第15話 『 クロエVS〝鎧〟 』
……瓦解する足場。私と見えない刺客は宙へ放られる。
鋼 糸
――私は〝鋼糸〟を張り、糸の上に乗り、落下を凌ぐ。
「……どこにいますかね」
ガシャンッと、階下へ何かが落ちる音が聴こえた。
「そこですか?」
音からして、甲冑といった防具を着けているようである。
――ダンッッッ……! 見えない刺客が地面を勢いよく蹴り、跳躍した。
私は新たに糸を張り、糸を収縮させ、一挙に移動し、刺客から距離を置く。
(見えない以上、下手に受けられませんね)
何せ見えないのだ。相手が斧なり大剣なりを持っている可能性がある状況で、ガードは危険であった。
何より私の〝蜘蛛の糸〟は火力の高い能力ではない。全身鎧をで守られている今、切り刻むといった攻撃は通用しないであろう。
(相性もあまりよくありません、か)
私は糸の伸縮を利用した高機動で刺客を翻弄した。
刺客も逃げに徹する私を執拗に追い掛ける。
逃げて、追い掛け、逃げて、追い掛ける。まさに、鼬ごっこであった。
(――集中力、切らすな)
……私も私でギリギリであった。
糸の震動等で刺客の位置を捉えながら回避しているものの、刺客が飛び道具を使おうものなら、回避は難しかった。
だから、私は集中した。震動から得られる情報を分析し、刺客の攻撃を捌き続けた。
(そろそろ頃合いですかね)
……そう、私もただかわしているだけではなかった。
(気づかれてはいないようですね、無数の糸を張っていたことに)
私は無数の糸を緩く張っていたのだ。
見えないのであれば、複数の糸を張り、絡まらせ、捕獲する。それが私の狙い。
――ドッッッッッ……! 見えない刺客が飛び掛かる。
「 もう逃げる必要はありませんね 」
私は逃げることをやめ、その場で足を止めた。
「 〝収縮〟 」
――糸が張る。
――見えない刺客が拳を振り抜いた。
籠 の 中 の 鳥
……ギシッ、刺客が私の目の前で静止した。
「 捕まえました 」
見えないが、恐らく私の目の前には鎧の戦士が、無数の糸で拘束されているであろう。
「……皮肉なものですね。身を守る為の鎧のせいで、あなたに絡み付いていた糸に気づけないなんて」
そう、鎧さえ身につけていなければ糸が絡まる感触から察知することができ、拘束されることもなかったのだ……しかし、鎧を身につけていなければ鋼の糸で細切れになっていた為、どうあっても敵は詰んでいた。
「……おや?」
――鎧の戦士から不可視の魔法が解け、その姿を私に晒した。
黄金色の鎧に、巨大な剣、その体躯は私の倍以上あった。
「やっと、姿を晒してくれましたね」
「……〝朧〟め、しくじったな」
初めて、鎧の戦士が口を開いた。
「俺の名は〝鎧〟。暗殺を生業としている者だ」
「そうですか。しかし、名乗っていただいたところ申し訳ございませんが」
……スッ、私はナイフを懐から抜き出した。
「早速ですが、死んでください♪」
――私はそのまま兜の隙間からナイフを突き刺した。
「――っ!」
……馬鹿な、この感触は!?
――虚
……そう、まったく手応えを感じなかった。
兜がズレ落ちて、床の上に転がる。
「……っ!」
目の前の光景に私は驚愕した。
「――無い」
……そう、無かったのだ――黄金の鎧の中身はまったくの空であった。
「ならば本体は
――影が射す。
「――」
私は上空を見上げた。
……そこには黄金の鎧を見にまとった男が拳を振りかぶっていた。
「――」
「死ね」
――間に合え! 反射神経ッッッ!
〝鎧〟が拳を振り下ろす。
――ギュルッ……! 私はその拳の線に沿うように身を翻し、そのまま回し蹴りを〝鎧〟の後頭部に叩き込む。
……黄金の兜が宙へ放られる。
「……これもですか」
不意討ちを仕掛けてきた〝鎧〟も空っぽであった。
……どうやらこれが〝鎧〟の〝奇跡〟のようである。
「……鎧の兵士を召喚し、自在に操る力、ですか」
「 正解だ 」
……新たな〝鎧〟が私の前に現れた。しかも、一体ではなく軽く十体は超えていた。
「だが、少し気が付くのが遅かったようだな」
「……?」
〝鎧〟が頭上を見上げる。私もそれに倣う。
……そこにはお嬢様の部屋があった。
「 貴様ッッッッッッッッッッ……! 」
――私は上階へ糸を張り、収縮されて飛行する。
「通しはせぬよ」
――更に十体もの〝鎧〟が私の進路を阻む。
「……っ! 邪魔だッ!」
「悪いが少しここで足止めをくらってもらおうか」
私は〝鎧〟を凪ぎ払う。しかし、次から次へと新しい〝鎧〟が召喚された。
(……謀ったな!)
……そう、私はまんまと敵の術中に嵌まっていた。
〝鎧〟は自身の能力を隠し、複数の鎧の兵士を出せる能力を隠し、私とお嬢様を引き剥がした。
最初から複数の兵士を操れると知っていれば、私がお嬢様から離れることはなかったであろう。
(まずい! このままではお嬢様がフリーだ!)
しかし、この数の鎧の兵士を突破してお嬢様の下へ辿り着くなど至難の技だ。
(……誰か! 誰か援軍は来ないのか!)
最早、私一人での護衛は不可能なようである。
(誰でもいい! お嬢様の下へ、誰か……!)
……私は祈り、一刻も早く主君の下へ辿り着かんと、無数の糸を張った。
……わたしは今、絶体絶命のピンチであった。
「さあ、こちら来い」
「……っ、来ないでください!」
目の前には鎧の兵士、クロエさんも戦闘中で助けに駆け付けられる状態ではなかった。
わたしは部屋の隅まで退がる。しかし、鎧の兵士はジリジリと間合いを詰めてきていた。
(……誰か! 誰か助けてください!)
わたしは部屋の隅で丸まり、助けを待った。
「無駄な抵抗はよせ。諦めて俺に付いてこい」
……鎧の兵士の手がわたしの方へ伸びる。
――壁に無数の斬撃が走る。
「……えっ?」
次 の 瞬 間 。
――壁を突き破って、一人の騎士が部屋に飛び込んできた。
「 ペルシャ様! お怪我はありませんか……! 」
「クリスちゃん……!」
……そう助けに来てくれたのだ。
わたしのたった一人の幼馴染みで、
わたしの最も信頼する騎士、
……王国近衛騎士団、騎士団長――クリス=ロイスが助けに来てくれたのだ。