第156話 『 セシルの帰省、忍者付き 』
「――という訳で甲くん、一緒に私の家へ来てくれませんか?」
……八月九日。いきなり呼び止められたかと思ったら、セシルさんはそんなことを申し出た。
「……えっ、結婚を前提にお付き合いしてください?」
「言ってませんよ、そんなこと♪」
ビックリしたー、ただの聞き間違いかー。
「これから二週間、実家に帰省しますので甲くんには同行していただきたいのですが」
セシルさんが帰省? 俺が同行?
まったく話の筋が見えなかった。
「何で! ちゃんと説明してくれないと納得できないよ!」
……何故か、ペルシャが食いついた。
「そうですよ! 甲平はケダモノなんですよ! そんなケダモノと二週間一緒だなんて……正気の沙汰ではありません」
……何故か、姫も食いついた。
「よし! 着替えはこれくらいで……あっ、歯ブラシ忘れてた」
「「もう、荷造りしてるーーーっ!?」」
既に着替えやら洗面具を鞄に詰めている俺に、ペルシャと姫がガビーンとショックを受けた。
「 その説明、私が与ろう 」
――そんな俺達の前に一人の男が姿を見せる。
「「――っ」」
俺と姫は慌てて頭を垂れる。流石と言うべきか、セシルさんは既に姿勢を正して頭を垂れていた。
「――お父様っ!?」
その人物をペルシャはそう呼んだ。
(……この人がこんな所に顔を出すなんて)
ペルシャの父に当たる人物、それは――……。
「 アスモデウスメイド長の護衛の件だが、私からも君に直々に命じたい 」
……ペルセウス王国、現国王――サーベル=ペルセウスであった。
「……今回のアスモデウスメイド長の帰省は、この国の存続を左右する程の重要事項だからな」
『ペルセウス王国の存続っ……!』
……そして、国王陛下の口からセシルさんの帰省の真意が語られた。
……………………。
…………。
……。
……俺とセシルさんは、隣国のエーデルハイト共和国の大地を踏み締める。
「……ここがセシルさんの生まれ故郷ですか?」
「はい……とは言ってもペルセウス王国にいた時間の方が長いのですが」
国境線に設けられた検閲を抜けた俺達は、エーデルハイト共和国最南端――アトラの街を歩く。
「……それでアスモデウス邸は何処に?」
「隣街のライラに……ここからだと三十分程で着くと思われます」
三十分、か……それなら少し話が出来そうだな。
「あの、聞きたいことがあるんですが」
「構いませんよ、私の我が儘で甲くんを推薦しましたので」
ちなみに、エーデルハイト共和国に到着するまでの間、俺達は馬車に乗って移動していた為、話をする時間は沢山あった。
しかし、馬車の震動によるセシルさんの乳揺れに目を奪われていたせいで、質問のタイミングを逃してしまったのだ。
「では、お言葉に甘えて」
折角の機会なので、俺は前々から気になっていたことを訊ねようと思った。
「前々から気になっていたんですが……セシルさんはどうしてペルセウス王宮で働くことになったんですか?」
……俺はセシルさんのことを何も知らなかった。
可愛いこと。
優秀なメイドであること。
恐ろしく強いこと。
そんなこと誰もが知っていた。
「そもそもどうして、母国のエーデルハイト共和国から出たんですか?」
「……」
……俺は知りたかった。知る権利があると思った。
何せ、これから重要な任務に挑むのだ。任務の要であるセシルさんの情報は些細なものでも知っておきたかった。
「……わかりました、話しましょう」
セシルさんが真剣な表情で頷く。
「その前に訂正させていただきます」
セシルさんは空を見上げる。夕焼け空、橙色の光がアトラを照らす。
「――私はエーデルハイト共和国を出たのではありません」
空を見上げたかと思えば、すぐに擦れ違う親子を目で追う。
その瞳は何処か寂しげで、羨望の色のようなものを窺えた。
「 私は捨てられたのです――アスモデウス家に 」
……喧騒がセシルさんの言葉を呑み込んでは掻き消してしまった。