第159話 『 第十代目当主継承戦、開幕 』
……俺は人が五人は寝られそうな程に広いベッドの上で横になっていた。
きらびやかな装飾品に飾られた一室。
シャワーの音とセシルさんの鼻音が浴室から聴こえてくる。
「……」
……そんな中、俺は第十代目当主継承戦のルール説明を追想していた。
――これより第十代目当主継承戦のルール説明を始めます。
一時間前、グリムの専属メイドであるナタージャが一族一同の前で語り始めた。
(……説明と言ってもルール自体はシンプルだったな)
……ルールは以下の通りであった。
・ルールその1.各 候補者には10000ptが配当される。
・ルールその2.候補者には1名の従者を味方として参加させることが出来る。
・ルールその3.1日に1回 対戦が行われ、候補者同士で点数を奪い合う。
・ルールその4.点数を全て失った時点で脱落である。
・ルールその5.〝奇跡〟・〝血継術〟の使用は制限され、認められたとき以外での使用は許されない。
……というものであった。
(……つまり、候補者と従者で協力して、他の候補者から点数を奪って、一位になればいいってことか)
名家の継承戦なんて言うから難しいことをするものと思っていたが、存外単純そうで少し安心した。
「甲くーん、シャワー空きましたよー♪」
「あっ、ありがとうございます」
俺は衣服を脱ぎ、セシルさんと入れ替わりでシャワー室に入る。
(……明日、明日から戦いが始まるのか)
今日はルール説明だけで、継承戦が本格的に始まるのは明日からであった。
(それにセシルさんにはロザリンドや他の兄弟との因縁もある)
セシルさんにとっては命を狙った狙われたの関係だ。今だって不安を抱えているに違いなかった。
落ち着いているので時折忘れそうになるが、セシルさんはまだ十八歳なのだ。いくら能力が高くても、弱さや未熟さが無い訳ではなかろう。
「……守らないとな、俺が」
俺はバカンスをする為にアスモデウス邸に来たのではない。従者としてセシルさんを守る為にここまで来たのだ。
俺は蛇口の栓を捻って、シャワーの水を止める。
旅の疲れはシャワーの水と共に排水溝へと流れていった。
「……よしっ、気合十分百点満点っ」
……俺は独りでに拳と決意を固め、シャワー室を後にした。
……………………。
…………。
……。
「おやすみなさい、甲くん♡」
「セシルさんもおやすみなさい」
……消灯。俺は部屋の電気を消して、ベッドの上を横になった。
(……明日から激しい戦いが始まる、今日は早めに寝よう)
暗殺なんてそうそう起きはしないだろうが、暗殺者が部屋に入っても対応できる自信があった。腐っても忍者なので。
「……」
俺は瞼を閉じる。
「……」
静寂の中、時計の針が時を刻む音が粛々と響く。
「……」
耳を澄ますと、セシルさんの吐息と寝返りの音が微かに聴こえてくる。
あれ? 俺、今セシルさんと一緒に寝ているんじゃね?
うん、夢じゃないな。
俺は間違いなくセシルさんと同衾している。
「……」
同衾!
男女が一緒に布団で寝ること!
それが今、俺の身に降りかかっていた! しかも、絶世の美少女と!!
(何で! そんなことに! なってんの!?)
訳がわからなかった。何故、このような非日常な状況に遭遇しているのかさっぱりわからなかった。
(落ち着け、伊墨甲平。一旦冷静になって状況を振り替えるんだ)
俺は一先ず深呼吸をして、冷静さを取り戻
(せる訳がねェーーーーーッ! セシルさんと同衾してて落ち着ける訳がねェーーーーーッ!)
今、俺の精神は混乱の中にあった。ついでに勃起していた。
(落ち着け! 我が息子よ! 一先ず今は落ち着くんだ!)
勃起!
無情なる勃起!!
(駄目だーーーッ! こんなの我慢できる訳がなーーーい! マジ無理ィーーーッ!)
セシルさんはただの美少女ではなく超絶美少女だ。そんな超絶美少女と同衾しているのだ、生理現象を抑えられる筈がなかった。
仕方ない! ここは頭の中で歌でも歌って気でも紛らわせるしかねェ!
ワン、ツー!
ワン、ツー、スリー、フォー!
ちっちっちー、えっちっちー♪
(ハイッ!)
えっちちっ、ちっちちっ、えっちっちー♪
(ハイッ! ハイッ! ハイハイハイハイッ!)
たぎる熱き魂! 壊すぜ世界のセオリー!
(break! break! ブッコワセー!)
