第141話 『 最終試験、開始。 』
……メイド長と手合わせした二次試験から五日間が経過した昼下がり。
「……最終試験はいつ始まるのでしょうか?」
庭のベンチに座って空を見上げること五日間、流石に退屈を誤魔化せなくなってきた。
照り返すような日射し、青空を流れる雲、小鳥のさえずり……毎日こればかりでは感覚が鈍ってしまいそうである。
(……一応、日々の鍛練は欠かせていませんが)
……しかし、実践無き鍛練に真の強さは得られない。
「……一体いつになったら来るというのでしょうか、最終試験の試験官とやらは」
「 お暇でしたら少しお話でもしませんか? 」
日向ぼっこをする拙に一人の女性が声を掛けてきた。
「……ペルシャ様?」
「いえ、火賀愛紀姫です」
「……愛紀姫?」
別人と名乗るにはあまりに似すぎていた。
「…………あっ」
しかし、よく見ると大きな違いがあった。
……おっ○いである。
まさに山と平地!
もしくは月とすっぽん!
ペルシャ様の乳房がディアブロ・テオ・メテオ級の乳房とするならば、愛紀姫の乳房はタイニー・フェアリー級の乳房であろう!
両者には覆りようのない格差が存在していた!
「……あっ」
愛紀姫も拙の視線から何かを察する。
「大きくなくたっていいんだYo
等身大でいいんだYo
小さくたって構わない~♪
心を大きく持てばいい~♪
さあ、両手を広げて飛び立とう
Blue! Blue!
in the sky!
穏やかな心で~♪
True! True!
in the sky!
ありのままの心で~♪
LuLuLuLuLuLu~♪
RaRaRaRaRaRa~♪」
「急に歌いだしたっ!?」
虚ろの眼差しで歌い始める愛紀姫はホラーそのものであった。
「作詞作曲、ツルペターナ3世」
「いたんだ、作詞作曲!」
まさかの公式であった。
「……まあ、ツルペターナ3世は私のハンドルネームですが」
「やっぱりオリジナルだったっ!」
案の定、自作でちょっとほっとした。
「……それで何の用でしたか?」
おっ○いのくだりと歌のくだりで忘れそうになったが、何か話があって来た筈であろう。
「……あっ、あれ何でしたっけ?」
相手も相手で何をしに来たのか忘れていた。
「……あっ、そうでした! 少しお話がしたくて来たのです!」
……本題に入るまでが冗長過ぎである。
愛紀姫は私の隣に座る。
「私、フェリスさんに訊きたいことがありました」
「……」
愛紀姫の瞳は真剣なものであった。
「教えてください。何故、貴女は騎士団長になろうと思ったのですか?」
「それはセシルさんにもお話ししましたが、拙が騎士団長を目指す理由はロイス家の復興とペルシャ様への忠誠で御座います」
「――私が聞きたいのは上部だけの理由ではありません」
しかし、拙の回答に愛紀姫は納得しなかった。
「私には貴女が背負う家名への誇りもペルシャさんとの思い出もわかりません。それでも、嘘を吐いている人間の目ぐらい見分けられますよ」
「……」
……普通じゃない、この人。
この人と拙は初対面だ。それなのに見透かしたのだ――拙の腹の底を……。
「貴女は貴女が思っているよりも汚い人間ではありません。しかし、口で言う程厳格な人間ではありません」
「……」
「貴女はもっと子供っぽい人間ですよね?」
「……」
……尋常じゃない。
拙は目の前の少女に戦慄する。
(……読心術の〝奇跡〟? いや、まだわからない)
原理は不明だが、彼女は拙の本質を見抜いていた。
「……そうかもしれませんね」
拙は白状して、猫を被ることをやめた。
「拙の実家――ロイス家は実力主義で、弱者に居場所はありませんでした」
毎日、前当主の父上に稽古をつけられ、傷だらけの日々を過ごしていた。同じくらいの子供達が遊んでいる中、拙と姉上は鍛練に明け暮れていた。
「父上と母上の間に男を授かることはなく、次期当主は拙と姉上に絞られました」
故に、拙らへの鍛練は熾烈を極め、今でも夢で見るくらいにはトラウマになっていた。
「そして、その日が――父上の仕切りの下、姉上と次期当主の座を賭けた試合が行われました」
正直、剣才においては拙の方が遥かに勝っていたし、実力も拙の方が上であった。
「 前日の夜、拙は激しい高熱に見舞われました 」
……しかし、運は味方しなかった。
日々の鍛練の疲労か大事な試合前のストレスからなのか、拙は最悪のコンディションで試合に臨むことになった。
「……試合の結果は?」
「――拙が勝利いたしました」
拙は体調不良に堪え、懸命に刃を振るった。
その結果、大事な試合に勝利した。
……しかし、拙はその結果に納得していなかった。
――何故?
