第140話 『 クリスの御奉仕♡ 』 《♡》
「さて、頼むぞ……って、そんなに離れたら背中を流せないだろ」
「……うぅ、しかしっ」
……バスチェアーに座って待機しているにもかかわらず、クリスは中々近づいてくれなかった。
「だがもしかしもない! 覚悟を決めて背中を流せ! 風邪をひいちまうぞ!」
「…………うぅ、わかりました」
クリスはおずおずと姿を見せる……その身に纏っているのはバスタオル一枚だけであった。
「……あっ」
「あっ、って何ですか?」
「……いや、綺麗だ。少し感動した」
「そっ、そうですか(///」
俺は素直に褒め称える……腰に巻いたタオルのテントを張りながら。
「色々台無しだっ!」
……健全な男なので。
「すっ、すぐ終わらせますよ! 速やかにね!」
クリスは桶の中に泡を立て、垢擦りにそれを絡ませる。
「やっ、やりますよー! ピカピカにしますよー!」
「ああ! 任せた!」
……何故かハイテンション。
クリスは恐る恐るという感じで背中を垢擦りで擦る。
「……」
ゴシゴシ擦る。
「……」
ゴシゴシ擦る。
「……」
ゴシゴシ。
「……」
ゴシゴシ。
「……」
ゴシゴシ。
「……」
ゴシゴシ。
「……」
――何か言えよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ……!
……えげつない沈黙に俺は我慢の限界を迎える。
「あのー、クリスさん。何か喋ってもらってもいいですかー」
「……しっ、しかしっ、何を言えばいいのかわからないのですがっ」
「わあー逞しい背中ですねーとか痒い所はございませんかーとかでいいんだよ!」
「なっ、なるほどっ――では!」
クリスは気合いを入れ直し、リップサービスを開始する。
「逞しいおチ○チ○ですねー、痒くないですか?」
間違え過ぎィ!?
「しまった! 見すぎて間違えてしまったぞっ!?」
「そんなに見てたのっ!」
「……いや、だってそんなに自己主張してたらそりゃあ(///」
確かに! 俺が悪かったかも!
「こほんっ……では、仕切り直して今度は前の方をします」
クリスが一咳挟み、今度は俺の正面に座って対面する。
「……すまない、それは気にしないでくれ」
「はい……なるべく気をつけます」
クリスはそれに触れないように細心の注意を払って、俺の胸や腹に泡まみれの垢擦りを当てる。
「わあー、逞しい胸板と腹筋ですねー(棒読み」
今度はぎこちないながらもリップサービスをしてくれた。
「……(じぃー」
しかし、その視線はある一点に集中する。
「……(じぃー」
ゴシゴシ。
「……(じぃー」
ゴシゴシ。
「……(じぃー」
ゴシゴシ。
「……(じぃー」
――見すぎィ!?
「はっ、はい! 終わりです! ここまでです!」
「おっ、おう! ありがとな!」
流石の俺も鬼畜じゃない。下半身は自分で洗うことにした。
「後は自分でするよっ」
俺はクリスから垢擦りを受け取り、腰に巻いたタオルを外して、下半身を洗う。
「……」
「……」
「……」
「……」
――ガン見だよ! 清々しい程にガン見してるよ!
(……馬鹿な! 見すぎだろ! てっきり先に小屋に戻るかと思ってたよ!)
流石の俺も勃起した逸物を見られながら身体を洗うのには抵抗があった。
(落ち着け! 平常心だ! 取り敢えず息子だけでも落ち着かせろ!)
――ビンッ! ビンッ!
(ちくしょぉぉぉぉぉぉっ! 見られて興奮して収まらねェよぉぉぉぉぉぉっ!)
……神様、これは俺が悪いんですかね。いや、これは不可抗力ですよね。
「はい、終わりィィィィィィィィィィィィッッッ!」
俺は泡を速やかに泡を流し、飛び込むように温泉に飛び込んだ。
(……危なかった。いや、色々手遅れだったけど危なかった)
ひとまずこの濁り湯に浸かってしまえば安全であった。
「 では、私も 」
……クリスも俺の隣で温泉に浸かる。
何 故 !?
