第149話 『 夕陽が目に染みた 』
「……もう終わったのか」
……来店から一時間、伊墨は既にいつもの忍者装束に着替えていた。
「ああ、十体の影分身で働いていたから十倍の時給を稼げたからな」
「便利だな、忍術」
私も影分身の術を使えるが精々2~3体が限界である。流石とも言うべきか、忍術に関しては伊墨の方が一枚に二枚も上手であった。
「それでクリスはこれからどこか行きたい所とかあるのか?」
「……行きたい所か? 何故、そんなことを訊くのだ?」
私は伊墨の不可解な行動に質問を質問で返す。
「いや、暇なら同行しようかなって」
……何故? と、伊墨の返答に心中で首を傾げた。
「何の理由があって、私と貴様が一緒に行動しなければならないのだ」
無論、思っているだけでは疑問は解消されないので率直に真意を言及する。
「要るか、理由? 俺はただお前と一緒に王都を回りたいと思っただけなんだが」
「……私と王都を回りたい、だと?」
伊墨の考えはわかった。しかし、理解は出来なかった。
(……王都を一緒に回りたいなんて、まるでデートみたいではないか)
……ん、デート?
……デート?
(――まさか、これはデートなのか! デートのお誘いなのかっ!?)
……クリス=ロイス(16歳)、彼氏いない歴=年齢であり、当然デートもしたことがない。
(これが伝説とまで言われたデート! 都市伝説ではなかったのか!)
一度意識してしまえば、もう意識せざるを得なかった。
もう私の頭の中には〝デート〟の三文字に呑み込まれてしまったのだ。
「で、どうするんだ?」
ずいっ、と伊墨が覗き込むように顔を近づける。
ちっ、近っ!? 顔、近いっ!?
「ぬわぁーーーーーーーッ!」
「ゴフーッ!」
私はテンパってしまい、思わず伊墨の顔面を殴ってしまう。
「…………ハッ、済まない! 悪気はなかったんだっ!」
「……いや、大丈夫だ」
伊墨は何とも無いように立ち上がる……相変わらずの頑丈さである。
「それで質問の返事なんだが」
「行く! 行くからあまり近づかないでくれっ!」
「えぇー……そんなに邪険しなくても」
……という訳で、私の人生初のデートが始まるのであった。
……………………。
…………。
……。
……私と伊墨が最初に訪れたのは装飾品専門店であった。
「……お前もこんな所に来るんだなー」
「悪いか、私も女子なんだぞ」
「いや、悪かねェけど、ただちょっと意外に思っただけだよ」
店内を彩るのは色とりどりの宝石をあしらった指輪やネックレス・ピアスであり、それらを販売する店員も、店の内装も気品溢れる雰囲気であった。
「まあ、お前よりも俺の方が場違いだがな」
「まあ、そうだな」
私はともかく、忍者装束の伊墨は場近いにも程があった。
「それより何か買うんだろ、俺は店の外で待ってるから」
伊墨は気不味くなったのか、店外に出たそうにしていた。
しかし、私はそんな伊墨の腕を掴んで引き留める。
「待て……その、えっと、折角だし私に似合いそうな物を選んでくれないか」
「……マジで」
「マッ、マジだっ(///」
……何だろう、凄く恥ずかしいことを言っている気がするぞ。
「……まあ、そこまで言うならいいけどよ」
伊墨も少し恥ずかしそうに頷き、ショーウィンドウの中身に目を通す。そして、真剣な眼差しで色鮮やかなそれらを吟味する。
「……」
私はそんな伊墨の横顔を見つめてしまう。
(……真面目な顔をしているときは格好いいんだがな)
残念なことにこの顔は大変珍しいものであり、基本は鼻の下を伸ばしているか、鼻の穴を開いて興奮しているか、最悪鼻血を滴らせていた。
(…………って、私は一体何を考えているのだァーーーーーッ!)