俺は時代の開拓者! 破壊と創造、今が革命の時だ! 破壊なくして創造なし! 創造なくして破壊の意味なし! これが創世、わき上がるぜ↑歓声!
(COHEY! COHEY! イカすぜ、COHEY!)
走るぜ→地平線! 飛び越えるぜ↑境界線!
(ジョーシキをブッコワセー!)
俺は誰だ!
(COHEY! COHEY!)
俺は誰だァ!
(アサシン! アサシン!)
俺は誰だァッッッ!
(神ッ! 神ィッ!)
皆、俺に付いて来やがれェーーーーーッ!
(yes! do! it!)
ワァーーーッ ワァーーーッ
ひゅーっ ひゅーっ ひゅーっ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ
鳴り響く拍手。
大地を揺るがす歓声。
……これは幻だ。
現実、俺はアスモデウス邸にいて、セシルさんと同じベッドで寝ていた。
観衆なんていない。
楽器もステージもない。
(……まあ、少しは気を紛らわせたけど)
クソみたいな歌のお陰で俺の煩悩は晴れ、息子の勃起も落ち着いていた。
これでようやく眠りにつける。明日から熾烈な点数の奪い合いが始まるのだ。どんなゲームかもまだわからないのに、寝不足で試合に臨むなんてナンセンスであろう。
(――明日に備えて今日は全力で寝るぜ……!)
そして、俺は煩悩を払いのけ、意識を暗闇の底へと沈めてい――……。
「…………っ♡ んっ♡」
……俺の超人的な聴力が悩ましい声を捉えた。
(……こっ、この声は?)
声の主はセシルさんだ。当然だ、この部屋には俺とセシルさんしかいないのだから。
(……まっ、まさか……嘘だろ)
俺は目を、いや耳を疑った。
それはそうだ。一瞬で納得できる筈がなかった。
(俺がいるんだぞ! 同じベッドで寝ているんだぞ!)
それなのに!
それなのにィーーーッ!
「……んっ♡ んんっ♡」
何で一人でシているんだァーーーーーーーーーーーッ!!!
……正気じゃねェ、正気じゃねェよこの女。
俺とセシルさんとの距離は一メートルもない! 手を軽く伸ばせば届く距離しかなかった。
年頃の男女。
二人っきり。
真夜中。
ベッドの上。
オンゴールイン。
役満! いやダブル役満!! ダイスージースーマンコー!!! エロエロ役満和了がりである!!!
(――いや、待てよ!)
普通に考えて、隣に俺がいる状態でオンゴールインするか? いや、有り得ないであろう!
(信じるんだ。セシルさんはそんな淫乱な女じゃない、淫乱な女じゃないんだ……!)
――モゾッ……モゾモゾッ……。
(……もっ)
毛布にくるまって何かモゾモゾしてるゥーーーーーーーーッ!!!
これはもう誤魔化せないよ! 確定! オナ確だよ!
(……明日から! 明日からってときにこの人は何をしているんだ!)
てか、逆に俺はどうすればいいんだ! 寝た振りをすればいいの? セシルさんと同じようなことをすればいいの? それとも止めさせるべきなのか? 駄目だ、どうすればいいのかわからねェ!
落ち着こうとしようとすればする程に、セシルさんの嬌声が耳に入ってくる。もう頭がおかしくなりそうであった。
(まあ、ここは大人の対応でスルーしますかね……勃起してるけど)
誰にだって情欲を抑えられないときはある。今回はお互い様ということで水に流そうじゃないか。
俺はなるべくセシルさんの声を気にしないようにして、眠りにつくことにした。
「……」
「……んっ♡」
「……」
「……ぁっ♡」
「……」
……もっ、
もう勘弁してくれよぉ~~~~~~~~~~~~っ!!!
俺は心中で泣いた。
何を我慢しているのだろうか?
何でこんな辛い思いをしなければならないのか?
俺は泣いた。
泣いて、泣いて。
そして――……。
……………………。
…………。
……。
――翌朝。
「……ん~~~、よく寝たぁ」
……窓から射し込む陽光が背伸びをするセシルさんを照らした。
「あら、甲くんも起きられたのですか?」
「はい、もうバッチリですよ」
俺は既にスーツに着替えており、臨戦態勢に入っていた。
「……いや、着替えるの早すぎじゃないですか?」
「……」
……服、汚れちゃったからね。暴発しちゃったからね。
「よっしゃあっ! 勝ち抜きましょう、この戦いをっ……!」
「凄いやる気ですわっ!?」
「エイ! エイ! オォーーーッ!」
「えーと……おっ、おぉー?」
……そして、戦いの朝陽が昇った。