第155話 『 常に悔いなき人生たれ。 』
……王都の夜空に次々と花火が打ち上がる。
「……えっ、何で?」
「もう花火の時間だったっけ?」
空を見上げた人々は口々にそう呟く。
「……」
そう――……。
「……」
や っ と 来 た !!
――ただ一人を除いて……。
花火が上がった瞬間、俺の作戦は動き始める。
「ペルシャ、花火がよく見える場所に行こうぜ!」
「うっ、うん」
俺はペルシャの手を引き、当初予定していた場所へと誘導する。
「……」
……勝った。
(……俺達は北地区のターニャ広場へ向かう)
クリスのグループは中心部、ルッセーノ広場へ。
キャンディのグループは西地区、カミーネ広場へ。
セシルさんのグループは南地区、トリスタン広場へ。
姫のグループは東地区、シュトランタ広場へ。
(各々がマッチングしないようにデートコースを設定し、そうなるように誘導・軌道修正を徹底した……!)
誘導する場所は事前に分身に指示してある。
後は花火を見て、時間をずらして王宮へ戻れば作戦終了だ。
(フッフッフッ、我ながら完璧な作戦だ)
俺とペルシャは広場から次から次へと打ち上がる花火を見上げる。
「……甲平くん、綺麗だね」
「ああ」
俺は勝利の花火に酔いしれる。
「知ってる、甲平くん? 建国祭の花火……一緒に見た人はずーっと側にいられるってジンクスがあるんだよ」
「あー、確かに聞いたことはあるな」
何せこの建国祭については、事前に調べ尽くしていたのだから……。
「えっと、わたし……甲平くんと一緒に見れて嬉しかったよ」
「ああ、俺もだよ」
嘘は無い。
偽りも無い。
「……」
……それなのに胸が少しだけ痛んだ。
(……何で……胸が痛むんだよ)
目の前で無邪気に笑うペルシャに対して、俺は後ろめたい気持ちを抱いた。
「 隣に居るのが甲平で良かったです 」
――声が聞こえた。
(……ペルシャじゃない)
それは分身を介して聞こえた姫の声であった。
「今日は甲平と一緒にお祭りを回れて嬉しかったです……だって、私にとって初めてのお祭りでしたから」
「……」
「初めての相手が貴方で良かったです」
「……」
……そこで初めて、初めて俺は姫と祭を楽しんでいなかったことに気がついた。
「……俺は」
……俺は馬鹿だ。
「……甲平くん、何か言った?」
小さく呟いた俺にペルシャが小首を傾げた。
「……ペルシャ……ごめん」
「……甲平くん?」
突然謝罪を告げる俺にペルシャは戸惑っていた。
「……俺、他の人とも建国祭を回る約束をしてて、それを隠す為に影分身で誤魔化したりしてたんだ」
「……」
……俺は本物の馬鹿だ。
やるなら最後まで隠し通せばいいのに、謝るくらいなら最初からやらなければいいのに……。
結局、全部半端なことしか出来ていなかった。
「騙すようなことをして本当に済まなかった」
俺は頭を下げる。
「……」
ペルシャはそんな俺の後頭部を見下ろす。
「……甲平くんの馬鹿」
ペルシャの口から漏れた小さな罵倒……なんて弱々しい罵倒だろうと思った。
「黙ってたらわからなかったのに何で言っちゃうのかな」
「……ごめん」
俺は謝ることしか出来なかった。だから、ただ謝った。
「本当に馬鹿で、スケベで、人でなしで……だけど、それ以上に不器用で、誠実で」
ペルシャの声は徐々に小さくなっていき、すぐにでも消えてしまいそうであった。
「そんな甲平くんだから、そんな甲平くんだったからわたしは――……」
続く言葉は言ってくれなかった。今の俺にペルシャに言葉を催促する権利はなかったので、ただただ言葉を待った。
「…………行ってきなよ。愛紀ちゃんが待ってるんでしょ」
「……ペルシャ」
「わたしなら大丈夫だよ、オルフェウスさんが迎えに来てくれるから」
……まったく、頭が上がらないな。
こんなクズ野郎になんて優しく笑ってくれるのだろう。
「……恩に着る」
「うん、行ってらっしゃい」
俺はペルシャに背中を向けて駆け出し、ペルシャはそんな俺の背中に手を振った。
「ありがとう、ペルシャ」
そんな感謝の言葉はペルシャには届かないだろう。
それでも良かった。それでも言わずにはいられなかった。
「……急ごう、花火が終わる前に」
俺は夜を駆ける。
最初はキャンディ、次にクリス、続いてセシルさん。
一人ずつ詳細を話し、頭を下げた。
キャンディは少し拗ねて、クリスは叱咤し、セシルさんは最初から気づいていたのか特に何も無かった。
それでも、誰も執拗に俺を責めることをしなかった。
良い人達だと思った。その反面、そんな良い人達を騙していたことに胸が痛くなった。