「……姉上は拙に手加減したのですっ」
試合の後、拙は姉上に問い詰めた。
何故、手を抜いた?
当主になりたくないのか?
拙の詰問に姉上が涙を流しながら出した返答は――……。
「風邪をひいて敗けるなんて可愛そうだからっ」
「フェリスに辛い思いをさせたくなかったからっ」
……そう言ったのだ。
「……ふざけてますよね」
今思い出しても腹が立つ。
「……拙より弱いくせに、敗けたら家を追い出されるのに、あの女は拙に同情したのですよ」
試合の後、姉上はロイス家を勘当され、王宮騎士団へ転がり込み、今日まで到っていた。
「拙の心中にはあのときの怒りが今もまだ残っております」
あの試合の日からずっとわだかまりを抱えたまま生きてきた。
「だから、拙はこの場まで足を運びました。あの日の雪辱を晴らす為、本当の拙の強さを証明する為に……!」
この前の御膳試合、拙はずっと心待ちにしていた……故に、その失望は大きかった。
「この前の試合、姉上は変わっていませんでした。五年前と同様に手を抜いていました……がっかりしましたよ、心底ね」
折角、勝ったのに何一つ心が満たされることはなかった。
「だから、拙は決めました。姉上が本気を出すまで――あの女の大切なものを奪い続ける、と」
「……」
「そうすれば真剣に拙と向き合ってくれると思うのです」
姉上が悪いのだ。弱いくせに手を抜くから、拙を苛立たせるから――だから、失う。
「……性格が悪いって引きましたか? これが拙の本性です」
自覚はあった。だから、指摘されても痛くも痒くもない。
「――別に。他所の家庭事情に首を突っ込むつもりはありません」
……意外な返答から愛紀姫は言葉を重ねる。
「だけど、ペルシャさんを悲しませるようなことをしようものなら黙っていませんよ、私は」
その眼差しは鋭く、敵意と同時にペルシャ様への深い愛情を秘めていた。
「……心配しなくてもペルシャ様を傷つけるつもりはありませんよ」
「信じますよ、その言葉」
話は終わりだ。これ以上この人と一緒にいると心の底まで覗かれかねないであろう。
「 おや、久し振りですね 」
愛紀姫は立ち上がり、庭の入口へと声を掛ける。
「休暇はもうよいのですか――甲平」
「まあな、お陰で快調だよ。俺も――……」
そこには甲平と呼ばれる黒装束の男が立っていた。そして、その後ろに……。
「 クリスもな……! 」
……我が姉、クリス=ロイスがいた。
「……どの面を提げて、拙の前に来たのですか、姉上」
「姉妹だろ、無礼講でいこうではないか」
対峙する拙と姉上……感動の再会という空気ではなかった。
「 ようやく役者が揃いましたか♪ 」
……拙と姉上の間にメイド長が舞い降りた。
「……メイド長、何故?」
「最終試験の開始を告げに参りました♪」
拙の質問にメイド長は花が咲くような笑み答える。ついでにお茶目にウィンクもする。
「これよりフェリス=ロイスの最終試験の開始を宣言させていただきます。内容は――……」
最終試験……確か試験官が不在だった筈。
――ようやく役者が揃いましたか♪
脳裏を過るのはメイド長の言葉。
役者?
まさか?
「 クリス=ロイス様と手合わせをし、勝利してください 」
……三度目の正直。三度に及ぶ姉上との真剣勝負が今、この場所で宣言されたのであった。