第166話 『 恋愛戦線春うらら(夏だけど) 』
「――ペルシャさんは甲平のことが好きですか?」
……凍りついた時間。
「勿論、男の子として」
否、凍りついていたのはわたしだけで、地球は回っているし、雲は流れているし、太陽は西を目指していた。
「……」
どうしよう!
予想外の質問で頭回らないよ!
「……えーーーと」
どうしよう! どうしよう! どうしよーーーう! 何か言わないと、でも頭回らなーーーい!
そもそもわたしって、甲平くんのことどう思っているんだっけ?
仲は悪くないし、一緒に居て楽しいし、ちょっと格好いいとか思ってたり……って、これじゃあ本当に好きみたいじゃん!
いや、別に嫌いじゃないしどちらかと言えば好きなんだけど! でも、それってどんな〝好き〟なんだろう?
親愛?
恋愛?
友愛?
……いや、そんなことよりも早く答えないと! 愛紀ちゃんに怪しまれちゃうよ!
「歌います」
「はい?」
「歌います!」
とにかく今は考える時間が必要であった。
だから、わたしは歌うのだ。
ちゃんちゃんちゃーん♪ ちゃんちゃんちゃーん♪ 僕らは思春期、真っ盛り~♪
地球は青い~♪
空も青い~♪
海も青い~♪
まるで僕らのようだね、青春全盛期だね~♪
好きって言いたいのに言えない青い春~♪ 素直になれない青い春~♪
大人になったら些細なこと、おじいちゃんになったら忘れちゃう思い出、だけど今の僕らには大切なこと~♪
僕らは未来人のように過去へ飛べない~♪
僕らは占い師のように明日を見えない~♪
だから、今この瞬間を全力で生きるんだ~♪
全力で青春をするんだ~♪
僕らは青春全盛期~♪
僕らは青春全盛期~♪
――ジャンッ♪ わたしは最後をギターで締めた。
『……』
……長い沈黙が両者の間を流れる。
「……」
「……」
「……それでペルシャさんは甲平のことが好きですか?」
クッッッソォ~~~~~っ! 誤魔化されなかったか~~~~~っ!
(……流石は愛紀ちゃん、手強いね)
しかし、時間は稼げた。今のわたしは冷静に回答することが出来るであろう。
愛紀ちゃんには悪いけど、ここは完璧なポーカーフェイスで質問を流しきろう。
「……あっ、ちなみに嘘を吐いてもわかりますよ。私、結構鋭いので」
……そう言う愛紀ちゃんの手にはクワズイモが握られていた。
本気だーーーーーっ! 全力で殺る気だぁーーーーーーっ!
(まずいよー、まず過ぎるよー、このままではクワズイモを食べることにー!)
※)クワズイモは大変危険な代物ですので絶対に食べないでください。
過去に作者が食べて丸一日寝込みましたので、ホントのホントに食べないでください。
「さあ! 答えてください!」
「うぅー」
「さあ! さあ!」
万事休す! 最早ここまでか!
「……わっ、わたしはっ」
わたしは覚悟を決めて白状することにした。
「わたしは甲平くんをっ……!」
言う! 洗いざらい全部言うんだ!
「 なーんて、冗談ですよ♪ 」
――愛紀ちゃんは普段しないような悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「……ほえ?」
「いくらゲームだからって私もお友達が嫌がることは強要しませんよ」
そう言って、愛紀ちゃんは再びわたしに微笑み掛ける。
(……………………た)
助かった、のかな?
よくわからないが、わたしは質問に答えなくてもいいようであった。
「……あっ、用事を思い出したので少しだけ失礼させていただきます」
「……えっと、うん」
愛紀ちゃんはわたしに背を向け歩き出す。
「……」
……いいのかな、これで。
「……」
……本当の気持ちを隠したまま過ごすなんて何か嫌だな。
「――待って、愛紀ちゃんっ」
――わたしは思わず声を張り上げて、呼び止めてしまう。
「……? どうかしましたか?」
愛紀ちゃんは立ち止まり、こちらを振り向いた。
「……えっと、急に呼び止めてごめんね。その、言い忘れたことがあって」
「……」
やっぱり逃げるのはわたしらしくない。
わたしはペルセウス王国第一王女――ペルシャ=ペルセウス。ここで逃げたら女が廃る……!
「 わたし、甲平くんのことが好きっ! 大好きっ……! 」
「――」
風が凪いだ。
わたしと愛紀ちゃんの視線が交差する。
「わたしは甲平くんのことが男の子として大好きっ……!」
「……」
想いの丈を告白するわたしに愛紀ちゃんは何も言わない。表情も穏やかに見つめるだけでその心情は窺えない。
「……いきなりでごめんね、何となくだけど愛紀ちゃんには伝えたかったんだ」
これはわたしの想像の話だけど。
根拠なんて別に無いけど。
――火賀愛紀姫は伊墨甲平に好意を抱いている。
……と思った。
(……ここで言わないと負けちゃう気がしたんだ)
だから、愛紀ちゃんには包み隠さず告白したのだ。
友達だから、
好敵手だから、
……今だけは退けなかった。
「……ペルシャさん」
ここで初めて愛紀ちゃんが口を開いた。
「――私、負けませんよ」
愛紀ちゃんは不敵に笑う。
「何年分の積み重ねがあると思っているんですか」
「……っ」
心が奮えた。
認めてくれたのだ、わたしを……。
「うんっ、わたしも負けないよ! 全速力で追い掛けるから……!」
わたしも笑顔で返した。
想いの丈を全部吐き出し、わたしの心は晴々としていた。
「……」
空を見上げる。そこには青い空と白い雲、そして煌々と大地を照らす太陽があった。
……それはまるで、今のわたしの心を映したような穏やかな晴れ空であった。
―― 一方、その頃。
「――全員、揃ったな」
……ペルセウス王国、王都に位置する小さな酒場。
「情報屋が言うには、今の王宮にセシル=アスモデウスと伊墨甲平は居ない」
「ああ、俺も二日前に王宮から出る所を見たからな」
小さな酒場のある机に五人の男女が集まっていた。
「それじゃあ、いつも通りの手筈で仕事をしましょう」
「ターゲットは王家の血を継ぐ者全て♪」
「時間は今から十五時間後の深夜」
「邪魔する者はターゲット以外であろうと」
集いし脅威。
動き出す作戦。
「 皆殺しだ 」
……ペルセウス王宮は戦場に変わろうとしていた。