第151話 『 恋せよ! 建国祭!! 』
――建国祭。
……八月七日、ペルセウス王国では毎年建国を祝う祭が催されるらしい。
主に王都を中心に催され、老若男女あらゆる位の人間が集まり、呑んだり、食べたり、踊ったりと国民全員が参加するイベントだとか……まあ、セシルさんからの受け売りだが。
「伊墨くんは誰かと回る約束とかしとるん?」
中庭。一緒に王宮で働くメイドさんウォッチをしていたロキが、双眼鏡を構えたまま話し掛けてくる。
「……回る? 何の話だ?」
俺もロキ同様に双眼鏡で働くメイドさんを観察しながら、ロキと会話を交わす。
「はあー、この時期に回る言うたら建国祭に決まっとるやろ」
「あー、建国祭ね」
山奥育ちでそういった類いのイベントとは縁がなかった為、経験も約束も特には無かった。
「無いけど……ロキは?」
「あったら仕事サボってメイドさんウォッチなんてしとらんわ」
男二人で美女観察、何とも虚しい時間である。
「まあ、モテないもん同士仲ようしようや」
「はあ、そう言って抜け駆けしたりすんなよ」
俺達は悩ましげに溜め息を吐き、引き続きメイドさんウォッチを満喫する。
「 甲平、こんな所にいましたか 」
……聞き慣れた声が俺を呼ぶ。
「……姫か」
「いけませんよ、またサボっているんですか」
声の主は我が主――火賀愛紀姫であった。
「すまんすまん、ちょっと休憩していただけなんだ……それで何の用だ」
※)ちょっと=一時間
「べっ、別に大したことではないのですか、その」
俺の問い掛けに、何故か姫は頬を赤く染め、言葉を詰まらせる。
「こっ、甲平は建国祭、そのっ、誰かと一緒に回る約束とかしていませんか?」
「建国祭? 別にフリーだけど」
「ほっ、本当ですかっ?」
姫が嬉しそうに花が咲いたような笑みを浮かべた。
「その、暇でしたら私と一緒に回りませんか(///」
「いいぜ、暇だしな」
「やったーーーッ…………こほんっ、七日の夜楽しみにしています」
姫が一瞬だけ万歳するも、冷静になったのかいつものポーカーフェイスに戻る。
「それでは私はこれで……甲平も真面目に働かないと駄目ですよ」
「ほーい」
姫は去り、俺とロキは二人だけになる。
「……」
「……」
見てる!
「……」
ロキが見てる!!
「……」
舐めるように見てる!!!
「何だよ、ロキ。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「……裏切り者」
「はっ?」
「こんの裏切り者がーーーーーッ!」
――バコーンッ! ロキの怒りの鉄拳が俺の頬に叩き込まれた。
「アイタァッ! てめェ、やったなァ!」
――ドスコーイッ! 俺のヒップアタックがロキを吹っ飛ばす。
そして、俺とロキの壮絶な殴り合いが始まった。
……五分後。
「 何をやっている馬鹿者ッ! 」
……俺とロキが胸ぐらを掴み合っている所にクリスが駆けつけてきた。
「他の者から通報があって来たのだが、何が原因で喧嘩なんてしているのだ!」
「裏切りや」
「正当防衛だ」
俺達は端的に答えて、殴り合いを再開する。
「待て待て待てェーーーい! だから、喧嘩するな馬鹿者ッ!」
「ギェッ!」
「ぐぇっ!」
クリスの鉄拳制裁により俺達は一時的に拳を収める。
「取り敢えず落ち着け、貴様もロキさんも〝王下十二臣〟として少しは落ち着きを持って行動しろ」
「すっ、すまない」
「面目あらへん、クリスちゃん」
クリスに嗜められ、俺達は素直に頭を下げる。
「わかればいい…………そうだ伊墨、ちょっといいか?」
「……ん? 何だよ」
クリスが去り際に振り向き、俺を呼び止めた。
「その建国祭、誰かと回る予定とかあったりするか?」
「……建国祭だって?」
姫につい先程誘われたんだったな。
「あー、建国祭だけどな」
「――いや、別に貴様を誘おうとなどとは思ってはいないが……そのっ、建国には思い出があってな」
