閑話休題 『 デッドorコンパニー 』
……ラビが死んだ。というか寝落ちしていた。
「どうしたんだよ、まだ酔い潰れる程呑んでないのに」
明らかにおかしかった。まだ、合コンが始まって一時間も経っていないのに酔い潰れるなんて違和感しかなかった。
そもそもさっきまで普通に談笑していて、泥酔している素振りなど見当たらなかった。
(――待て、このエールまさか)
俺はラビの飲み掛けのエールに指を入れ舐める。
(……っ! この味はっ!)
……およそ常人には気づけない程に希釈された睡眠薬の味がした。
誰かがラビのエールに仕込んだのだ――睡眠薬を!
(一体、誰がっ! 何の為にっ!)
どうやらこの中に、楽しい合コンに水を差そうとしている輩がいるようであった。
俺は周りを見渡す。
「おやおや仕方ないなぁ、グラスホッパー卿は(ニヤニヤ」
「勿体あらへんなぁ、こんな楽しい合コンで寝てまうなんて(ニヤニヤ」
……レオン様とロキがメッチャ悪い顔をしていた。
コイツ等だッ!
コイツ等が犯人だッッッ!
(この二人、自己紹介の手応えが微妙だったからって、他のメンバーの足を引っ張ろうとしてやがる!)
クズ!
まさしくクズの所業であった!
まさか、味方だと思っていた奴等が敵になろうとは思いも寄らなかった。
「……まずいぞファルス、お前も危険かもしれない」
俺はラビ同様に自己紹介で第一印象の良かったファルスに警告する。
「……って、お前は何しようとしてるっ!」
俺は女子グループのエールに何か入れようとしていたファルスの腕を掴んで問い質す。
「毒薬」
「こっちの方がやべェ!」
……眠らせるとかそういうレベルではなかった。
「大丈夫だよ、甲平くん」
「……ペルシ……じゃなくて、ペルーニャ」
ペルシャが俺の肩に手を置き諌める。
「それ、ただの下剤だよ♪ 飲んだら丸一日トイレから出られなくなる程度の効果しかないよ♪」
「下剤だよ♪ じゃないよ! 鬼畜かよ!」
何でコイツ等、こんなに殺意に溢れてんだよ! 普段は変人であっても優しい奴等だったじゃないか!
それが今はどうした? 睡眠薬は盛るわ、毒薬は盛るわ、下剤は盛るわ……もう正気の沙汰ではなかった。
「まあ、ええやないか……それより王様ゲームやらへん?」
「いいね! 皆でやろうよ、王様ゲーム!」
「この状況で王様ゲームするの滅茶苦茶怖いんだけど!」
ただでさえ何をするのかわからないゲームに、何をされるのかわかったものではなかった。
「王様ゲーム殺りたい人、手を挙げて! はーい!」
何かやりたいの発音おかしかったんだけど! 何か殺意に溢れていたんだけど!
「……やっぱり、やめよ
「ほーい、僕もやりたいでーす」
「ボクもやろうかな」
「いいね、楽しそうだね」
ペルシャの提案にロキやファルスも挙手して賛同し、俺の意見を揉み消す。
数の暴力! 残酷なまでに民主主義!
「楽しそー♪ やるやるー♪」
「王様ゲームなんて超久し振りー♪」
何も知らない女の子達は呑気にもノリノリであった。
「甲平くんもやるよね、王様ゲーム♡」
「……おっ、おう」
……どうやら逃げ場は無いようであった。
『王様だーれだ!』
……各人はくじを引き、息を合わせて決まり文句を口にする。
「わたしだーーーッ!」
ペルシャが〝王〟と書かれたくじを一同に見せつける。
(……ルールは大体理解した)
くじによって各人は番号か王を掌握し、王様は番号に対して命令することができ、指定された番号は王様の命令に従わなければならない……これが王様ゲームの概要であった。
(……王様はペルシャ……俺の番号は三番か)
番号は王様のペルシャを除いて一番から九番まである。要はペルシャが俺の番号を当てなければどうということはなかった。
そうそう指名されることなんてないだろうと俺は鷹をくくる。
「 じゃあ、三番が王様にハグをして「愛してる」って囁くーーーッ! 」
何故だァ!?
