第160話 『 high&lowババ抜き 』
「……ここが会場か」
……俺とセシルさんが案内されたのは、幾つもの机と椅子が並べられた大広間であった。
ドアは入口の一つだけ、それ以外の窓や出口といったものは見当たらなかった。
俺達の他にも候補者や従者が集まっており、今部屋に入ったばかりの俺とセシルさんに視線が集まる。
(……この場所でコイツ等と戦うのか)
対戦は半刻もしない内に始まる。その内容説明も直に行われるであろう。
緊張感が参加者の中を伝播する。
この中、この中からアスモデウス家次期当主が決定するのだ。
(……どいつもコイツも只者じゃねェな)
流石は〝七凶の血族〟、一人一人が化け物クラスということであろう。
見渡すとロザリンドとその従者と思わしき青年も視界に入った。彼女との戦いの時が訪れるのもそう遠くはないであろう。
「 どうやら全員集まられたようですね 」
……ナタージャの声が天井から響き渡る。
『……?』
一同が天井を見上げるも、そこには豪華なシャンデリラが吊るされているだけで、ナタージャの姿は見当たらなかった。
「ただ今より、第1ゲーム――『high&lowババ抜き』の説明を私、ナタージャ=ククリナがさせていただきます」
――パカッ……。天井に切れ込みが走り、扉のように開き、中からナタージャが飛び降りた。
(……無駄に凝った登場だな)
驚くべきことに天井の扉は閉まり、切れ込みも消え、ただの天井に戻っていた。
正体は不明だが、恐らく彼女の〝奇跡〟によるものであろう。
「――それでは早速ですが、ルールの説明に入ります」
おっといけない。ちゃんと話を聞かないとな。
「これから皆様には対戦相手を各人で決め、各テーブルに配置していただきます」
第1ゲームはどうやら一対一の戦いのようであった。
「そして、皆様にはこちらの1~10と印字されたカードを掌握していただきます」
ナタージャの手には十枚のカードがあり、各々に1・2・3・4・5・6・7・8・9・10と印刷されていた。
「対戦は互いにカードを一枚ずつ出し合い、そのカードの強さを競い合います。そして、強い方のカードを――……」
ナタージャは1と2のカードを左右の手に持ち――2のカードを投げ捨てる。
「――処分することが出来ます。逆に弱い方のカードは手札に戻します」
つまり、カードを出し合いカードの強い方がカードを処分し……。
「最終的にカードを全部処分した方が勝者です」
……ということのようである。
「ちなみに、10のカードは最強ですが、唯一1のカードのみ10のカードを倒すことが出来ます……あっ、それと同じ強さカード同士が戦った場合、そのままお互いにカードを手札に戻してもらいます」
カードの強さを簡潔に表すと……。
・1<2<3<4<5<6<7<8<9<10
・10<1
……ということになるのであろう。
「勝者は+5000Pt、敗者は-5000Pt。そして、当ゲームの能力しようの可否ですが――……」
……一瞬の静寂。
「 可、とします 」
能力使用、可……それは混沌必至の戦いになること他ならなかった。
(……テーブルゲームに超能力ありなんて、イカサマ合戦になる筈だ)
条件として公平であった。
俺には忍術がある。
そして、セシルさんには〝血継術〟と〝奇跡〟があ
「……」
……あれ? セシルさんの能力って何だっけ?
(スッゲェ今更だけど、俺、セシルさんの能力知らねェ!?)
……スッゲェ今更な話であった。
「セシルさん、あの今更ですけどセシルさんの能力って何でした……って、もう対戦始めちゃってる!?」
なんと、セシルさんは既に対戦相手を見つけて席に着いていた。
「えぇっ! 甲くん、話していませんでしたっけ?」
「話していませんよっ……って、もうカード配られてるっ!?」
既にテーブルの上には十枚のカードが両チームに配られていた。
「さっきから何をゴチャゴチャ言ってんのよ! こっちは準備万端なんだけど!」
対戦相手の長い髪を左右に結んだ少女が、高圧的にこちらを見下ろし言い放つ……四つん這いの執事の上に立って。
「さっさと勝負を始めるわよ! セシル=アスモデウス!」
「……何だこのチビッ子は」
少女はキャンディと同じくらいの身長であったが、態度だけはデカかった。
「キィーーーッ! 誰がチビッ子ですってぇっ! あんた達なんてギッタンギッタンに負かしてやるんだからね!」
……スッゲェ、何だこの小物ムーブ。逆に芸術的じゃねェか。
(……でも、結構可愛いじゃねェか)
何というか、その、わからせたい。
「てか、その下の執事は?」
「クロードよ!」
「……」
「……」
「……えっ、説明終わり!」
「うん」
……終わりかぁ。
取り敢えず、執事がクロードという名前であることだけがわかった。
「あたしの名前はターニャ! ミリーゼ=アスモデウスの第三女にして、当主継承権第十八位――ターニャ=アスモデウスよ!」
十八位って……滅茶苦茶ザコじゃねェか! なのにそんなにイキれるって逆に凄いな。
「油断は禁物ですよ、甲くん」
「……セシルさん」
「相手が誰であろうと勝てば+5000Pt、負ければ-5000Ptです。それにあの強気な姿勢……何か勝算があるのでしょう」
セシルさんに耳打ちされ、俺は浮わついていた気を引き締める。
「……そして、甲くんには一つお願いしたいことがあります」
「――お願いしたいこと?」
……そして、セシルさんは小声で俺に指示を出した。
「出来ますか?」
「朝飯前です」
セシルさんの確認に俺は二つ返事で頷いた。
「――どうやら全ての卓の準備が整ったようですね」
ナタージャの良く通る声が大広間に響き渡る。
「それではただ今を以て第1ゲーム――『high&lowババ抜き』を開始します」
……緊張感が大広間の中に充満する。
「……」
「……」
セシルさんとターニャの視線が交差する。
「 対戦始動!! 」
信じられる仲間は一人だけ、
欺瞞と知略の渦巻く戦いが、
……今、始まったのであった。