第163話 『 悪魔なメイド 』
「……ターニャ、貴女はこの『high&lowババ抜き』の〝本質〟を勘違いしています」
……第六試合は始まらない。セシルさんの言葉が正しければ「既に勝負は着いている」のだから。
「強いカードを残しつつカードを処分する……そんなものはこのゲームの〝本質〟ではありません」
違うのか。カードを先に捌いた方が勝ちという勝利条件から俺も、恐らくターニャもそう思っていた。
しかし、セシルさんはそれを否定した。
「このゲームの〝本質〟――それは如何に早く〝10〟と〝1〟のカードを捌くかにあるのです」
「「――っ!?」」
……〝10〟と〝1〟を如何に早く捌く。それがセシルさんの答えであった。
「そもそもこのゲームは如何に序盤ハイペースにカードを捌いても、〝1〟のカードを捌かなければ永遠に勝つことは出来ません」
セシルさんが机の上に置かれた〝1〟のカードを拾い上げる。
「そして、この〝1〟のカードを捌くことが出来る唯一のカード――それが〝10〟のカードです」
セシルさんは机の端に置かれた〝10〟のカードをターニャに見せつける。
「つまり〝10〟のカードを相手に捌かれたら、二度と〝1〟のカードを捌くことが出来なくなります」
「――」
……第四試合、セシルさんは〝10〟のカードを捌いた。あの時点でターニャの勝ちは無くなったのだ。
「そして、相手が〝10〟のカードを出さなければ永遠に〝1〟のカードを捌くことが出来ません」
……第五試合、セシルさんは〝9〟のカードをわざとターニャに透視させ、〝10〟のカードを出させるように誘導した。そこを〝1〟のカードで刺したのだ。
〝10〟を捌き、相手に〝10〟を出すように誘導し〝1〟を捌く。これがセシルさんの勝利の論理であった。
「……順を追って説明させていただきます」
セシルさんが普通に手札から〝1〟のカードを出す。
「第1・2試合目、私は通常の手順で〝1〟のカードを出しました」
……第1試合目は〝2〟、第2試合目は〝3〟を出してターニャは二本先取した。
「試合の結果から、私は貴女が透視・読心術のどちらかで私の出すカードを見破っていることを確信しました」
「……」
「なので、第3試合目、私はカードの出し方を変えました」
確か第3試合目、セシルさんはカードを見ずに、記憶力のみでカードを出した。
「試合結果は私が〝1〟を、貴女が〝9〟を出し、貴女が勝ちました」
「……」
「――おかしくありませんか?」
「――っ」
セシルさんの問い掛けにターニャがビクッと肩を震わせた。
「この試合、貴女は勝ちはしたものの今までの試合と比べてスマートではありませんでした」
第1試合は〝1〟‐〝2〟。
第2試合は〝1〟‐〝3〟。
第3試合は〝1〟‐〝9〟。
……確かに第3試合の結果だけが前2試合と比べて無駄が多かった。
「貴女が見えているのならここは〝4〟を出すと思っていましたが、あからさまに勝ちだけに拘った〝9〟……そこで私は貴女の〝奇跡〟が透視でも読心術でも無いと推測しました」
最初の3試合は、ターニャの〝奇跡〟を見破る為の捨て石であったのだ。
「恐らく、私の後ろから覗き見るか、他者と視覚を共有する程度の能力じゃないんですか?」
「……」
セシルさんの問い掛けに肯定するようにターニャは沈黙した。
「そして、第4試合。私はまぐれで勝ったかのように〝10〟のカードを捌きました」
最強の〝10〟のカード、それは同時に捌かれたら永遠に上がれなくなる死神のカードでもあった。
「最後に第5試合、貴女に〝10〟のカードを出すように誘導し、〝1〟のカードを捌いて終了です」
「……」
ここまで徹底的にやられては、気の強いターニャも敗北を認めざるを得なかった。
「……完敗、だわ」
ターニャが肩を落として、敗北を認めた。
