第146話 『 素敵な明日 』
――ごめんなさい。
……やっと言えた謝罪。
……ずっと言いたかった言葉。
(……ちゃんと伝わったかな)
許してほしくないと言えば嘘になる。散々酷いことしたのに虫の良い話であった。
(……仲直り……出来たのかな?)
……だったらいいな。
(……戻れるのかな……あの頃に)
あの頃に……。
あの温かくも優しい日々に……。
――暗闇に光が射し込む。
「……わたし……眠っていたの?」
「フェリス! 良かった、目を覚ましたのか!」
……開かれた視界からお姉ちゃんが顔を覗かせた。
「起きて大丈夫なのか? 血は止まっているが、あまり動かない方がいいぞ」
「……あははっ、お姉ちゃん、心配しすぎ」
必死な顔で身を案じてくれるお姉ちゃんがおかしくて思わず笑ってしまう。
「いいだろう、心配するぐらい……その、姉妹なんだから」
「……っ」
何気ない一言にわたしは胸を締め付けられてしまう。
「それにペルシャ様にちゃんと礼を言うんだぞ、お前の怪我を治してくれたんだからな」
「……ペルシャ様? 本当だ、治ってる」
わたしは身体を見下ろす。お姉ちゃんの言う通り、わたしの傷は見当たらなかった。
しかし、失血からの立ち眩みやとてつもない疲労感が残っていた。
「その、ありがとうございます」
わたしはペルシャ様の方を向いて頭を下げた。
「えへへ、畏まらなくてもいいよ、それよりあんまり動かない方がいいかな」
「……あれ?」
立ち上がったものの急に脚の力が抜け、倒れ込んでしまう。
「大丈夫っ、どこかぶつけてないっ」
どうやら、わたしは思っていたよりもずっと疲れていたようである。
「いえ、大丈夫です。ただ疲れていただけなので」
ペルシャ様は前屈みに倒れ込むわたしに駆け寄り、手を差し伸べる。
(……この人がペルシャ=ペルセウス)
実は言うと、わたしとペルシャ様の接点はあまり無かった。
お姉ちゃんとペルシャ様は一緒によく遊んでいたが、わたしは人見知りであった為、ペルシャ様のことをよく知らなかった。
(……この人がお姉ちゃんの主君)
そして、お姉ちゃんが命を懸けて守り徹すと誓った少女。
(良かった、いい人みたいだ)
お姉ちゃんはこれからもこの人の傍で仕え続けるのであろう。
そして、わたしも騎士団に入ってこの人に仕えるのだ。
……お姉ちゃんと二人で。
(……ああ、それも良いな)
わたしは思い描いたのだ。
日だまりのように暖かくて、春の花々のように穏やかな日々を……。
ずっと憧れていた素敵な明日を……。
――赤
「……?」
どうして、わたしの手は赤く染まっているの?
「……フェリス、ちゃん?」
どうして、わたしは剣を握っているの?
「……………………えっ?」
わたしは恐る恐る面を上げる。そして、目の前の光景に驚愕した。
――わたしが握っていた剣がペルシャ様の腹を貫いていたのだ。
「……違うっ……わたしはこんなことっ」
訳がわからなかった。
理解が追いつかなかった。
「……どう……して……………………」
ペルシャ様は真っ赤な血をドレスに滲ませながら、その場で座り込んだ。
「……違う……わたしじゃないっ」
しかし、血塗れの剣は確かにわたしが握っていた。
「――ペルシャ様ァァァァァァァァァァァァァァッッッ……!」
悲鳴を上げて駆け寄るお姉ちゃん。
強面の執事の男がわたしを地面に押さえつける。
「……どうしてっ……何でこんなことをっ」
響き渡るお姉ちゃんの悲鳴。
混乱に陥る屋外修練場。
――……の命を奪えっ……!
……わたしの脳裏に男の声がこだまする。
――王命を下す。ペルシャ=ペルセウスに接近し、その命を奪えっ……!
そうだ、この王宮へ訪れる二週間前。
ロイス流道場に一人の客人が訪れたのだ。
そして、その男に命ぜられたのだ。
「ペルシャ様ッ! ペルシャ様ァッ!」
「ロキ! 急いでペルシャ様をっ……!」
「言えっ、どうしてペルシャ嬢を刺したっ!」
「……」
……喧騒と混乱の中、わたしの頭の中には男の声が残響する。
――もし失敗したならば、胸の装置に魔力を送り込め
……わたしの胸の中には、魔力を送り込むと起爆する爆弾が埋め込まれていた。
「……嫌だ……死にたくない……こんなことしたくないのに」
しかし、逆らえない。わたしの意志に反して魔力が爆弾に送り込まれる。
「……お願い……皆、逃げて」
「――っ! 全員、フェリス嬢から離れろッッッッッッッッッッ……!」
オルフェウス従事長が何かを察したのか、声高々に吼えた。
「……早く……逃げ
次 の 瞬 間 。
――轟ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!!!!!
……大爆発が屋外修練場を吹き飛ばした。