「……何故、一緒に浸かる! お前、さっきまであんなに嫌がってだろ!」
俺は我慢できずツッコミを入れてしまう。
「いや、何かもういいかなーって吹っ切れて」
「順応早すぎかよっ!」
恐るべし、ペルセウス王国騎士団長。
「フッフッフッ、しかし、段々貴様の弱点もわかってきたぞ」
何かいつものクリスに戻っていた。
「いつも破廉恥なことが大好きなくせに、ある一線を越えそうになると日和る一面があるな」
「――ギクゥッ!」
「ふふっ、この童貞め」
「――ズキンッ!」
……図星であった。
俺は女の子もエロいことも大好きだが、セッ○スは恐い! 童貞だから!
「ちくしょう! 覚えてろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「逃げた! 全裸のまま!」
俺は情けなくなり、温泉から飛び出しては全裸で山小屋へと逃げ出した。
情けなかった。
恥ずかしかった。
こんな羞恥堪えられなかった。
(……もう、メイドさんごっこはやめさせよう)
……もう、クリスにマウントを取れる自信がなかった。
俺は全裸のまま、小屋の角で膝を抱えて踞った。
「 ご主人様、濡れたままでは風邪をひかれますよ 」
……クリスだ。クリスがメイド服に着替え、手にはタオルと俺の着替えを持って帰ってきたのだ。
「……もう、メイドはやめていいぞ」
情けない姿をこれ以上見られたくなかった。
「それはなりません。今晩はメイドでいるっというのが約束ですから」
「……」
「私の騎士道に懸けて、メイドはやめません」
……それを言われると返す言葉が無くなった。
クリスは何も言わず俺の身体をバスタオルで拭きあげる。何故か無性に懐かしい気持ちになった。
(……この感じ懐かしいな)
誰かに身体を拭いてもらうなんて、母親と一緒にお風呂に入っていたとき以来であった。
温かくて、
優しくて、
……それは幸せな時間であった。
「……はい、お着替えまで終わりましたよ」
気づけば着替えまで終わっていた。
「それじゃあ、一緒に寝ましょうか」
「うん、お母さん!」
「お母さんっ!?」
何故か、クリスと母親が重なって仕方がなかった。
もしかしたら、俺は何処かで母性を求めていたのかもしれない。
「お母さん! 子守唄を歌って!」
「こっ、子守唄! まあ、いいですけど」
……それから俺はクリスの子守唄を聞きながら眠りに就いた。
……………………。
…………。
……。
「うーん、よく寝たぁー」
……目が覚めた俺は気持ちよく身体を伸ばした。
「ここ最近で一番で気持ちのいい目覚めかもな」
俺は清々しい気持ちで周りを見渡した。
……乱れたメイド服のクリスが横たわっていた。
「おはよう、クリス! お前、寝相悪いんだな!」
「……おっ、覚えてないのか?」
「ああ! 何一つな!」
「――」
自信満々に答える俺にクリスが一瞬遠い目をする。
「ちっ、乳が出ないのに乳頭に吸い付いたり、私の大切な場所に手を射し込んだり、後ろから腰を擦り付けたりしたのも何一つ覚えてないのかっ!?」
「……」
俺は思い出そうと記憶を巡る。
「ああ! 何一つ覚えてない!」
「――」
当然、寝ている間のことなど覚えている筈がなかった。
「……伊墨……確か約束は昨晩までだったよな?」
「……あっ、ああ」
……とてつもなく嫌な予感がした。
「それじゃあ、もう我慢しなくてもいいんだろ?」
「お手柔らかにな!」
「 無理だ 」
……山の麓に住まう老夫婦曰く、朝日昇る山の奥から男の悲鳴が長い間、こだましていたそうであった。