「まさか、相手の手札が見えるというアドバンテージがありながら負けちゃうなんてね」
……セシルさんの推測通り、ターニャは相手の手札を見透かしていたようであった。
「……アドバンテージ? 何を仰っているのですか」
ターニャの言葉にセシルさんは首を傾げた。
「相手の手札が見えていたのは貴女だけではありませんよ――ねっ、甲くん♪」
「……えっ、まあ、はい」
いきなり話を振られついついどもってしまう俺。
「嘘っ、だってそんな素振りゲームで見せていなかったじゃない!」
「見せましたよ――第4試合」
「……第4、試合?」
〝10〟‐〝8〟でセシルさんが勝った試合だ。
「……一番強い〝10〟のカードでごり押しした、あれ?」
「一番強い? 何を冗談を……〝10〟はこのゲームで一番危険なカードですよ」
セシルさんの言いたいことはわかる。
〝1〟を捌かなければ絶対勝てないゲームにおいて、〝10〟のカードは〝1〟のカードを捌くことの出来る唯一の希望であった。
故に〝10〟を捌くタイミング、それだけは間違えてはならなかった。
「だから、私は第1試合目からずっと甲くんから合図を受け取っていましたわ」
――影分身でターニャのカードを覗いて、足で私に伝達してください
……ゲーム開始前に俺はセシルさんに指示を出されていた。
俺はターニャの後ろの壁側に影分身を配置し、変化の術で銅像に化けさせ、ターニャの手札を覗いていたのだ。
影分身の視覚情報は全て本体と共有することが可能であり、俺はターニャの出すカードの数字をセシルさんの踵を蹴る回数で伝えていたのだ。
「じゃあ、何で最初の3本目まで全部負けていたの?」
連続三連敗、ターニャの目にはセシルさんは「見えていない」と移っていたであろう。
「――「見えていない」と、思わせる為です」
……しかし、それすらもセシルさんの思惑通りであった。
「それに、このゲームは〝1〟と〝10〟を先に捌いた方が勝利するゲームです。〝1〟と〝10〟以外のカードなら幾ら捌かれても何の意味もありませんわ」
「じゃあ、最初〝1〟のカードを出し続けていたのは?」
ターニャは全て納得していないのかまだ食いついてきた。
「貴女がこのゲームの〝本質〟を見抜いて〝1〟と〝10〟のカードを捌きに来る可能性がありましたので、どちらも捌かせない〝1〟を出し続けていました」
確かに、セシルさんが〝1〟を出し続けている限り、ターニャが〝1〟を出しても引き分け、〝10〟を出しても逆にセシルさんが〝1〟を捌いてしまうだけであった。
(……〝1〟が最弱のカード? 俺はとんでもない勘違いをしていた)
〝1〟こそが相手に〝1〟と〝10〟を捌かせない最強のカードであった。
その真理に気づけなかったからターニャは負け、気づいたからセシルさんが勝ったのだ。
ほんの小さな〝気づき〟――それが勝敗を分けたのであった。
「他に聞きたいことはありますか?」
「…………無いわよ」
ターニャは完全に打ちのめされていた。無理もない、完璧な論理の下、一分の隙も見せずに完封されたのだ。
セシルさんとターニャには圧倒的な力の差があった。それこそこの継承戦では覆らない程に深い隔たりが……。
「では、私は失礼します……行きましょうか、甲くん♪」
「あっ、はい」
いつも通りの花が咲いたような笑みに圧倒されながらも、俺はその華奢な背中を追いかける。
「……」
ターニャはその場に座り込んだまま動かない。戦意が完全にへし折られていた。
「……」
俺は、傷心するターニャを気にもせずに立ち去るセシルさんの後ろ姿に目を奪われる。
それは天使のように美しく、何より花弁のように軽やかであった。
しかし、一瞬。
ほんの一瞬だけ……。
――悪魔。
彼女の美しい背中に、黒く凶暴な翼の残像が見えた……気がした。