何故、ピンポイントで俺を当ててくるッッッ……!
(どういうカラクリかはわからないが、ペルシャは俺の番号を見破って――はっ!)
そこで俺は気付く。
……俺の背後に鏡があったことにっ!
(やられた! 流石は軍師モードのペルシャ! とんでもない観察眼だ!)
俺はペルシャの本気に戦慄し、すぐに鏡を叩き割った。
「なあ、ペルシ……ペルーニャ。もう一回くじを引き直さないか?」
「王様の言うことはぜぇーたい♡」
……王様じゃなくて詐欺師だろ。
しかし、もうやるしかなさそうというか、もうやらなければならない空気になっていた為、観念して命令を実行することにした。
「じゃっ、じゃあ行くぞ」
「うっ、うん(///」
俺はペルシャと向かい合い、視線を交わす。
「……(ドキドキ」
「……(トゥクン」
「……(ドキドキ」
「……(トゥクン」
恥ずかしいーーーーーッ! 思っていたのより三倍恥ずかしいーーーーーッ! 穴があったら入りたーーーーーいッ!
俺は恥ずかしそうに俯くペルシャの前で静止する。
「……こっ、こーへーくん(///」
「……っ」
てか、ペルシャってこんなに可愛かったっけ、いや可愛かった気がする! いつもの変態行動で忘れがちだったけど!
行くか!
行くしかないのか据え膳ンンンッ!
……そして、時は動き出す。
――俺は意を決してペルシャを抱き締めた。
メチャクチャ柔らかーーーいッ! あと何か凄く良い匂いがするーーーッ! たぶんラベンダーーーッ!
……しかし、王様の命令はこれだけではない。
ハグの後は、ハグの後は――……。
「 愛してる、もう二度と離さないっ……! 」
愛 の 告 白 !
(どうだ、ペルシャ! これで満足かっ!?)
もう恥ずかしくて恥ずかしくてどうにかなってしまいそうであった。
「……………………ぷっ」
「……ぷっ?」
ペルシャの謎の呟きに俺は首を傾げる。
「ぷしゅぅー……(///」
ペルシャが顔を真っ赤にして、鼻血を垂らし、その場で倒れた。
「ペルシャ……じゃなくて、ペルーニャーーーーーッ!」
恥ずかしさの臨界点を越えたのか、ペルシャは気を失っていた。
「策士、策に溺れる――だね♪」
ファルスが微笑し、得意気に呟く。
「それじゃあ、王様ゲームを続けようか」
「でも、ペルーニャは?」
「その辺に寝かしておけばいいんじゃない」
「……」
……一応、俺達が仕える主君なんだが。
――ペルシャ=ペルセウス! ゲーム開始時間僅か三分で脱落!!
『王様だーれだ!』
眠りにつくペルシャを放っておき、王様ゲームは続行される。
各人はくじを手にお決まりの掛け声を合わせる。
「 僕だね♪ 」
……王様はファルスだった。
(……何かもう嫌な予感しかしないな)
俺は五番のくじを見られないように手の中に隠した。
今回は鏡の対策は万全だ、簡単にはくじの中身は見られないであろう。
「 五番が王様と普通にキスをする♪ 」
「何でだよッッッッッッ!?」
またもピンポイントで当てられ、俺は堪らず突っ込んでしまう。
「何で俺の番号がわかったんだよ! ねえ、何でっ!?」
「 直感 」
シンプル過ぎて逆に恐いっ!?
――ドンッ! ファルスが俺の背後の壁に手を当て、俺に覆い被さる。
「逃がさないよ♪」
「うわぁっ!?」
ファルスの瞳には俺しか映っていなかった。
「…………わかったよ、すればいいんだろ、接吻」
どうやら逃げ場は無さそうであり、俺は観念して、命令を受け入れる。
「物分かりのいい君も可愛いじゃないか」
「早くしてくれ、周りの視線が痛い」
合コンメンバーだけではなく店中から視線が集まる。一部は目を輝かせながら俺達の接吻を待ちわびる……世界には色んな人間がいるようだ。
「大丈夫、痛くはしないよ」
キスだよな! 痛くなる要素ある!?