姫と先約がある、と言おうとしたがクリスの言葉に遮られてしまう。
「フェリスとまだ仲良かった頃に何度か行ってな……その、花火が綺麗なんだ。だから、折角だからっ」
「……」
何で、そんな断りづらくなるエピソード挟むの? もう行くしかないじゃん。
「わかった、一緒に花火を見に行こう!」
「えっ、でも他に予定は?」
「うるせェ、行こう……!」
俺は戸惑うクリスの言葉を一刀両断して、一緒に花火を見る約束を取り付けた。
「いっ、いいのか? 私なんかと」
「水臭いこと言うなよ、一緒に寝食を共にした仲だろ」
「寝食を一緒にィッ!!?」
俺の言葉にロキが目を見開く。
「説明しろッッッ! 伊墨ィィィィィィィィッッッ……!」
ロキは俺の胸ぐらを掴み、もの凄い剣幕で問い質す……オイ、関西弁忘れているぞ、似非関西人。
「済まない……俺は確かにクリスと一緒に飯を食ったし、風呂にも入ったし、同衾もした」
「――っ!!? 同衾だどぉッ!?」
ロキはもう自分のキャラを見失っていた。
「そして、抱いた」
「――」
「貴様ァ! テキトーなことを言うなァ!」
ロキは白目を剥いて倒れ、クリスが顔を赤くして俺の口を塞いだ。
「……気を失ったか、大袈裟な」
俺は白目を剥いて気を失っているロキを中庭のベンチに寝かせて放置する。
「いっ、伊墨。それで花火の件だが」
「おう、楽しみだな!」
「あっ、ああ(///」
祭も花火も初めてなので楽しみであった。
「私はこれからミーア様の護衛があるから失礼する。貴様もしっかり働けよ」
ミーア様とはペルシャの妹であり、ペルセウス王国王位継承権第四位にして第二王女であった。
「へーい、わかってるよ」
流石に二時間近くサボっていたので、そろそろ仕事に戻らなければならなかった。
ちなみに、俺の今日の仕事は庭の草むしりであった……〝王下十二臣〟の一人なのに草むしりが仕事っておかしくない?
「……ダルいけどやるかー」
俸給も貰っているし、あまりサボってばかりだと減俸の可能性もあり得た。
という訳で俺は一人庭園の草むしりをする。
ぶちっ
「……」
ぶちっ ぶちっ
「……」
ぶちっ ぶちっ
ぶちっ ぶちっ
「……」
地味過ぎィィィィィィィィィッ! 飽きちゃったよォォォォォォォォッ!
飽きた俺は印を結び、一面の雑草に向き合う。
「火遁――……」
火 龍 熱 焼
――轟ッッッッッッッッッッッッ……! 一面の雑草は一瞬で業火に呑み込まれる。
「最初からこうすれば良かっ……ん?」
燃える。
燃える。
雑草も、花も、樹も――燃える。
「……すっ」
やり過ぎた。
「水遁ンンンンンンンッッッ……!」
……俺は急いで大量の水を吐き出して鎮火した。
「…………これは酷いな」
焦土と化した庭園を前に俺は呆然と立ち尽くす。
「……どうしよう、これメッチャ怒られる奴じゃないか」
教訓、火遊びは危ない。
「 これは何事なの? 」
――俺の背後にキャンディが立っていた。
「うわぁっ!? キャンディ、急に後ろに立つなよっ!」
何というか、まあ心臓に悪かった。
「……それより、この荒れ地はどうしたなの?」
「……」
「黙ってないで説明しろなの」
「フハッ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
「笑って誤魔化すななの」
「……」
駄目かー、キャンディでも簡単には誤魔化されないかー。
「そういえばもうすぐ建国祭があるみたいだな」
「だから、誤魔化すななの」
「一緒に回ろう、奢るぜ」
「行くのっ!」
……やっぱりガキはチョロいぜ。
キャンディは満面の笑みでスキップしながら立ち去った。
「……にしても困ったぜ」
キャンディが立ち去った後、俺は独り頭を抱えた。
どうやら俺は、建国祭を姫とクリスとキャンディの三人と回らなければならないようであった。
果たして俺に、三人の女性を同時にエスコートして満足させる力量があるのだろうか?