(……いっそのこと、タコ殴りにでもしてくれたら楽だったのにな)
そんなギャグ展開で流してくれた方が気持ちは楽になれたであろう――しかし、それは甘えである。
今日、俺は彼女達を騙したのだ。
今日、俺は彼女達を傷つけたのだ。
……だから、俺は責任を取らなければならなかった。
十五の時に一人の忍として自立して、大人になったのだ。
自分の尻は自分で拭く……当たり前のことだ。
(それでも今は行かなければならない場所がある)
会わなければ、謝らなければならない人がいる。
「――姫っ!」
見慣れた後ろ姿を前に、俺は足を止め、その名を呼んだ。
「……甲平? どうして?」
姫は分身と俺を交互に見ては首を傾げた。
「……姫っ……ごめんっ」
俺は分身を消して、頭を下げる。
「俺っ、姫を騙してたんだっ……!」
「……甲平」
姫は全てを察したのか、とても落ち着いていた。
「本当に済まなかったっ! 今回は無理でもいつか埋め合わせするからっ! だからっ!」
「……」
――ぐにぃー、俺は姫に頬を引っ張られた。
「……ん? んんっ?」
いきなり頬を引っ張られ、流石の俺も反応に困った。
「どうしたのですか、甲平? 何か悪い物でも拾い食いしましたか?」
「……しっ、してないけど」
「――っ!? では、素で人に頭を下げれるようになったのですか!?」
「……」
……失礼だな、オイ。
「俺だって悪いと思ったら素直に謝るよ」
「冗談ですよ、本気にしないでください」
……本当かよ。
「それに、本当に気にしていませんよ。何だかんだ、建国祭自体は楽しめましたし」
「……そうか」
「一体何年一緒にいたと思っているのですか? 甲平の人でなし行為なんて当の昔に慣れっこですよ」
「……」
何というか下げた頭が上がらなかった。
「……それより腹立たしいのは自分自身に対してです」
「……? 何でだよ」
不機嫌そうに口をへの字に曲げる姫に俺は首を傾げる。
「その、私ともあろうものが甲平の嘘を見抜けないなんて、本当に情けないです」
確かに、姫は人の心というか感情を見抜く才能があった。
しかし、今夜の姫は最後の最後まで騙されていたのだ……1/5の知能しかない影分身にだ。
「……大丈夫か? まさか、姫の方が悪い物でも食べたんじゃ」
「そんな訳ないでしょっ! 甲平じゃあるまいし!」
心配する俺の言葉をズバッと否定する……俺も食べないよ、失礼な。
「…………浮かれてたんです」
「……浮かれてた?」
厳格な姫らしからぬ言葉に俺は思わず聞き返す。
「今日のお祭りが楽しみ過ぎて浮かれてたんですっ! って、言わせないでくださいよ、そんなことっ!」
勢いよく言い切った姫は恥ずかしそうにその場にしゃがみこんだ。
「……姫」
俺も膝を立てて座り込み、姫と視線を合わせた。
「何ですか、まだ辱しめたいのですか」
「違うよ、約束したいんだ」
「……約束?」
俺の言葉に姫が伏せた視線を上げる。
「来年、建国祭に行こう。勿論、分身は無しでだ」
「……来年? 建国祭に?」
「ああっ!」
今年の建国祭はもう終わってしまう。俺が終わらせたからだ。
しかし、建国祭は来年もある。
「今年は姫が誘ってくれたけど、来年の建国祭は必ず俺が誘うよ。約束だ」
「……」
――姫が小指を立てた拳を差し出した。
「……約束」
それは蚊の鳴くような声で、ちゃんと聞いてなければ花火の音に掻き消されてしまいそうであった。
「……今度はちゃんと守ってくださいね」
「はっ! 主の仰せのままにっ……!」
そして、俺は姫と小指を重ねた。
指切りげんまん、
嘘吐いたら、
針千本呑ます、
指切った。
――愛紀姫は綺麗で立派な姫になるんだ。そして、俺は天下一の忍者になるんだ
……嘗て、重ねた小指。
――そしたら、俺がお前の忍者になって命懸けで守ってやる、約束だ!
……あれから互いの手は随分と大きくなっていた。
それでも、あの時の想いは変わらない。
――姫を守る。
その契りは悠久の時を経ても変わらない鋼鉄の意志であった。
「約束、絶対ですよ」
「ああ、絶対だ」
最後に一番大きな花火が夜空に咲いた。
それは終わりの合図であった。
……そう、今年の建国祭が終わりを告げたのであった。
「――許可を戴きたく申し上げます」
――ペルセウス王宮、執務室。
ここにはサーベル=ペルセウス現国王陛下と私しか居なかった。
「明日、八月九日より二週間」
私は頭を垂れ、国王陛下はその言葉を静聴する。
「 私、セシル=アスモデウスはエーデルハイト共和国領、アスモデウス家への帰省の許可を戴きたく申し上げます 」
……それは静粛として、整然とした帰省宣言であった。