第143話 『 右手に魔力を、左手に〝氣〟を 』
「……魔力ではない?」
……そう、姉上の身に纏うオーラは魔力以外の何かであった。
「気になるなら教えてやらんでもないが」
「笑止、姉上が剣士である以上、拙には勝てませんよ」
拙の〝奇跡〟――〝否剣〟は他者の剣技の全てを分析し、その弱所を導き出す。
剣士である以上拙には勝てない―― 一部を除いて……。
――センドリック=オルフェウス
……あの人は強かった。弱所が無い剣士と出会ったのは初めてのことであった。
故に敗れた。しかし、クリス=ロイスには弱点があった。
一つは魔力量が人より劣ること。
一つは魔力が消耗しきらなければ〝奇跡〟を十分に発揮できないこと。
一つは〝奇跡〟は脳に負荷が掛かる為、一日一分が限界であること。
大技の後に隙が出来ること、大技を出す前に軽く深呼吸する癖があること、左からの受けが苦手なこと……小さな弱所を挙げればキリがなかった。
(……拙の〝否剣〟の前では父上も無力であった)
万全な拙が姉上に負けることなどあり得なかった。
「……右手に魔力を」
姉上の右手に魔力が集まる。
「……左手に〝氣〟を」
姉上の左手に正体不明の何かが集まる。
「……フェリス、構えろ」
「……?」
何だ? 何をするつもりだ?
「一発目はサービスだ」
姉上が刃を握り――そして、凪いだ。
「――」
――斬ッッッッッッッッッッッッ……! 拙の眼前に鋭い何か打ち込まれた。
それは地を裂いた。
「――えっ」
一瞬の静寂。
――轟ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!!!
……暴風が吹き荒れた。
「――ッッッッッッ……!」
拙は堪らず後方へ体を押し出される。
「……やり過ぎだ」
姉上の付き添いでいた男が溜め息を溢した……気がした。
「……っ!」
その一撃は凄まじく、大地を砕き、砕いた地面を吹き飛ばし、暴風を巻き起こした。
「……我流剣術、壱の型」
幸い、国王陛下とその周辺はメイド長の特殊な力によって事無きを経ていたが、それ以外は悲惨なものであった。
「 〝天槌〟 」
屋外修練場は完全に崩壊し、最早原形すら残っていなかった。
「……これが」
……これが、クリス=ロイス?
あんなに弱かったのに。
あんなに泣き虫だったのに。
「……くっ」
何だ、この感情は?
――嫉妬。
拙が? 姉上に?
「……そんなこと……そんなこと」
認 め ら れ な い !
「――」
飛 脚 ・ 極
――駆ッッッッッッッッッッッッッッッ……! 拙は一瞬で姉上との間合いを制圧する。
「――フェリスッ」
「姉上ェッ……!」
ロイス流剣術、陸の型――……。
雷 閃
走る紫電の一閃。
交差する刃。
神速の抜刀にも姉上の反射神経は反応していた。
火花が散る。
二つの影が重なりあう。
(まだまだァッ……!)
「 〝嵐斬り〟 」
「 〝嵐斬り〟 」
拙は高速連斬で畳み掛ける。
姉上も高速連斬で真っ正面から受けきる。
(これでも――だったらァ!)
鍔競り合いの最中、拙は〝風刃〟を地面に撃ち込む。
――土煙が舞い上がる。
「――」
「ロイス流剣術、肆の型ァ」
後 殺 刃
――土煙に紛れ、拙は背後から姉上に斬り掛かる。
「同じロイス流、私には通じぬぞっ……!」
「勝手に決めつけるなァッ……!」
もっと重かった!
もっと鋭かった!
――センドリック=オルフェウスの剣はもっと強かった……!
交差する刃。しかし――優劣は存在した。
「――っ! 押されェッ!」
「ァァァァァァァァァァァッ……!」
――斬ッッッッッッッッッッッッッッ……! 拙は姉上が受けた刃を押し切り、そのまま肩を切り裂いた。
「――っ!」
血飛沫が舞う。
拙と姉上の視線が交差する。
「まだまだァ!」
――拙は返す刀で追撃する。
「……っ!」
姉上は刃を立てて、拙の斬撃を受け
「 〝蛇払〟ッ! 」
――斬ッッッッッッ……! 白刃が蛇のような太刀筋で姉上の刃をかわし、姉上の横腹を切り裂いた。
(浅い、ですね)
流石は姉上、咄嗟に身を捩り直撃を避けていたようである。
しかし、二撃入れた。この二撃は決して軽傷ではない。
(……失った血は戦意と機動力を奪い、徐々に体力を奪っていく)
優勢。この勝負、間違いなく拙が流れを掴んでいた。
このまま攻めれば勝てる! 完全勝利だ!
「……」
――否! 油断するにはまだ早い、姉上はまだ何かを隠している!
(でなければ〝否剣〟に挑みに来る筈がない!)
……恐らく、〝否剣〟対策を残している。それを捩じ伏せるまで油断は許されなかった。
「……やるな、流石は私の妹だ」
「上から目線、ムカつきますね」
余裕のある態度……やはり、まだ何かを隠しているという拙の予想は正しいようだ。
「そうかっかっするな、私は心の底からお前を尊敬しているんだぞ」
「……いえ、拙の方がずっと姉上を尊敬していますよ」
「そうか、ならば応えなければならぬな――愛すべき妹の敬意にはな」
――ゴッッッッッッッッッッッッッッッッ……! 先程よりも膨大な力場が姉上から解放された。
「我流剣術、弍の型――……」
――パンッッッッッッッッッ……! 姉上の足下が弾け飛ぶ。
「――」
姉上が消えた。
動体視力の向こう側にある光。
「 〝雷哮〟 」
……声は拙の背後から聞こえた。
「……何で……見えな、かった」
「当然だ。雷哮を耳にして空を見上げても、雷閃を見ることは叶わない」
血飛沫が舞う。
(……誰の血……ですか?)
背後から納刀の音が聞こえた。
(……脚に力が……入らない?)
握っていた剣が地面に落ちる。
身体が地に落ちる。
……嘘だ。
(……拙が姉上に……負けた?)
……そんなの嘘だ。