「……」
……ちょっとキツいんじゃね?
俺の身体は一つしか無いのだ。それに同時にデートなんて、女性からしたら憤慨ものだろう。
(考えろ、この局地をどうやり過ごすのかを……!)
「 甲平くーん! 何してる――って何この惨状っ!? 」
俺を見留めたペルシャが駆け寄り、目の前の焼け野原に驚愕する。
ええい! この余裕が無いときにィ!
俺は急遽現状を誤魔化さなければならなくなった。
「まさか、これ! 甲平くんがやっ
「ペルシャ! 一緒に建国祭に行こう!」
「建国祭! わたしが甲平くんと?」
「ああっ!」
我ながら芸が無い。キャンディと同じ手を使うことになるとは……。
とはいえ、ペルシャはキャンディよりも大人だ。果たして同じ手が通じるかどうか……。
「行く! 絶対に行くよ!」
うん、やっぱチョロいはコイツら。
「じゃあ、また近くなったら細かいことを決めような」
「うんっ、すっごく楽しみに待ってるから!」
「……」
ペルシャが何一つ疑いの無い純粋な笑みを浮かべる……四股しているなんてとてもじゃないが言えなかった。
それから少し話して、ペルシャはお稽古があるからと自分の部屋に戻っていった。
「……」
うわぁ~~~~~っ! どうしよう! どんどん収拾つかなくなってきたよ~~~~~っ!
てか、これが彼の有名なモテ期かー。嬉しいけど急に来ても対応できないよこれー。
「……それよりこの焼け野原を早く何とか隠蔽しないとな」
四股も大概であるが、目の前の惨状も無視できるものではなかった。
「取り敢えず現状を改善をしようがないから、どうやって罪が軽くなるのかを考えよう」
ここにアリシア=レッドアイがいれば、奴の〝奇跡〟でこの荒れ地に再び命を吹き込めたが、もういない人間に頼っても仕方がなかった。
なので、燃やしてしまった事実をそのままに、火を点けた理由を偽装しようと思った。
(……流石に草むしりで楽しようとして火遁を使ったなんて、同情の余地がなかっ
「 あら、甲くん。もう草むしりは終わりましたか? 」
――セシルさんが俺の背後に立っていた。音も無く。
「うわっ! セシルさんっ!?」
何故、揃いも揃って気配を消して人の背後に立つのだろうか?
「あらー? この焼け野原は甲くんが?」
当然、嫌でも目の前の焼け野原に目線が留まる。
仕方ない! ここはこれしかない!
「セシルさん! 一緒に建国祭を回りませんか!」
「建国祭ですか? 甲くんと一緒に?」
「はい!」
俺は食い気味に誘いを申し出る。
「……」
「……」
……一瞬の緊張。
「勿論構いませんわ♡ 甲くんとのデート♡」
……と、
通ったァァァァァァァァッッッ……!
「ありがとうございます!」
「いえいえ、いいんですよ♪ 私も建国祭で何方かと回りたかったので♪」
セシルさんは花が咲くような笑みを浮かべる。
……可愛い。結婚したい。
「 それはそれとして、庭を燃やした責任はしっかり取ってもらいますから♡ 」
「……」
……………………あっ。
「……………………はい」
……セシルさんはチョロくなかった。可愛いけど。
「それでは建国祭楽しみしてますね♪」
「……はっ、はい」
焼けた庭を修繕する対応の為に立ち去るセシルさんとそれを見送る俺。
……そんな訳で、俺の五股での建国祭参加が決まったのであった。