言した。