私は心中で自分の頭をぽこぽこ叩いて、自分自身を諌める。
(この男は伊墨甲平なんだぞ! 変態助平倫理崩壊非常識空気読めない忍者、伊墨甲平なんだぞ!)
そんな男に対して劣情を抱くなど、あってはならぬ! 断じてならぬ!
――心臓、ドキドキ……。
(って、何だこのドキドキはァーーーッ!)
しかし、意識して抑えようとすればする程、胸の高なりは加速する。
どうやら、私はおかしくなっているようであった。
「 クリス! これなんてどうだ! 」
――っ!? あー、ビックリした! 急に話し掛けられてビックリしたァッ!
「……なっ、何か良いのが見つかったのか?」
私は伊墨の指差す方向を見留める。
「滅茶苦茶カッコいいだろ、ヤバくないか!」
ドクロッ!
十字架ッ!!
ドラゴンっぽい何かッ!!!
……私は目の前にある〝それ〟を見て言葉を失う。
「どうだ? 絶対似合うと思うんだが!」
「……」
「試しに着けてみようぜ!」
「……」
……意気揚々にアクセサリーを見せつける伊墨を見てわかったことがある。
――伊墨のセンスはヤバい。
……ということであった。
……………………。
…………。
……。
……装飾品専門店を出た私達が次に訪れたのはブライダルショップであった。
「何でブライダルショップ! お前、結婚すんのかよ!」
流石の伊墨も予想外だったのかツッコミを入れる。
「いや、私も女子だからな、こういった店に来て、結婚式をする妄想するのだ」
「全国の女子はそんなことしてるのっ!」
してません。たぶん。
「しかも、結婚ってお前……まだ、ペルシャのこと諦めてないのか」
「見るな! そんな可哀想なものを見るような目で見るな!」
……憐れみの視線が痛い。
「……昔、この店に来たんだ。その、フェリスと二人でな」
「……フェリスと?」
母の買い物へ二人で付いていったとき、退屈しのぎに足を運んだのだ。
――お姉ちゃーん、見て見てー! 似合うかな?
――うん、本物のお嫁さんみたいだ!
ウィンドウの前でウェディングドレスを眺めていたら、店員のお姉さんが子供用ドレスとケープを着せてくれたのだ。
さっき行った装飾品専門店もそうだ。昔、フェリスと一緒に足を運んだ場所であった。
この都にいるとフェリスとの思い出が沢山蘇る。それはけっして辛いことではなく、懐かしくて優しい気持ちになれた。
「……」
「……」
私は懐かしさに目を細め、伊墨がその横顔に視線を向ける。
「……何だ、伊墨。私の顔に何か付いているのか?」
「別に……そうだ、気になるんなら試着でもしてみるか?」
「試着だとっ!?」
試着というのは試しに服を着ることを言い、それは通常、いつか着る予定のある者がする行為である。
(……ウェディングドレスを試着するということは、つまり結婚する予定があるということだぞっ!)
結婚?
私が?
「想像できぬ~~~~~っ!」
「あっ、店員さん。試着させてもらってもいいですか?」
「――もう話進めてるっ!?」
……私が頭を抱えて悶えてる隙に、伊墨は店員と勝手に話を進めていた。
チクタク、チクタク……。
――15分後。
「……おおー、中々良いんじゃないか」
……ウェディングドレスに着替えて戻ってきた私に、伊墨が感嘆の声を漏らす。
「そっ、そうか(///」
「そうだぞ、少しは自信持てよ。お前、見た目は可愛いんだからさ」
「かっ、可愛いだとぉっ!」
急に可愛いとか言われると照れる!
