第157話 『 私の従者さん 』
「……捨てられた?」
……セシルさんはそう言った。
「正確には殺されそうになったので逃げ出した、ですね♪」
「……殺されそうになったって」
まあ、何とも物騒な話である。
家族から命を狙われ、ペルセウス王国へ亡命した……セシルさんの言葉からはそう読み取れた。
「どうして、そんな物騒なことに?」
俺の家族は不倫や浮気や喧嘩はすれど、命を奪い合う程に相手を憎むことはなかった。
「それは――……」
セシルさんが真剣な表情で俺の疑問に答える……家族から命を狙われる理由だ、きっと何か深い事情があるのであろう。
「 私が可愛い過ぎたからです 」
……それはそれは真剣な表情であった。
「……………………はっ? 何と?」
「 私が可愛い過ぎたからです 」
……どうやら聞き間違いではないようであった。
「どうして、セシルさんが可愛い過ぎると家族に命を狙われるのですか?」
「それはですねー……」
それからセシルさんは家族に命を狙われるまでの経緯を語った。
セシルさんは美男美女揃いのアスモデウス家の中でも――飛び抜けて美しかった。
その美しさは当代当主――グリム=アスモデウスの目に留まり、〝血継術〟が発現していないのにも拘わらず彼の寵愛を受ける程のものであった。
屋敷の外に出れば道行く人々の注目を一身に集め、全ての人々は彼女に道を開け、何者よりも優先された。
そう、セシルさんは世界に愛されていた。
――しかし、それを快く思わない者も少なくはなかった。
……セシルさんの兄弟――アスモデウス家当主候補者である。
彼等は当代当主の寵愛を受けるセシルさんに嫉妬し、次期当主の座を彼女に奪われることを危惧していたのだ。
「……当時の私は〝奇跡〟も〝血継術〟発現していませんでしたし、尚更納得出来なかったと思います」
これは初めて知ったことだが、〝奇跡〟も〝血継術〟も発現時期には個人差があり、特に〝血継術〟に関しては、生涯発現しない者も少なくはなかった。
「美と力が全てのアスモデウス家で、力を持たないくせに次期当主候補に名が挙がっていた私を目障り思う者は沢山いました」
当代当主の寵愛もあり、直接的に嫌がらせや暴力を受けることはなかったものの、敵意や嫉妬の視線や陰口は幼いセシルさんの心を磨耗させていたそうだ。
……そんなある日、セシルさんは聞いてしまったのだ。
「 兄弟が私を暗殺しようと企てる会話を…… 」
……そう話すセシルさんは少しだけ悲しそうであった。
暗殺計画を聞いて恐くなった幼いセシルさんは屋敷から飛び出し、彼女の顔を知る者のいないペルセウス王国まで単身で亡命したのだ。
幸い、セシルさんは当分の生活費と移動費を屋敷から持ち出していた為、道中での苦労は特に無く、ペルセウス王国まで亡命すること成功したそうだ。
その後、王都の飲食店に就職し、ウェイトレスとして働くことになり、彼女の美貌は王都中で瞬く間に広まり、その噂はサーベル=ペルセウス国王陛下の耳まで入った。
丁度、ペルシャと歳の近い侍女を捜していた為、セシルさんは王宮の侍女としてスカウトされるに至った。
……セシルさんの躍進はあっという間であった。
ペルセウス王宮で従事することなった後に〝奇跡〟と〝血継術〟が覚醒し、侍女の仕事も目を見張る程の早さで身に付け、王宮中の信頼を得たセシルさんは若冠十六歳でメイド長に任命されるまでに至ったのであった。
「……そして、今に至ります」
「……」
とても丁寧な説明であった。お陰でエーデルハイト共和国出身のセシルさんがペルセウス王宮で働くまでの経緯は理解できた。
兄弟に疎まれ命を狙われたセシルさんは、自分の命を守る為にアスモデウス家から逃げ出したのだ。
そして、彼女が再びアスモデウス家に帰省する理由については、既に現国王陛下から説明を受けていた。
三ヶ月前の王宮襲撃事件。
ドラコ王国との戦争。
フェリス=ロイスの自爆テロ。
……ペルセウス王宮は戦乱の渦中にあった。
(――戦い抜く為の力がいる)
そんな中、耳に入ったのは〝七凶の血族〟の一角――アスモデウス一族、新当主選別の話であった。
――そう、これは好機であった。
もし、セシルさんがこの選別を勝ち抜き新当主となればアスモデウス一族の全権を手に入れることが出来るのだ。
そうなればアスモデウス一族の領地をペルセウス王国に移すことも可能となり、ペルセウス王国に〝七凶の血族〟第三位の戦力を取り込み、更なる力を手に入れることが出来る。
――それこそがこの帰省の最終目標であった。
「……大丈夫ですか、セシルさん」
「……えっ?」
俺の言葉にセシルさんが戸惑いの声を漏らす。
「……何だか緊張の音が聴こえますよ」
「――」
俺の耳は、セシルさんの不安の心音を捉えていた。
「……………………少しだけ……緊張しているのかもしれません」
そこにいつもの朗らかな笑顔は無かった。
無理もない。過去に自分の命を狙っていた者達との戦いが始まるのだ、緊張するなと言う方が無理な話であろう。
「――でも、負けません」
しかし、その声に恐れは無かった。
「これはペルセウス王宮メイド長として任務だけではありません……私個人の果たさなければならないケジメなんです」
……私個人、か。
「……セシルさんは一人じゃありませんよ」
俺は不敵に笑む。
「この二週間、俺は貴女の従者です」
「……」
「信頼してください、背中を預けてください――絶対に貴女を勝たせてみせますから……!」
「――っ」
セシルさんは一瞬だけ俯き、いつもの花が咲くような笑顔を見せた。
「はいっ、信じてますよ――私の従者さん♡」
「はっ、主の仰せのままにっ……!」
……良かった。どうやら緊張はほぐれたようである。
「……あっ、見えましたよ」
「あれが……アスモデウス邸」
セシルさんが指差す先に立派な豪邸が建っていた。
「行きましょう、甲くん」
「はい、セシルさん」
緊張の霧は晴れた。
今は前へ、光差す向こう側へと向かう。
(……あれがアスモデウス邸)
……知略と陰謀渦巻く戦場が俺達を待っていた。