「……ああ」
ファルスの手が俺の顎に添えられる。
「……」
『……おぉ(ざわざわ』
「……」
『……おぉ(わくわく』
誰だよ! わくわくしてる奴!
瞳を閉じる俺とファルス。
迫り来る唇と吐息。
そして――……。
――接吻ッッッッッッ! 正真正銘の接吻ンンンッ……!!!
ああ、さよなら。
俺のセカンドキス……。
「……」
「……」
唇を交わすこと十秒、俺はファルスの唇から唇を離す。
「……ファルス」
「……伊墨くん」
――ファルスがその場で崩れ落ちた。
「 俺の勝ちだァ 」
……そう、俺はただ接吻をしただけではなかった。
(……キスは免れなかった。だから、せめてもの悪足掻きをさせてもらった)
盛ったのだ!
( 睡眠薬をなッッッ……! )
ファルスとキスをする直前に液状睡眠薬を含み、接吻時に口内の睡眠薬をファルスへ移したのだ。
まさに悪魔! 悪魔的策略!
「……流石は……僕の伊墨く……………………」
「お前のじゃねェよ」
……静かに力尽きるファルス。
――ファルス=レイヴンハート! ゲーム開始僅か七分で脱落!!
「よし、皆! 王様ゲーム再開しようぜ!」
邪魔者を排除した俺は笑顔でそう提案し、エールを勢いよく飲み干した。
「――」
……………………あっ。
(……俺としたことが見落としていた!)
そう、俺が呑んだのは女性陣のエールであった。
そのエールは何者かによって俺のエールと入れ替えられていたのだ。
そして、女性陣のエールは――……。
――ぎゅるるるるるるるるるるるるるるるるぅぅぅっ!
……ペルシャが下剤を入れたエールであった。
(お腹ッ! お腹ァッ! お腹がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ……!)
腹痛!
便意!
それらが同時に押し寄せる! 餌に群がる蟻のように! 勇敢な突撃兵のように!
(――誰だ! 誰がこんなことをぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ……!)
俺は一番怪しいロキとレオン王子の方へと疑いの視線を向ける。
――笑み。
……それは暗く、歪んだ笑みであった。
(……何か呟いた?)
俺の超聴覚が二人の呟きを捉える。
計 画 通 り ィ !
……クソだ、コイツ等二人揃ってクソ野郎だ。
(……この便意、恐らく一度トイレに入れば二時間は出られないであろう)
そうなれば実質ゲームオーバー、俺の初めての合コンは終わってしまう。
(――嫌だ!)
脳裏を過るのは、俺の居ない合コンで楽しそうに女の子達と呑み騒ぐロキとレオン王子。
……それは断じて許せなかった。
(だが、どうする! いくら俺が天才忍者と言えど便意には勝てないぞ!)
最早、いつ漏らしてもおかしくはなかった。
(……………………いや、待て!)
――光明見えた。
(これなら合コンを終わらせられる! 奴等の悪事を挫くことができる!)
しかし、それは諸刃の剣、極限まで己を削った決死の作戦であった。
それでも俺は決死の覚悟で椅子から立ち上がる。
「……? どうかしたの伊墨さん?」
隣に座る女の子が怪訝にこちらを見上げる。
「……」
俺は瞳を閉じ、両手を広げる。
お父さん。
お母さん。
俺、やるよ。
「……………………えっ、何この臭い?」
「……くさっ」
店内が一瞬にして異臭によって汚染される。
「この臭い……まさかっ!?」
ロキが信じられないという顔で俺を見る。
「伊墨くん、嘘やろっ! 嘘や、嘘やと言うてくれっ!」
「……ふっ」
詰め寄るロキにも俺は至って平静に笑った。
……そして、しばらくして合コンはお開きとなった。
俺は己の尊厳とふんどしを犠牲にして、この悪魔のような合コンを終わらせたのだ。
そして、その帰り道ふと思う。
――もう、二度と合コンには行かねェ。
……そんなこんなで、俺の最初で最後の合コンは終わりを告げたのであった。