「おっ、お前も意外に似合ってるぞっ、意外にだけどな!」
「なんだよ、今日のお前おかしくないか」
「そっ、そそそそっ、そんなことはないっ!」
伊墨の言う通り、今日の私は何だか調子がおかしかった。
冷静じゃなかった、感情的になり過ぎてしまっていた。
「よしっ、記念撮影しようぜ!」
「記念撮影だとぉっ!」
「はーい、カメラの方見てくださいねー♪」
「店員さんがもうカメラ構えてるっ! 仕事が早い店員だったっ!?」
カメラを構える店員、隣でポーズを決める伊墨……ここまで来たらもう写真を撮る他に選択肢が残されていなかった。
もうなるようになれ、と私はやけくそ気味にカメラの方に目線を向ける。
「はい、チーズ♪」
――カシャッ、シャッター音が鳴り響く。
「……なあ、クリス」
「何だ、伊墨」
隣に立つに話し掛けられ、私は伊墨の顔を見上げる。
「冷静に考えて、付き合ってもいないのにこの格好でツーショットはかなり恥ずいな(///」
……耳まで真っ赤であった。
「今更冷静になったのっ!」
そうツッコミを入れる私の顔も朱に染まっていた。
「じゃあ、着替えるか」
今更恥ずかしくなったのか、伊墨は撮影会を打ち切り、更衣室へ向かおうとする。
「――待て!」
――しかし、私はそんな伊墨の腕を掴んで引き留めた。
「……なっ、何だよ」
急に腕を掴まれ、戸惑う伊墨。
「いや、店を出る前に頼みたいことがあるんだが……」
「……頼みたい、こと?」
「ああ、それは――……」
すっとんきょうな声を溢す伊墨に私は〝頼み事〟を話した。
チクタク、チクタク……。
――20分後。
「ペルシャちゃーーーん! ペルシャちゃんだぁーーーっ!」
……私は興奮気味に飛び上がる。
「……こんなのでいいのかよ」
「黙れ、喋るな」
「……」
私の一喝が伊墨の低い声を遮る。
「まさか、ペルシャちゃんとこんな写真を撮れるとは夢にも思っていなかったぞ!」
今の私はタキシードを身に付けていて、伊墨はウェディングドレスに身を包んでいた。
……伊墨のウェディングドレス? 普通ならグロテスクな産廃にしかならないだろう。
(しかし、伊墨は忍術のエキスパートだ!)
変化の術を使えばペルシャ様に姿を変えることなど朝飯前であった。
そう! 今の伊墨はペルシャ様の姿に化け、ウェディングドレスに身を包み、タキシード姿の私の横に立っていた!
「さあ、店員さん! 記念撮影をお願いします!」
私の催促により、店員さんは引き気味にカメラを構える。
「ああ、こんな日が訪れようとは……生きてて良かった!」
「……これでいいのか、クリスよ」
「黙れ、ハゲ」
「……」
――カシャッ、シャッター音が店内に鳴り響く。
……この日、私は一生ものの宝物を手に入れた。
……………………。
…………。
……。
「いつまでにやにやしながら写真を見てんだよ」
「いいだろ、どんな顔で写真を見ようが私の勝手だ」
……夕暮れ、私と伊墨は町外れの原っぱを歩いていた。
「……てか、どこに行こうとしてんだよ。この辺は全然人気がねェんだが」
私達が歩く度に王都が遠退いていき、同時に人気もなくなっていった。
「……最後に行きたい場所があるんだ」
私が目指す場所はもうすぐそこまで迫っていた。
「悪いが少しだけ付き合ってくれないか」
「良いも悪いも、端からそのつもりで同行しているんだが」
「……ありがとな、伊墨」
私は柄にもなく謝辞を呟き、目的地を目指す。伊墨もその背中を何も言わずに追従する。
――そして、無言で歩くこと五分。私と伊墨は足を止めた。
「ここが最後に行きたかった場所か……凄ェ、景色だな」
「……ああ」
涼やかな風流る丘の上。
夕陽が地平線から顔を覗かせる。
「……ここが私が最後に行きたかった場所」
――花
……そこは一面の花畑であった。
「 そして――昔、フェリスと一緒に遊んだ場所なんだ 」
橙色に染まる草花。
蘇るは懐古の記憶。
……私は泣いていた。